第21話 技術士対決! 女だからってナめんな!



 「なんだこりゃ?」

 

 そう言い放ったのは、マクギというロイス・マリーの常連客だった。

 

 近所の技術者たちがドッと押し寄せてくる昼時である。チェロットの案内も無しに思い思いのテーブルに着き、我先にと注文を叫ぶ男たち。マクギもまたその内の1人だった。仲間たちと来店し、空いている壁際のテーブルまで赴く。そうして席に座ろうとして、カウンターの隅に築かれた特設コーナーを見つけ、彼は動作を止めた。

 

 主にリオナが対応するカウンター席のスペース。普段は荷物を預けておける来客用の棚の上に看板が下げられ、そこには『リオナ修理相談所』と書かれていた。

 

 「おーいチェロット。一体こりゃなんだ?」

 

 傍を通り過ぎようとしたチェロットを呼び止め、マクギは訊ねる。

 

 「あ、気付きましたか。実はですね、なんとリオナさんは魔工技術士を目指しておられる技師さんの卵なんです。とっても魔法具に詳しくて、何かの役に立たないかなぁ、と思いまして」

 「魔工技術士の卵ぉ? ほぉー」

 

 マクギはカウンターキッチンに立つリオナに目をやり、大きく肩を竦めてみせた。

 

 「おいおい、お前ら聞いたかよ。女が魔工技術士だとよぉ」

 

 そして振り返り、仲間たちに呼びかける。先にテーブルに着いている3人の男たちは揃って笑い出し、彼への賛同を明らかにした。

 

 「機械弄りは男の仕事だってーの。女が出しゃばっていい領域じゃねーよ」

 「そうだぜー? 女の仕事は家事に子守り、後は酒を注いで男に愛想を振り撒くこと、って相場は決まってんだ」

 「もう一つあるだろー? 手取り足取り腰取りで男をキモチよくする大切なお仕事が。嬢ちゃんは別嬪さんだからきっとお得意さんがたくさんできるだろーぜー」

 「バカお前。チェロットがいること忘れんな」

 

 マクギたちは好き勝手に喋繰り、それを岡目していた周囲の男たちも同様にリオナへの揶揄を陽気に謡い始める。ここは世界中の技術者が名声を求めて集うヴェネロッテの壁外地、リドラルド領アリレウス。誰もがライバルであるこの地に、生半可な人間の存在など許容できないのだ。

 

 「よぉ。聞いてんのか? 嬢ちゃんよぉ」

 

 マクギはカウンター席に連なる客たちの間に押し入り、キッチンでフライパンを振るうリオナに声を掛ける。へらへらとした面構えは、間違いなく軽侮の表れだった。


 「何の切っ掛けでンな分不相応な夢を見たのか知らねーが、女の仕事はそんな風に台所に立ってメシ作るのが常識だ。それをお前、寄りにも寄って俺たちがいるこの街で魔工技術士だぁ? ははっ、笑い話にも――うぁっつぁ?!」

 

 愉快な調子で話していたマクギは、突然、カウンターから飛びのいて床を転げる。飛んできた灼熱の油の雫が顔と腕に掛かったためだ。

 

 「あーら、ごめんなさい。油が跳ねてしまいました。危険ですからあまりこちらの方へ顔を近づけるのはお控えください、お客様」

 

 と、フライ返しをあからさまに上へ傾けたまま、明るく笑うリオナ。

 

 「……っ! このっ、くそアマぁ……!」

 「あーはははっ! だっせえの!」

 「いーぞー、ねーちゃん。もっとやってやれー。頭から被せてやれー」

 

 無様に尻餅をつくマクギを客たちが笑う。仲間ですら爆笑している辺り、ここにいる常連客の砕けた関係性がよく分かった。

 

 周囲からの笑い声の中、マクギはゆっくりと立ち上がる。その面相には怒りに歪んでいるが、怒号を張り上げることはしない。年下の女に面前でバカにされた手前、ここで取り乱したら傷ついたプライドにさらにヒビが入ってしまうと、どこかで理性が働いているのだろう。

 

 「男だからどうとか女だからどうとか下らない」

 

 そんなマクギを知ってか知らずか、リオナは冷淡に言った。

 

 「魔工技術士は性別でやるんじゃないわ。その人の技術と経験と知識とアイディア、そして少しのコネクション。それ以外に無いわ。そんなことこんな私でも分かるのに、この街で暮らしている職人のアンタが分からないなんて、哀れね」

 「なんだと……!」

 「はっはー! 言われてるぞマクギーっ」

 「いーぞいーぞ! 気に入ったぞねーちゃん!」

 

 リオナを嗤った男たちが、今度は打って変わって声援を送ってくる。本当に調子の良い連中だ、とリオナは呆れずにはいられなかった。

 

 「はい! そこまでー!」

 

 その時である。徐々に高まっていく争いの機運を察したのか、チェロットが声を張り上げて盛況を断った。マクギの前に立ち、彼とリオナの双方を交互に見遣ってさらに大声を続ける。

 

 「店の中でケンカなんてダメですよ! マクギさん! この相談所はあたしが持ちかけたものですから文句があるならあたしに! それからリオナさん! 相手はお客様です! 気持ちは分かりますが、だからといって粗相は許されません!」

 「そうだよお姉ちゃん。少し落ち着いてっ」

 

 リリィも近寄ってきて、諌めてくる。ちなみにアリスは、関わる気が無いのか食堂の隅っこで傍観者を気取っていた。

 

 チェロットによって凪いだ、擾乱の気配。

 しかし、抜いた矛を収めるには、すでに時機を逸していた。

 

 「黙ってなチェロット。これはもう、そういう話じゃねえんだよ。俺とこいつの一歩も引けない魂の部分の話だ」

 

 なぜなら、リオナを見つめるマクギの瞳はすでに好戦的な炎を宿していたからだ。

 

 「上等だよ嬢ちゃん。そこまで言うならその覚悟を見せてもらおうじゃねえか」

 「覚悟?」

 「ああ。この業界で女が生きていくならそれ相応の覚悟が必要だ。それを見せてもらおうって話だ。まあ、自信が無いならいいんだぜ? 逃げてもな」

 「………………」

 

 分かりやすいマクギの挑発に、リオナは鋭利な眼差しで真っ向から応えた。

 

 それを同意と見たらしいマクギは振り返り、仲間たちと相談を始めた。そして、その内の1人から筒状のものを彼は受け取る。真紅のリボンを装飾したそれは、サランラップの芯のような筒に両端が円盤状になっている黒い棒を通した代物だ。

 マクギはそれを縦に持ち、一方の円盤をテーブルに押し付ける。すると、ショットガンのポンプアクションが如く筒がズレて、手を放すと反動でポンと跳ね上がり、白煙がそれから勢いよく噴出した。


 白色の世界は忽ちに消え去り、そしてリオナは、テーブルにいつの間にか現出している、スタンドライトのような照明機器を収納した円筒状の透明な容器をその目に捉えた。

 

 「これは修理の依頼で預かっている品物でな。『グラフスティア』っていう、紙に仕込まれた情報を部屋内に投射する魔法具だ」

 

 と、説明しながらマクギは容器の上蓋を外し、中のスタンドを取り出した。木製の一本足には魔核石と思しき緋色の宝石が取り付けられており、外部容器に合わせた円筒状のランプシェードがそれを覆っている。

 そのランプシェードはどうやら紙製らしく、表面には様々な色が交じり合うマーブル模様が描かれていた。

 

 「依頼主の話じゃ、急に映像が出なくなったと。スイッチはここだ」

 

 透明の容器を仲間に渡したマクギは、スタンドを持ち上げて一本足の底にあるツマミを捻った。カチン、と音が鳴り、ランプシェードがだんだんと明るくなり始める。内部の魔核石が光源となっているのだろう。

 だが、肝心の映像はどこにも表れていない。

 

 「…………な? 映像が出てこないだろ?」と、マクギはわざとらしい仕草で肩を竦める。その行為が可笑しかったのか、周囲の仲間たちが揃って含み笑いを始めた。

 

 そんな仲間たちを無視して、マクギはスタンドを掲げてリオナに言う。

 

 「で、だ嬢ちゃん。この魔法具のどこに異常があるかを見つけ、そんでそれを修理する方法を見つけられるか? ってのが勝負の内容だ」

 「勝負?」

 「分かり易いだろ? 見つけられたら嬢ちゃんの勝ち。見つけられなかったら負けってな。そんで勝ったら認めてやるよ。女でも立派に魔工技術士になることができるってな」

 「へえ……面白そうじゃない。だけど、勝った時の報酬がアンタからの容認なんてそんなもの、なんの価値も無いわ」

 「ほお。だったら何がいいってんだい?」

 「そうね……」

 

 マクギに問われたリオナは顎に手を当てて考え始め、チェロットを見下ろし、笑みを作る。

 

 「私の目標を嗤ったことへの謝罪。それは勿論として、今この場にいる人たち全てに好きな料理を奢る、というのはどうかしら?」

 「り、リオナさん?」

 

 チェロットは驚いたようだった。無理もない。場末のホテルとはいえ、オーブルが手掛ける料理はどれも高品質であることは周知の事実であり、それなりに高額な一品もいくつか存在する。そして現在、食堂はほぼ満席の20人余り。もし場合、その合計金額はかなりのものになるだろう。

 

 「そ、それは、ウチとしてもありがたいですけど……でも、」

 「おおっ! そりゃいいなぁ!」

 「しゃあ! 俄然、嬢ちゃんを応援したくなってきたぜ!」

 「マクギ負けろー。んでオレたちに料理奢れーっ」

 「あーもぉー! 皆さん好き勝手言ってー!」

 「どうしたチェロット?」

 

 再び活気を取り戻す客たち。そんな彼らにやきもきするチェロットは、厨房から現れたオーブルから声を掛ける。

 騒ぎを聞きつけて食堂にやってきたのだろう。チェロットはオーブルに駆け寄り、急いで状況の仔細を話し始めた。

 

 しかし、事態はチェロットを待ってはくれない。

 

 「くははっ。なるほどなぁ。そりゃあ確かに面白ぇ提案だがよ……嬢ちゃん」

 

 大口を開けて笑ったマクギは、滾っていた瞳を今度は冷たく光らせた。

 

 「勝った褒美にそれなりの価値を求めるなら、負けた時の罰もそれ相応の重さになるんだぜ? 嬢ちゃんが負けた時、どうするってんだ?」

 「ええ。もちろん分かってるわ」

 

 リオナは涼しげに答え、カウンターの上に肘を付き、上体を乗り出す。火を扱う持ち場でつい緩めてしまった胸元に、腕によって強調された乳房の谷間がはっきりと形成され、男たちの視線を釘付けにした。

 

 「その時はアンタたちが言うってヤツを手伝ってあげてもいいわよ?」

 

 そしてリオナは蠱惑的に微笑み、男たちの喚声が大音声となってホテルを揺らした。


 もう後には引けない雰囲気。いよいよ極まった2人の対決。

 

 「いい度胸だ! その条件呑んだぜ!」

 「ちょ、ちょっとリオナさん!」

 「お姉ちゃん!」

 

 パァン! とマクギは両手を打ち鳴らし、その一方で、チェロットとリリィはリオナに詰め寄った。

 

 「お姉ちゃんなに考えてるの?! 勝負だなんて!」

 「だってムカつくじゃない。女だからって馬鹿にして」

 「それは分かりますけど! 相手は本業の職人さんなんですよ?!」

 「そうだよ! なのに意地張って、とんでもない条件出して……もし負けたりなんかしたらっ」

 「だーぁいじょーぶ。勝ちゃいいんだから」

 「お姉ちゃん~」

 「ここは健全なホテルなんです! 駅近くの風俗街じゃないんです! そんな賭け事を、ましてやうら若き乙女の貞操をやり取りするような場所じゃありません!」

 「だから大丈夫って。そうならないから。ちゃんと勝つから」

 

 リリィとチェロットの懇請を受け流し、リオナは綽々とした足つきでキッチンからホールへと移動する。マクギと、その周りを囲む男衆による乱痴気騒ぎは、然も勝ち鬨のように一方的な熱狂に満ちていた。


 結局、連中はどちらの味方なのか。所詮は時局に酔うだけの見物人に過ぎないのだろう。

 

 「だけどよマクギ。大丈夫だとは思うがお前、もし負けたら全員奢るんだぞ。ンな金あんのか?」

 「はっ、負けねーよ。まあ……仮に、そういうことが万が一あったとしても、だ。依頼主から受け取る金があるから大丈夫だよ」

 

 すでに勝ったような口振りで言い、マクギはリオナに振り返った。

 

 「さて……お話は済んだかい? もうそろそろやろうじゃねえか」

 「ええ。望むところよ」

 

 リオナは毅然と頷き、いよいよ空気が戦いの静けさに尖っていく。

 

 「もぉー! お父さんからも何か言って! このままじゃあのインチキ新聞記者のデタラメ記事が本当になっちゃうよぉ!」

 

 もはや2人に取り付く島が無いと悟ったのか、チェロットはオーブルに応援を求めた。

 が、オーブルは関わりたくないのかアリスと同じような表情を浮かべ、

 

 「……ま、2人ともほどほどにな」 

 「おとぉさーん~!」


 と、まるで人事のような忠告を垂れ、厨房へと引っ込んでしまった。

 

 最後の砦であるオーブルまでもが無介入を示し、妨げるものが存在しない2人の空間。

 不意にリオナが手を挙げる。


 「一つ質問、というか確認よ。私は自前の工具箱を持ってるんだけど、それを使ってもいいかしら?」

 「工具箱? へっ、一丁前に。ああ、別に構わんぜ。ただし、飽くまで故障箇所を見つけて、その解決方法を示すだけだからな。余計な事はすんなよ。特に『テクスト紙』……要はこの機器の紙の部分だ。そこは傷つけんな」

 「……なるほど、ね」

 

 スタンドを掲げて言うマクギから一つを見取り、リオナは笑みを深くする。

 

 「他に質問はあるか? ねえならいい加減、始めるぜ?」

 「ええ」

 「よし。んじゃあ、制限時間だが……そうだな。チェロット」

 「はい? なんですか?」

 

 不貞腐れてるのか、投げやりな言葉遣いになっているチェロットを親指で示し、マクギはリオナに言う。

 

 「俺がメシを注文して、それが来るまでの時間でどうだ?」

 「ええ。結構よ」

 「ははっ。じゃあ……あー、ここは嬢ちゃんが選んだ方が公平か? どうだ? 出来れば腹に溜まるモンにしてほしいんだが」

 「なんでもいいわよ。好きな物を頼んだら?」

 「そうか、ありがとよ。おーい、チェロットー」

 「はいはいはいはい。行きますよ。どーせあたしの言うことなんか誰も聞いてくれないんだから。ふんだっ」

 

 マクギへ近づき、注文を聞き受けたチェロットは足早に厨房へ向かっていく。そんな彼女の後姿を見て苦笑したマクギは、目の前で突っ立っているリオナに顔を向け、改めてスタンドを見せ付けた。

 

 「何やってんだ。もう勝負は始まってんだぜ? ほら、さっさと受け取ってよーぉく調べてみるんだな」

 「いらないわ」

 

 わざわざ近づいてきて、律儀にスタンドを差し出すマクギ。そんな彼の厚意を、リオナは冷淡に撥ねつけた。

 

 「……いらない、だと? どういう意味だ?」

 

 途端に表情を険しくするマクギに、リオナは勝気な微笑を返す。

 

 「そのままの意味よ。私にそれはいらない。触る必要が無いの」

 「直接確かめることはしないってか? それでどこがおかしいのか分かるってのか? ああ?」

 

 「ええ」とマクギに答え、そして、リオナは言い放つ。

 

 

 「だってそれ、どこも壊れてないんだもの」

 

 

 

 

 


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