第7話 C葬迎夢

 第7章 しーそーげーむ



      1


 弟がいるのは知っていたが。いないものとして扱えとは言われていたが。

 知るか。

 弟だとか腹違いだとか。公明正大・清廉潔白のKRE。唯一の汚点らしい汚点だとか。どうでもよかった。

 あの碌でもない父親の血を引いてるのは。

 お前だけじゃない。

 はっきり言って俺に似てなかった。俺は母親似だと祖父さんに散々言われまくった。刷り込みが効いてる。成人してだいぶたったいまでも。

 ツネは。弟は、

 父親に似ていた。それがすごく同情を引いた。

 代わりに俺の母親、つまり会長には。疎ましくて仕方なかった。

 どうして死なせてやらなかったのだ。死んでいればよかった、

 あの男と一緒に。

 散々言われまくった。のでどうでもよくなった。

 言ったって許可が得られないのは眼に見えてる。だったら最初から取らない。

 勝手にやってやる。

 ツネを。本社で匿うことにした。

 その当日の夜のうちに。

 さすがお耳が早いことで。会長が夜叉みたいな顔して怒鳴り込んできた。「いますぐ解任したっていいのよ?別にあなたに継いでもらわなくたって」

「そうですか。そう仰るのなら」こんなに楽なことはない。

 しかしそれが、自分で自分の首を絞めてることに気づかない。

 気づいた。途端、

 会長の態度が翻る。「そうじゃないのよ?ごめんなさいね。ごめん。お願い」

 会長は息子の俺を社長にするしかない。自分の会社を自分のものにしておくには。

 あの碌でもない男の親族が。

 KREを狙っている。

「目立つ行動だけは謹んでよね?それだけ。いいわね」

 下らない。

 だから、公明正大・清廉潔白のKRE社長の俺は。

 慈善活動を始めた。

 血迷っているのだ。俺にしかわかってない。

 金の無駄遣いに思えるかもしれないが、その通りだ。金を使い尽くしてこんな会社、ぶっ潰してやろうと目論んだのだが。

 世の中はどいつもこいつも、善ということばに滅法弱い。

 善。に眼が眩んだアホどもが。

 じゃらじゃらじゃらじゃらと。投資をしてくる。その分を慈善活動で使い切ってやろうとしても慈善活動で使い切るペースなんかより。

 半端ない。なんだこれは。

 皮肉にも、会長を喜ばせる結果に終わる。「あなたに継がせてよかったわ」さすがは自分の息子だと。

 言いたいのだろう。言う相手がいないなら、息子の俺に言うしかない。

 俺が会長の息子なのだ。あの碌でもない人でなしの息子ではなくて。

 あの碌でもない人でなしの息子は。俺じゃない。

 ツネでもない。ツネは、

 俺の弟だ。

「会長を脅すかして、金なんか幾らでも溢れてくる。首が回らなくなって未来に絶望してどうしようもなくなるから心中を選ぶ。どうしようもないか?」

「わかるように言え」黒鬼が咆える。

 それはそうだ。わからないように言ったんだから。

 結論だけ言ったら。

 伝わらない。「死ぬ理由がないだろ。死んだ本人側には」あの金食い虫が、

 死んで得する人間が。

 たった一人しかいない。

「俺に殺させて俺をぶち込む算段なのはわかった」黒鬼が鼻で嗤う。「てめえのケツも拭けて、眼障りな俺も処刑できて最高な手だよなあ。終わらせろだ?」

 ツネの時間軸は二年前のあの日に。止まったまま。

 動いてない。動かすには、

 それしかない。

 俺にはできない。できる人間が、

 たった一人しかいない。

「俺が捕まるわけにいかないだろうが。真っ白な会社なんだよ、どっかの真っ黒な組織と違ってな」土下座したって金を積んだって。

 黒鬼が俺のシナリオどおりに動いてくれるなんてことはあり得ない。

 俺のため。

 だと思われてるなら尚更。「ツネが死んだら俺がお前を殺さなきゃなんなくなる。お前が死ねばツネが死ぬ。どっちがいい」のかわかるだろうが。

「お前が死ぬってのは?俺とあいつが生き残って」

 共倒れだ。

 結論を言わなきゃわからないのか。そんなもの。何も示してない。

 なんでわからない。

 ツネを生かして。

 お前も殺さないでおいてやるというのに。「あれが心中だと思ってるのか」

「違うんだな?」

「見たとおりならな」

「そいつを」聞きたかった。黒鬼が立ち上がって、

 ドアを開ける。

 そこにいた細い腕を。

 摑んでこっちに引きずり込む。「外せよ」俺に。

 立ち去れと。言っている。

 どうして俺じゃないんだろう。

 ツネは。

 憶えていない。ぜんぶ、

 忘れさせた人間がいる。

 ここに。「殺したら承知しない」

「どっちだ。殺せっつったり、殺すなつったり」ケツを拭かなきゃなんないのは、

 お前のほうだ。

 お前が始めたことだ。お前で。

 終わらせろ。


      2


 さすがに橋の上は目立つので。社殿の裏の。

 ここにも桜が。

 はらはらはらはらと。

 おかしくさせる。おかしくなっている。すでに。

「心中に見せかけたのか」そんなこと聞きたくない。

 のがバレている。彼は、

 桜の木に背を付けて。「心中やさかいに」口の端だけを上げて。

 笑う。

 ああ、やっぱり。

 ダメだ。

 あのペド兄にどうすることもできない理由と。

 ストーカ犬が具体的なことをなんもしてこなかった理由が。

 しないんじゃない。できない。

 意味ない。

 届かないんじゃ。「お前が」殺したのか。とは言えない。

 言ったところで。

「俺が?なに」

「帰ったときに」

「せやね。ぷらーんと」彼が樹を見上げる。「めーわくやったん」

 彼の。視界に入りたくて近づく。

 見下ろす。「ぶら下がってたんだよな?」二体。

「見はったんやろ?」

 見たが。

 あれは。「ホントに」死んでたのか。

「よう思い出されへんのよ。夢でな、何遍も何遍も。いろいろがごっちゃんなって。ほんまのことと、あらへんかったことと。区別が」腕を伸ばす。

 顔を背ける。

「やらへんの?」

「頼むから。ほんとのことを」ほんとのこと?

 自分で言っててバカらしかった。

「違うってゆってくれりゃあいい」殺していないのだと。

 勝手に死んでいたのだと。

「ゆうたらどないするん?」また顔が近づく。

 背ける。

「やらへんの?」

「望みは何だ?」

「復讐やと思いましたん?」彼が笑ったときにはみ出した吐息が。

 かかる。

 よけられない。「復讐じゃないのか。両親を殺された仇を」違う。「二年もかけて計画練って、俺の懐飛び込んで、油断したところを」違う。

「せやったら、いまが。チャンスやね。そらもう絶好の」彼が。

 手で銃の形を模して。

 俺の。心臓に当てる。

 それがホンモノならよかったのか。

 ニセモノでよかったのか。「チャンスだぞ。誰も見てない。誰もいない」俺以外は。

 だから、さっさと。

 自白いてくれ。

 俺しか聞いてないから。

「お前が」

 殺したのだと。

「俺やない」お前じゃない。俺が。

 俺が。

 殺したいほど。

「愛してるから。頼むから」彼の呼吸を根源から。

 吸い込む。

 このまま窒息すればいい。

 俺が。

 死ねばよかったんだ。俺が代わりに。

 彼が。

 生きるべきなんだ。人工呼吸に。

 見えなくもない。見たいと思い込みたい。

 思い込みだ。

 まさか彼が?十代のガキに。

 んなことができるわけがない。チカラ的にもアタマ的にも。

 大のおとな二人を。

 吊り下げて。首を。絞めて。

 吊る下げて。

 首を。絞めたのだ。首を絞めてからじゃ重くて吊るせない。

 死体は。

 重い。したいは、

 おもい。

 想い。思い。

 口の中に収まりきらない液体が溢れる。顎に。首に。

 首に、手を。

 やりながら。やっていた。

 白い顔。

 馬乗りになっている。男。

 取り込み中だ。帰れ。

 こちらとて用があって来たんだから。金返せ。今日こそは。

 あの高慢女に言え。言ってるだろ。毎度同じこと。

 いつもと同じ。居留守を使われていた。ダイは面倒だから出直すと言ったが。

 なんとなく。

 なんだか嫌な予感がして。いつもの直感。たいてい当たる。

 鍵のかかった玄関をぶっ壊して。

 ゴミの散乱した廊下を掻き分け蹴飛ばし。

 居間。台所。寝室。

 白い脚が転がっていた。衣服の乱れた。女。確認するまでもなく。

 死んでいる。

 そのすぐ向こうで。窓は遮光カーテンが引かれて。

 淀んでいる。

 闇。暗闇。

 勝手に上がってくるな。男。背中が上下している。

 何をして。

 るのか。見てしまう。

 ぐったりと無抵抗に仰向けになった。少年。学ラン。

 白い胸部が露出。ワイシャツのボタンを無理矢理引きちぎって。

 男の。手が。

 少年の。首を絞めている。

 男の。脚と脚の間が。

 少年の。脚と脚の間に密着している。

 何をして。

 るのか。見たくもない。

 こうするといい具合に。だとか男が上気して弛みきった筋肉を。

 女の。首にも似たようなあざが。ああ、

 そうか。

 さっきまでそっちを。そっちが締まらなくなったから。

 こっちの。

 締まるほうを。

 ちょっと待て。すぐ達けるから。と男が言うが。

 お前の都合は聞いてない。頭を吹っ飛ばす。つながってる部分を。

 引っこ抜く。

 棒のほうを床に叩きつける。

 そうだ。もうすぐ、

 逝かしてやるよ。二度と戻ってこれないくらいイイところに。

 息のない少年に。

 呼吸を吹き込む。心臓を再開させる。

 あのとき死んだ男と。同じことをしたくない。

 ああ、だから。

 やりたくなかったのだ。

 彼を、

 桜の樹で挟んで。

 脚を持ち上げる。「お前はなんもしてない」

 揺らす。

 散らす。白い粒。

 白い花。

「雪みたいやわ」彼の口の中に花びらが入る。舌の上。

 溶ける。

 消える。雪?

「共犯やもしれへんね」

「俺がやった」彼の首筋に、

 桜が吸着する。

 ほの紅い。

「満開やったのに。ほなさいならやさかいにな。そんちょーサンの仕業やて」

「そうだな」俺が。

 ぜんぶ、やった。

 頭上に白い塊が見えなくなった。

 彼を覆っている。

「やらへんの?」

「やってほしいことがあんじゃねえのか」もっとほかに。

 彼が、

 俺の手を。自分の首に。「やらんといけへんのよ。どヘンタイさんやろ?」

 死んだ男と。まったく同じことをしろと。

 言ってるのか。

「あのペドは?」やったのか。

「肩代わりしてもろうたお礼にな。そんくらいしか思いつかへんかったん。あっちがいってはい終わり。俺は」いけない。「これ、せえへんと」首に手。

 俺に。それを、

 しろと。

「あの日を最後にいってへんのよ。いかれへんの。かーいそやろ?」

 二年前を。あの日を。

 再現しろと。

「できるわけねえだろ」なんのために。

 生かしたのか。

 達かせるためじゃない。生きてほしいから。

 男を殺したし。

 女を吊るしたし。

 生き返らせた。お前を。

「あんだろうが。俺にやってほしいことが。そんために二年も耐えたんじゃねえのか。あのペドに脚開いて。俺の素性聞いて。犬に付け回されようが、ダイのやつにハメ撮られようが。オーナのとこだって、あの店に俺が」

 こいつは、二年前のあの日。

 死んでる。

 俺が無理矢理生き返らせたのは、

 亡霊で抜け殻の。

「復讐してえんだろ?お前を殺したやつらに。お前を散々な目に遭わせたやつらに」俺が「ぶっ壊してやる。ぶっ潰してやる。だから、頼むから」

 あいしてるから。

 俺だけは。

 ゆるしてくれ。

 彼を、樹の根元に降ろして。

 雪を被せる。埋める。

 桜の木の下で。

 成仏してもらう。その隙に、俺は。

 やることがある。


      3


 桜のおばけが猛スピードでこっちに向かってくる。

 ボスだった。

「終わった?」終わってなさそう。

 眼が血走って。

 股間が異様に膨れ上がってる。「終わってないね」

「そこはどうでもいい」ボスが向きを変える。

「起こす?」スサは酒に酔ってぐうぐう眠ってる。「呼ぶ?」ダイはかわいい女の子を見つけてふらふら付いてった。

「リクマ様は?」

「チョコバナナ」

「そうか」

「なんでみんな様付けるの?」

「いや、ダイがそう呼んでて。んじゃそうゆうことしてたんだろうと、スサが」

「女王様?」

「そうなのか」

「訊いてみる」

「いんや、別に」

 本題は。「つづき?」

「あーうん。いいか。こんな」ところで。

 どこだって。

 おんなじ。

「桜は好き」ボスみたい。「ボスも」

「好いてもらってて悪いが」

「うん。クビ」わたしの伴侶にならないなら。「ばいばい」

「悪いな。恩を仇で返すみてえで」

「わたしに恩はないよ」おじーちゃんがやったこと。「存分好きにやって」

 暴れてきて。

 鎮まるくらい。膨らみが。

「だからそこはいい」ボスは後ろを向く。

 あ、もう。

 ボスじゃないんだった。なんて呼ぼう。

 次に逢うときまでに考えとかないと。「おじーちゃんによろしく」

「死んだよ」

「会ったらでいい」会うかもしれない。

 死ぬ気なら。

 桜のおばけは猛スピードで行っちゃった。

 少し経って、クマちゃんが戻ってくる。「そのかげで変質者とすれ違いましたけど。ご無事でしたか。黒くて硬いものとか強制的に見せ付けられてませんか?」

「春だから」

「春でしたね」買ってきたクレープを渡してくれる。「どうぞ」

「ありがと。クビね」わたしはチョコバナナを頼んだのに。

 チョコバナナ・フレイヴァとか。

「勿体ないお言葉です」クマちゃんは仰々しく頭を下げる。「黒くて硬いものを強制的に見せ付けた甲斐があったというものです」

 しばらくして、ダイが戻ってきた。単体で。「ついそこで物凄い形相の巨大ななんかを見かけたんだけど。あんまりにあんまりだったから女の子がビックリしてみんながみんな逃げちゃったんだよね。ひどい話だと思いません?」

「春だし」

「そだったね。春だわ」買ってきたチョコバナナをくれる。「おみやげね」

「ヘンタイ。クビ」確かにわたしはチョコバナナが欲しかったけど。

 ダイには頼んでない。

 全然違う目論見とか思惑があからさますぎ。ちゃっかり動画構えてるし。

「はいはい。いーよいいですよ、お嬢。もっと罵って」ダイは嘘くさくお辞儀する。「ついでだからオレの黒くて硬いものとか見ます?」

「ほんとに硬いの?」クマちゃんが現世の最下層の生き物を蔑むみたいな眼で。「あんたやりすぎで人間相手には勃たないって聞いたわよ」

「根も葉もないね。つーか人間相手にって。オレ、何とやりたいわけよ?」

「虫とか?黒くて硬い」

 だいぶ経って、スサが戻ってくる。こっちの世界に。「あれ?俺。やべえ。どんくらい落ちてた? やべ、情けねえの」

「サイテイ。クビ」わたしとお花見に来ておいて真っ先に寝るとか。

 スサは黙って頭を下げた。

 ほんとはもう一人。クビにしたいのがいたんだけど。

 おじーちゃんが大事にしてた人だから。

 おじーちゃんに任せるとする。わたしの直下じゃないし。

 死んだあとのことは関与できない。

 そうそう。わたしも、

 クビ。

 みーんな。仲良く。

 スサが眼をこすりながら大あくびして。「黒くて硬いのがどうとか」

「なんでそこだけ聞いてるの?」


      4


「なにせ二年も前だろ」証拠がない。ナタカが一蹴する。

「ねえならいいだろうが」実際見たやつが言ってんだから。「俺が」

 ドア付近で待機してたストーカ犬に退場命令が出る。

「なんでですか?なんかあったら」こいつは、あいつの近所のお節介焼きの兄貴代わりだったらしいが。

「ほうほう。なんかあったときに防げるのか?お前に。俺の盾が務まるわけか。そうかそうか。そんなに出世したいのか。知らなかったな。お前がそこまで野心に満ちてくれて俺は鼻が高いぞ。へし折れちまいそうなくらいにな」ナタカの指が地の底を。

 突き刺す。

「出世したくねんならとっととケツ捲くれ」

 犬がしぶしぶ離脱する。出世がどうとかじゃなくて。

 たぶん、あいつのために見届けたかったんだろうが。

「あんたの部下が出世できない理由がわかった気ぃする」

「そりゃあ、気のせいってもんだな」ナタカは、キャスタつきの椅子を転がして。

 俺の視界から外れようとする。

 やつの本拠地は無駄に広い。段差もない。転がり放題。

「どこ行くんだよ」まだ話は。

「いっていって。お耳は全開だかっさよう」あさってのほうを見やって耳の穴に麺棒を突っ込む。「あーかいかい。ごそごそいってて敵んや」

 聞く気がまるでない。

 俺じゃなかったらとっくに。あのストーカ犬と同じに。

 抹殺。

「にしてもでっかくなったなあ」

「そこはもういい」ったく、お嬢といいこいつといい。

 下半身に注目する血筋なのか。

「久しぶりにツラ提げに来たかと思や、二年前のは俺がやりましたあ?馬鹿か。あれてめえ無関係だろうが。どんだけ首突っ込みゃあ気が済むんだ?あ?」

「俺が殺した」

「あーそーかい。んじゃ殺した奴の名前言ってみろや。フルネームで」

 そんないちいち殺したやつの名前なんか。「憶えてねっての」

「よーするに、だ。あのガキに惚れちまったわけなんだろ?安心しろ。ガキ捕まえたとこでうるせえハエがぶんぶん寄ってたかるだけだ。お茶の間の話題を掻っ攫うだけだな」

 そういうことを言ってるんじゃない。

 善も悪もどうでもいい。「てめえに決定的に欠けてるもんがある」正義。

「どの口が言ってんだ?あ」ナタカが高速で床を滑ってくる。俺の顎を至近距離で蜂の巣にできる。「まっさかてめえなんかに俺の十八番、正義ちゃんを語られちまうとはなあ。耄碌したもんだわなあ」

 内線が鳴る。が、ナタカは。

 平手で。

 ハエが止まってた。とばかりに。「っせえなあ」

 受話器は真っ二つ。本体にもひびが。

「そのでかさがフェアじゃねえやな?ボディチェックくれえまともに」銃刀法。「それとももっとあれか?そのガキとよろしくやっちまいましたって」強姦。未成年。「んなちんけなもんで出頭すんじゃねえや」

 リクマ様に手向けでもらった。

 黒くて硬い違法を。「こいつがちんけか」弾も詰まってる。

「慣れねえもんはやめとけや。ほらおら」ナタカが手の平を銃口に。「責任持って返しといてやっから。そいつにはなんだか見覚えがあってな」

 白々しい。

 なんだか。なんて生易しい関係じゃないだろうお前らは。

 癒着。

「後始末してけよ。てめえで始めたことくらい、てめえで」終わらせられない。

 未練があるから。

 その未練を。断ち切ってやったとしたら。

「ぶっ放したんじゃねえだろうな」ナタカが。

 気づいたときにはもう遅い。

 一発だけ残しておいた。あとはぜんぶ、

 観音様と。

 軟体動物に。


      5


 ダブルスパイ。なんていうと格好いいかもしれない。が、要は。

 どっちつかずでふらふらしているだけ。

 初代は。

 正義の反対語が悪ではないことに気づいて。

 ボスと。その手足を捨てた。

 私の居場所をわざわざ残して。

 先代は。

 捨てられた手足の面倒を看るために。

 側近と。ボスを直下に置いた。

 私の居場所をわざわざ継いで。

 両者には同じくらい恩があるが。ボスには、

 恩。以外のものがある。

 三代目が見つかるまでは。

 花見なんか。

 黒に染まる。

 血が赤いというのは嘘だ。私が見た血は、

 淀んで。

 濁って。

 汚らわしいほどに鮮やかな。黒。

 廊下にも。障子にも。

 襖に穴が空いている。

 そこから見えた。見ていた。

 観ているしか、

 できなかった。

 ボスが、

 先代とその側近を。

 射殺するところを。

 眼が。

 見つかった。逃げようとは、

 思わなかった。

 覚悟ができていたわけではない。私など、

 殺したところで。

 初代への手土産にすらならない。

「ひとつ、頼まれてくんねえかな」ボスは私を見ずに言った。

 畳に転がっている、

 それと。これを。「弔ってやってくれ。静かなとこがいいな」

「どうされるのですか」ボスは、これから。

 どうするつもりなのだろう。

「行くのですか」初代のところに。

「頼まれてくれんのか。どうなんだ」それでも私を見ない。

「電話をかけてもよろしいですか」

「かけるとこに依んな」

 弾は。

 残ってないだろう。あと一発。

 脅しにもならない。

 わかっている。私が、わかっているのをわかっていて。

 向ける。銃口。

 眼線はそれ以外。「手遅れだ」派手な赤い帽子をかぶったシロクマを呼ぼうとしているのを。

「呼んでみなければわかりません」助かるかもしれない。

「ぶち込まれてえのか」

 弾じゃない。

 牢。はあり得ない。初代が君臨する限り。

 しかし初代が、

 これから行なわれる突然の襲撃によって。

 降板させられるとしたら。

「俺だけでいんだよ」ボスは、

 自分だけ。

 格好つけようとしている。最高に格好悪い。

 己を犠牲にするだとか。

 部下を丸ごと助けるために。目障りな監視カメラの私も含めて。

「頼んだからな」

 ボス。

 私がそう呼ぶのは。きっとこれが最後。

 最期にならないように。

「承りました。ご武運を」

 ボスは、

 誰よりもその先を見据えている。

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