第23話 あんなこといいな。できたらいいな



 それから約半時間後。ロイス・マリー前は、取り取りの魔法具を持った男たちで埋め尽くされていた。チェロットたちが設けたテーブルで彼らは自身の傑作を公開し、それによるお題にリオナが挑んでいく、という対戦システム。審査をするのは、他の技術士たちである。


 しかし、ここは多くの技師が住まう地、リドラルド領アリレウス。ロイス・マリーの常連だけではなく、通りすがりの魔工技術士や、掘り出し物の魔法具を目的とするバイヤー、果ては野次馬根性を焚きつけてやってきた近所の人々までもが集まって、現場は想像以上の大盛況になってしまった。


 こうなると当初の目的もどこかへ飛んでいき、気が付けば、ロイス・マリー常連の魔工技術士とリオナの戦いは、いつしか魔法具の見本市へと推移していく。



 

 例えば、エルダー=オルロッドという魔工技術士の場合。

 

 「さぁて、それじゃあ一丁やってみっか! 俺の渾身の傑作『どこでもリング』の紹介だ!」

 

 エルダーは三つのリングを取り出し、テーブルに並べた。浮き輪のような大きさで、赤と白の縞模様が特徴的である。その内の一つを真横に立てて、輪の中に腕を通した。

 だが、そのリングからエルダーの腕の先が出ることはなく、その代わりにテーブルに置かれた一つから無骨な手が立ち現れ、観客は揃って声を上げる。

 

 「ご覧の通り、これらのリング同士は空間で繋がっていて、こんな風に一つのリングから他のリングへと干渉が可能だ。さて、それじゃあ皆さん! これで一体どんなことができると思いますか?!」

 

 エルダーはテーブルを取り囲む観客たちに問いかける。「いちいち必要な物を取りに移動しなくてもいい」とか「子どもなら一瞬で違う部屋に行けるな」とか、様々な回答が返ってきて、彼は満足そうに頷いた。

 

 「その通り! しかもこれは、壁や天井はもちろん、空中にも設置できる勝れ物だ。ただ、使用限界があって、親機からあまりに離してしまうと通じなくなる。だから限定された場所でしか使えないが、親機を複数設置して連動させれば広範囲をカバーすることもできる。これが俺の魔法具どこでもリングだ! 興味のある人は後で俺のところに来てくれ! 以上! あざーしたぁ!」

 

 三つのリングを掲げて叫び、そしてエルダーのプレゼンが終了する。それなりの拍手が起こった後、端に捌けた彼の許に幾人かの観客たちが向かっていった。子どもを引き連れた女性が多いのは、どこでもリングに家事への用途を見出したからだろうか。

 

 


 例えば、パステル=シンクトンという玩具店店長の場合。

 

 彼が用意したのは、大量の木製の小さなブロックである。

 

 「僕が紹介するのはこの『ジキタク』っていう玩具だ。たくさんの小さなブロックから成る魔法具で、これを組み立てて遊ぶ。そして、作ったものは自律して動き出すんだ」

 

 説明しながらパステルは様々な形のブロックを組み立てていき、瞬く間に一体のウサギを完成させる。最後に、胸のスペースに微小な魔核石を嵌めたブロックを押し込むと、顔の目に当たる二つの箇所に光が灯り、ジキタクは独りでに動き始めた。

 

 わぁ、と歓喜の声を漏らす子どもたちに微笑み、パステルは人差し指を立てる。

 

 「面白いだろう? ブロックにはたくさんの種類があって、どんな動物でも作ることができる。さらに、魔核石を変えると立体パズルゲームとしても遊べるんだ」

 

 ウサギのようにぴょんぴょん跳ね回るジキタクを捕まえて、パステルはそれから魔核石のブロックを抜き取った。途端、ジキタクの目から光が消え、体はカチンと硬直する。

 彫刻と成り果てたそれをテーブルに置き、ブロックに嵌めた魔核石を別の魔核石と取り替えたパステルは、そのブロックを指で持ち、ドン! とテーブルに強く叩き付けた。

 すると、その衝撃のせいか、ジキタクはガラガラと形を失い、かと思うと数個のブロックを残して立体的なパズルに自身を作り変えていく。

 そうして出来上がったのは、所々に穴のある16面の立方体。余ったブロックをその穴に嵌め込んで遊ぶゲームなのだろう。

 

 「たくさんのブロックを自由に組み合わせて色んなモノを作ったり、パズルをしたり。子どもの知育学習にはうってつけの一品です。お子様の教育に関心のある方は是非、ご一考をお願いします。これで僕の発表は終わりです。ご清聴ありがとうございました」

 

 パステルが一礼し、そんな彼には疎らな拍手が送られた。大人たちの評価は冷ややかのようだが、子どもたちからは「欲しい」という声が連発しており、児童をターゲティングとしているならば、成功と言える結果であるようだ。

 


 

 例えば、ウィル=ゴールドという食品開発者の場合。

 

 「ここにいる女性の皆さーん? 甘いものはお好きですかー?」

 

 ウィルが呼びかけると、観客内の女性陣の数人が手を挙げる。照れた様子であったり、躊躇いがちな様子であったりと、どこか臆した素振りが見受けられるのは、そこにとある罪悪感が潜んでいるからか。


 「ありがとうございます。ですが、いくら好きだからと言って、パクパクと際限なく食べていいものではありません。甘いお菓子は食べ過ぎると体には良くないし、お金も掛かる。なにより、お腹辺りが贅沢になっちゃいますもんねぇ? だけど、偶には気が済むままお菓子を食べていたい。そんなことを思ったことはありませんか?」

 

 次のウィルの投げかけに、女性陣は重たく頷いた。

 その反応を経てウィルが取り出したのは、大きなコルクで栓をする透明なビンである。それと、ビンに紐付けされた茶色の巾着を持ち上げて、彼は叫んだ。

 

 「そんなあなたたちの夢を叶えるのがこれ! 空気に風味と食感と与える食用魔法具『ファンシーポップ』です! 使い方は至って簡単! 専用のパウダーをこのビンの中に入れて、約一分間、シェイクします。パウダーがビン内の空気と混ざり合い、キラキラと輝き出せば完成です。後は長いスティックで掬い取り、食べるだけ」

 

 説明しながらウィルは巾着から真っ白な粉末をビンの中に投入し、コルクで栓をした後、それを上下に振り始めた。しばらく続けるとビン内にキラキラと輝くモヤが発生し、底に沈殿していく。

 そこで手を止めたウィルは、ビンからコルクを抜き、長い棒で内部を掻き回した。モヤはその棒に纏わり付いていき、そうして完成したわたあめを、彼は最前列にいる子どもに差し出す。

 

 その女の子は、始めは戸惑い、ウィルと母親の顔を交互に見遣っていたが、母親に後押しされ、おずおずとモヤを頬張った。その瞬間、彼女は目を見開き、もぐもぐと咀嚼しながらウィルを見上げる。

 

 「わぁっ。ケーキだぁ。イチゴのケーキ食べてるみたい!」

 「その通り。これはイチゴケーキのパウダーさ」

 

 喜色ばむ女の子の頭を撫でて、ウィルは他の観客たちを見回した。

 

 「パウダーには他にもクッキーやチョコレートなどの菓子類はもちろん、フルーツやちょっとした小料理など、様々な種類を鋭意製作中です。空気なのでカロリーゼロ。費用もゼロ。ただ、唾液によって成分が変容し、口内で空気へと霧消してしまうので決して空腹を満たすものではないですが、口寂しい時間を、なんらカロリーを気にすることなく解消できる夢のような魔法具なのです!」

 

 両手を広げてウィルが声を張れば、女性と子どもたちから喝采が送られる。プレゼン後は彼を目的とした長蛇の列が形成され、あまりの反響にプレゼン大会はしばし中断となってしまったのだった。

 

 


 例えば、バージル=フォスナーという人形作家の場合。

 

 「ふっふっふ。ついにオレ様の秘密兵器を公開する時が来たか! さあ、女に縁の無い淋しい独身の野郎共! お前らは今日! オレ様の生誕に感謝することになるだろう! そう、この『サヴァンドール』によってな!」

 

 そうしてバージルは、横に立たせた物体に被せた赤いシーツを取り去った。現れたのは、スカートの丈が短くて胸元を大きく開けた、そのくせ矢鱈とフリルの多いメイド服を着せたマネキンである。

 

 「これは主人、つまり購入者の命令に従順に従う半自律型人形だ。掃除炊事お使いにその他雑用など、一通りの事は難なくこなすことが出来る。そして、この魔法具の最大のセールスポイントが、あー…………おい、リオナ。ちょっとこっち来い」

 「は? なんで私が?」

 「助手だよじょーしゅ。いいから早く来い」

 

 バージルは手招きして、ホテルの玄関付近でもはやギャラリーの1人となっているリオナを呼び寄せる。

 

 「で、来たけど何? 何すればいいの?」

 「いや、お前は別に何もしなくていい。その代わり、なんかお前の体の一部をくれないか? 髪の毛一本でも爪でもなんでもいいから」

 「イヤよ何それキモい」

 「いーから! ああ、これでいいや」

 

 バージルはリオナの肩についていた彼女の髪の毛を一本掠め取り、それをサヴァンドールの顔に押し付けた。それは、プラスチックのような硬そうな表面の中に微かな波紋を立てながら沈んでいき、するとサヴァンドールに変化が生まれる。表面にふっくらとした凹凸ができて淡く肌色に染まり、禿げた頭部には深い紫のハイライトを宿す艶やかな黒髪が腰まで伸びる。その他、強気な相貌に形の良い眉、高い鼻にピンク色の唇が顔に形成され、そうして完成した姿は、完全にリオナそのものだった。

 

 「じゃーん! この通り、人物の一部をインプットすると、その人の姿形をそっくり真似ることができるのである!」

 「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 「こらこらこらこらぁ!」

 

 男性陣から野太い歓声が上がる。サヴァンドールの性能に驚嘆した……というよりは、その性能を応用してできることに妄想を働かせたのだろう。

 そんな邪な空気を敏感に感じ取ったリオナが、自分そっくりのサヴァンドールを庇うように前に躍り出た。

 

 「なんだよリオナ。紹介の邪魔すんな」

 「邪魔すんな、じゃないわよ! 人の容姿を使って何やってんのアンタは?! ここっ、こんなヘンタイみたいな服着せてぇ!」

 「あ? ははーん。さては良からぬことでも考えやがったなこのムッツリめぇ」

 「な、殴りてぇ……!」

 

 イヤらしい顔つきで笑うバージルに、拳を振るわせるリオナ。

 どうどう、と緩く両手を振ってリオナを宥め、バージルは言う。

 

 「安心しろって。このサヴァンドールに機能はついてねえ。飽くまで真似るのはだけ。日常生活のサポートが目的の魔法具だからな」

 「「「「「ああぁ…………」」」」」

 

 バージルの説明に、今度は落胆の声を響かせる男性陣。なんとも欲望に忠実な連中である。

 そんな彼らを見て、バージルはニヤリと怪しく笑んだ。

 

 「しかーし! それ以外は忠実に再現されている! つまり当然、ここも本人のものと変わりないのだぁ!」

 

 そう言い放ち、バージルはサヴァンドールの胸元を抑えていた服の紐を引き抜いた。それにより、元々開いていた胸元がさらに開き、ぶるんと乳房が零れ落ちないギリギリのところまで露出する。

 

 「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

 その魅惑の光景に、消沈していた男性陣のボルテージは最高潮に達し、

 

 「ぅおらあぁ!!!」

 「はぎふっ!!」

 

 一方、バージルはリオナにぶん殴られて地面を転がった。

 

 「せぇい!!」

 

 そして、勢いを殺さずにリオナは一回転し、全体重をかけた回し蹴りをサヴァンドールにぶちかました。無表情のリオナもどきは激しくロイス・マリーの壁に叩きつけられ、その衝撃で細い首がポキリとへし折れる。頭部がポーンと吹っ飛んで、魔法の効力を失ったのか、サヴァンドールは元のマネキンに戻り、硬質な音を立てて地面に落ちた。

 

 「うわあああああああぁぁ!! 俺の最高傑作がああっ!! 全世界の男の浪漫がああああっっ!!!」

 「そんな浪漫クソ喰らえええ!!」

 

 バージルは泣き叫び、リオナが吼え、ついでに観覧していた男性陣と、その彼女や奥さんらによる修羅場も発生し、現場はこれ以上にない混沌に堕ちていく。


 

 けれど、そんな乱痴気騒ぎもこの街からすればただの一興。涙と笑いの熱狂は、これからまだまだ続いていくのである。

 

 

 

 

 

 

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