第5話 T相姦懇

 第5章 てーそーかんねん



      1


 にしてもすんごいの拾ってきたよね。「イクツなんだっけ?」

「歳がわからへんとなあんもでけへんの?」

 名前を教えてくれない。

 ので、こっちで勝手に。「フジミヤくんはさあ」本名だ。

 モロちゃんが血眼んなって調べといてくれたんだろう紙の束から出典。

 出しっ放してことは、部署違いのオレが見たって全然いいってこと。モロちゃんが早いことダウンしちゃってつまんないから、事務所うろうろしにきて見つけた。

 二年前。

 借金で首が回らなくなった家庭が、夫婦の心中によって幕を閉じた。

 やけにすっきり片が付いてると思ったらなんと、オレが担当ってた。自画自賛。

「あ、フジミヤくんでいい?なんとなくキミ、フジミヤくんっぽい雰囲気で。ヤだったらほか考えるよ?フジノとか、うーんとあとは。そーだなあキソ」コマ、を言ったとこで。

 聞いちゃいない。

 本格的にどうでもよさそうに、カーナビをいじくる。もの珍しくて興味本位でおっかなびっくりいじってる手付きじゃなかった。

 何か目的があってその目的を達成するための最短ルートを探してる指だった。

「どこ行こっか」

「命令と違うん?」

 服を買ってやれ。ボスはそう言ってオレに預けた。

 ような気もしてくるけど、服ってのは建前で、本当の命令は。

 呼ぶまで帰ってくるな。そいつの命優先で行動しろ。

 絶対眼を離すな。

「んじゃどんなのが好み?その学ラン、コスプレなんだってね」

「そちらはんは?」

「おそろいにしたら殺されるよ」オレが。「キミ、なんで囲われてんのかわかってる?」

 ハイウェイの入口を案内する緑の看板が眼に入る。ほじくり出したけど。

 片側三車線もあるのになんでこんな渋滞すんだろ。

 片側三車線もあるからか。

「いいよ。そこ行こう」選ぶのが面倒だっただけ。

 オレが選ばなくても、オレのせーかくをせーかくに誤解してる他人が全自動で見繕ってくれる。そうゆうとこを選んだだけ。

 市営の無個性地下駐車場に車を置いて、行きつけの店に入る。マッハで駆けつけてくれた女の子にお任せして、フロア全体と防犯カメラが一望に見渡せる絶景ポイントで待つことにする。

 女の子がコーヒーを持ってきた。「許容範囲〝害〟だってゆってませんでした?」怒ってるんですからね、みたいな動作でテーブルに。

 闇黒の液体が飛び散る。

「子守り押し付けられちゃってさあ。やったことないからもう、てんやらわんやらで」

「ウソばっか。どこで作ったんです?」

「年齢考えてよ。半分くらいじゃんか」

「あんな子連れまわすとかサイテイ」

 何を言っても全否定の足掛かりになるだけ。

「ごめんごめん。ついうん時間前までえんせー行っててさあ」

「またそれ。遠征遠征って。なんなんですか?サッカー選手でもないのに」女の子は、オレが二ヶ月連絡を寄越さなかったことを怒ってる。

 ここには服を買いに来ることだけが目的じゃない。

 と、女の子は思ってるようだけど。別に寝たからって値引いてくれるわけでもなし。寝引きはじめました、とか冷やし中華のノリで店頭に貼ってくれたら、あるイミ新たな客層をゲットできる。オレ以外の。オレじゃなくたっていい。女の子は。

 めんどくさい。

「三日着回しできる数でいーよ。それ着て行きたいとこあるんだって」オレが。「ごめんそれ。こっち」彼が着てた学ラン一式。

「汚いんですよ?なんか、牛乳腐ったみたいな」女の子は顔をしかめる。可愛くない顔がもっとひどいことに。「そうゆうのが好きなんだったら、ここからちょっと行ったとこにそうゆうのの専門店があったと思いますよ?」言葉のふしぶしに棘があった。綺麗なものを彩る棘は美しいけどそうでもないものに棘があると。

 不細工が際立つ。

「シュミでやってるわけじゃないんだよ」たぶん。「職業柄」

「なにが職業ですか。支払いはいつものでいいですね?」紙袋を突き出す。「毎度ありがとうございました。またのご来店をお待ちしてます」誠意の欠片もない。

「ホントごめん。キミも子守りしてみるとわかるよ」完璧皮肉だ。

 女の子が罵詈雑言を生成してるのをかいくぐって、店の外に出る。フジミヤくんが付いてきてるのを確認してから。

「やっぱ違和感あるね」新調したばかりの衣裳。

「せーだいアタマへんですやろ。中身詰まってはるの?スポンジ」文句たらたらだが、諦めなのか、それでもオレなんか眼中にないのか。フジミヤくんは、

 そのまま歩き出す。

「ウソウソ。ごめんごめん。じょーだんのつもりだったんだけどね」フジミヤくんが機嫌を損ねた?のは、オレ御用達のブランドが思いのほか彼に似合わなかったことに対しての感想を正直に口に出しちゃったアレじゃない。

 似合うほうがレアなのだ。似合う似合わないで選ばせてない。

「変装だよ。ほら、まさかキミがこんなカッコで出歩いてるだなんて正夢にも思わないってわけね。我ながら名案かなあって」

「そうですな」棒読み。

 尾行けられてること気づいてないのだろうか。鋭敏な感性とか持ってそうなのに。

 なんのために無個性地下駐車場に車を置いてきたと思ってる。

 乗り換えるためだ。

「後ろ乗ってね」助手席だとまずいものがあったりなかったりで。

 見つかったってどうってことないんだけどね。言い訳も五通りくらい考えてあるし。

 こーそく乗るとしょーこが残るからわざと下道で。遠いんだけど仕方ない。

「どこ行かはるん?」本心はどこでもいいが気を遣って訊いてくれた。

「ノド渇いたよね。おナカとか」

「前見て運転しはってよ」

「ねえ、話戻すけどホントにキミ」囲われてることを理解できてないのか。「借金まみれなの?いくら?」息子が返さなきゃならない金は一円もない。

 モロちゃんが調べた。オレも思い出しつつある。

 フジミヤ家の借金はすべて清算されてる。そこでキソコマの家が関連してくる。

 お得意の慈善活動の一環かと思ってた。オレとしても借りてる分を耳揃えて返してくれたらその金の出処が闇だろうと保険だろうと臓器だろうと全然構わないので、当時まったく気にも留めなかった。

 相変わらずKREは潤沢なこって。とかボスと二言三言交わしたくらいの。何の問題もなく終わったはずだったんだけど。

 なにもいまんなって。

 確かに変といえば変なのだ。オレのアタマはそっち置いといて。

「どう?着心地」バックミラをちら見。

「ぎょーさん稼がせてくれるゆうことですやろか」

「もうとっくに稼いでんのかと思ってたけどさ」

 昨日はホントにナニもなかったらしい。それっぽい音はナニも聞こえてこなかった。ボスの部屋のドアに耳つけて聞いてきたから間違いない。

 ボスのぶかぶかのシャツ被って眠ってたフジミヤくんにナニも感じないはずはないんだけど。

 どうしちゃったよボス。アタマ変なのはオレだけじゃないよ。

 プレーヤの再生ボタンを押す。

 ついこないだ撮りたてほやほやの新作映像。豪華にも南の島ロケ。カントクやっといて言うのも自虐ネタ甚だしいので炎上誘引なコメントは控えるけど。お世辞にも、金を対価に観たいとは血反吐も思わない。金くれたら喜んで観るけども。

「あ、ごめん。間違えちゃった。音楽でもかけようと思って」

「ど下手やねえ」バレバレだ。バレるつもりでやった。

 さあ、どう出る。

「ホントごめんね。きょーいく上悪かったね」慌てたふりしてディスクを取り出す。音楽CDがないことに遅ばせに気づく。

 ダメダメだ。演技にしたって大根すぎる。

「ごめんねえ。どっかしらにはあると思うんだけど」どこにもないことはわかってる。

 いかがわしい映像がたっぷり詰まった年齢制限付き媒体しか。

「俺ならもっとうまいことやれますえ?」

 ど下手。

 なのは、オレの鎌掛けじゃなくて。

 こっち?18禁の。

 笑いが止まらない。すんごいのを拾った。心からそう思う。

 さすがはオレらのボス。

 フジミヤくんを、スサじゃなくてオレに託したのは。

 そゆこと。ふーん。

 手を出すな。てゆう命令がなかったのはそゆわけね。

 出していいわけだ。

 出させてもらいますよ。「体力自信ある?オレのはハードだよ?食べとかないともたないよ?」

「逆流プレイさせたいん?」

 つまりは吐くまでヤってもいいと。

 バックミラに映る眼差しが相当で。久々に出演たくなった。


      2


 KREの社長秘書だと名乗った男は、モロギリが淹れた茶を飲み干すと、事務所見学ツアもドタキャンして、あっけなく帰っていった。

 何しに来たんだ。

 あのガキを連れ戻しに来たんじゃ。いいのか?

 晴れてKRE公認てことなのか?貸し作ったみたいで後味悪いが。

「不名誉なことはしないんじゃないのかな」湯呑みを洗いながらモロギリが言う。「強行にボスの部屋に押しかけたって、あの段階ですでにいなかったわけだから」

 いれば現行犯。いなかったら名誉毀損。

「いない、つうこと」わかってたらなんで。

 来た。

「牽制ですかね。すべて把握してるってところをアピールに」

 デスクで眼を瞑ってじっと黙ってたボスが。

 眼を開ける。「悪りい。寝てた」

 寝てたのかよ。

 どおりで。

 じっと黙ってられたわけだ。秘書の変化球・牽制球をもろに受けて。

「どっから?」寝てたのか。

「いちいちお前に断んなきゃなんねえか」

 うわ、機嫌悪。

「どうすんだ?これから」

 間違っても間違わなくても、寝起きのボスに話しかけちゃいけない。

 古参じゃなくたって知ってなきゃいけない常識。ボスがこっちの世界に顔突っ込んだときから知ってる俺が。知らないわけないんだが。

 あえて。「KREに宣戦布告どこっか奇襲しかけるレベルじゃねえぞこりゃ」

 フツーのやつならここでちびる。

 ボスが。

 ヒトを殺せるガンを飛ばしている。「あのペドの言いなりになれってか」

「そういうこと言ってんじゃねえの」落ち着いてくれ。頼むから。

 あんたの一挙一動が。

 組織の土台を揺らがせる。

「復讐しに来たのかもしれねえってこったよ」殴られる準備はできてた。ボスのサンドバックは慣れっこだ。

 俺だから生きて帰ってこれる。モロギリやダイじゃ。

 優秀な幹部を失うことになる。

「もっかい確認させてくんねえか。あんたの本心は」

「聞いてどうする」ボスは俺にその殺人光線が聞かないことをよくわかってる。うるさい俺の口を唯一塞ぐことができるその方法は。

 暴力。それ以外にない。

「そんなに居心地よかったか」病院。「もっといりゃあよかったな」大人しく入院していれば二ヶ月で治ったのに。いまから延長する。一生出られなくしてやる。

 あの世から。

 そうゆうオーラを纏ってボスは。「死にてえか」

「見たんだろ」ガキについての調書。

 いままさにボスの手元にある。

 片手で握りつぶした。ちょっとした冊子くらいの厚みはあったんだが。

「誰がやれっつった?モロギリ」

 濡れた手をタオルで拭う。手が止まる。「すみません」息だけの声。

「謝れなんつってねえだろ。聞こえなかったか。誰がやったかって」デスクを蹴り飛ばす。倒れはしなかったが、事務所全体が軋んだ。

 やめてほしい。そこらここらが壊れたり剥がれたりしてるのはぜんぶ、

 ボスの居所の悪かった虫に喰い散らかされた痕。

「聞いてんだよ」

「私の独断です。申し訳ありません」モロギリは床を見ている。ボスが怒った場合の対処を心得てない。こいつの上は、俺らのとは違う。

 そうじゃない。そうじゃないんだ。

 お前の上は、謝れば許してくれる寛大な奴だったかもしれないが。

 俺らんとこの凶悪な黒鬼は、

 謝罪なんか求めてない。んなもん火にダイナマイトくべてるようなもんで。

 頭なんか下げたとこで。反省の態度を見せたって。

 爆破のスイッチ押してるのと変わらない。

「失せろ。二度とそのツラ」

「できません」

「監視は要らねっつってんだろ。消えろ」ボスがモロギリを殴らないのは、殴っても効果がないことをわかってるからだ。

 モロギリは殴られたくらいじゃ引かない。

 だから、やらない。死んでも引かない。殺したら、

 初代を裏切ることになる。

 ボスがこっちの世界に染まったのは、初代がきっかけ。命の恩人とまではいかないが、それに近い恩をもらってる。その初代が可愛がってたモロギリを、

 殺せるわけが。「殺すぞ」口だけだ。

「話があっちこっちいってるが」ボスの右腕の俺が戻そう。仲間割れしてる場合じゃない。

 もしかすっと、

 こいつが狙いか?

 ボス個人じゃなくて。あのガキが潰したいのは。

 俺らそのもの。

 なるほど。「ちょい聞いてくれや。あいつの親を殺したのは」ボスじゃない。

 担当だったダイはもちろん、ボスも俺も共犯だ。

 俺らをぶっ壊すために、ボスに近づいて。

 中から。

 そう考えるといろいろ合点がいく。いまさら感。二年も経った理由。

 完成に二年を費やしたのだ。

 親の仇を討つ最高最悪の計画に。

「準備期間だったってことですか」モロギリが顔を上げる。そうそう。そんくらいふてぶてしいほうがいい。

「俺らを憎憎しく思ってんのはなにもあいつだけじゃない」KREが。一枚どころかだいぶかんでる。「喜んで手ェ貸すだろ。腹違いの弟だってんならなおさら」

「おとーと?」やっぱ寝てたらしい。「どこのどいつが」

 口に出すのが馬鹿馬鹿しかったので。

 ボスがひん曲げてくれた紙の束から。引っこ抜いて。「ほいこれ」家族構成。

「はあ?」

 てめえで見ろよ。

 初見で気づかなかった俺にも責任はなくはないが。「あの勇ましい女傑の元だんなが浮気して作ったのが」あのガキ。「つながってんだよ、あんたの天敵の」

 ボスの顔が。

 濁ってくのがわかった。

「そうゆう手で来やがったわけか」新しい嫌がらせかなんかだと思い込もうとしてる。

「ちゃうって。マジなんだって」俺だって信じたかないが。「知ってたか」モロギリに聞く。

「いや、ごめん。いま初耳。事実?」

 ダメだ。

 あんたの代は来ないかもしんない。

 自分が気に入って連れてきたガキがまさかの。大嫌いな野郎の血族だと知って。

 ショックで部屋こもりが始まった。

 気持ちはわからなくないのでそっとしとく。ショックだろう。

 俺だってそうだ。

 あんたの代が来るのを誰より心待ちにしてたんだから。来ねえなこりゃ。

 モロギリはいそいそ報告に行っちまったし。行くのかよ報告。黙っとけよ。俺が好きなら俺の言うこと聞いてくれって。ダメか。

 モロギリが一番好いてる相手は、とっくにあの世だった。

 俺は二番だ。この世に限って言やあ、一番かもしんねえけど。そういうとこに付け込めないから、ダイにダメ出しされるわけだ。いいよなお前は。

 人生楽しそうで。俺なんかついさっきごっそり見失ったよ。

 だらだらと午後が過ぎ、そいやあ今日なんも食ってねえなと意識取り戻したころ、人生謳歌してる憎憎しい野郎が帰ってきた。

「どしたの?誰か死んだ」

「二人くらいな」

 みやげがあるだとかで、ダイはボスの天岩戸をすり抜けに行った。ぱっと見手ぶらだったが物体とは限らない。形のないものかもしんない。

 なんか摑んだか?一日連れまわせば。なんか目ぼしいもんを。

 ガキは学ランのまんま。

「服買えっつってよ」

「あと届きますえ」ダイが通過したドアをちらちら見ている。「行かへんでも」

「俺はボスさえよければ基本ザルだからな。お前がなに企んでようと」ガキを見て。なに言おうと思ったのか忘れた。

 ダイのやつ。

 バレたくなかったらバレないようにできる。ぬかるなんてヘマはしない。

 わざと。ぬかってる。

 ガキがワイシャツの襟元を直す。「ちょお冷えますな。外はぬくかったんやけど」

「知らねえからな」

 事務所が揺れる。

 ダイなんか殴ったって喜ばせるだけなんだが。それでも殴らずにはいられなかったんだろうと。ボスの怒りの表現はたった二種類。

 暴力か。咆哮か。

 俺は前者でいい。モロギリには後者。

 どっちも効かない奴もいて。

 そうゆう奴には。どうすりゃいんだろうな。「行くか?」

 首根っこ摑まれて。

 空中浮遊できてよっぽど嬉しかったらしい。にやけてるのか緩んでんのか。「ヤだったらそうゆっといてくんないとさあ。わかんないわけよダイちゃんには」

 完っ璧自業自得だが。事務所を壊しそうになったらまあ止めてやっても。

 真っ暗い部屋で。

 パソコンのモニタがちかちか眩しい。珍しい。ボスがパソなんか。

 映ってるものを。

 観て。ダイはここいらでやっぱ死ぬやな。と、思いつつ。

 ガキは。

 笑ってなかった。ほくそ笑みもしない。

 俺らをぶっ壊すのが目的じゃねえのか。それとも感情を堪えてる。

 大したガキだ。

 俺だったら高笑いしてザマあの一言も吐いてるとこだが。

 むしろヒいてる。一方的な暴力の現場に立ち会った一般人とまったく同じ反応。徐々に眼を背けて。自分には関係ない別の世界の出来事だと言い聞かせる。

 演技だろう。

 二年の辛抱は伊達じゃなかった。

「てめえ、ダイ」ボスがもう片方の拳を振り上げる。

「ごめんごめん。すーぐ撮りなおすから。勘弁ごよーしゃ。ね?」

「女装なんかさせやがって」

 へ?あ。

「そこかよ」


      3


 女装か。

 差出人がツネのアドレスなのがすごく嫌味だ。ツネの名を騙りそうな別人で、そんな嫌がらせを平然とやってのけそうなのが。

 二人もいる。世も末だ。

 そのうちの一人は、いままさに秘書がアポを取りに行ってるので任せるとして。

 もう一人だ。はて、どうやって入手したものか。

 カメラを回してるのが当人。

 何かとんでもない裏工作を使ってふんだくってきた。そっちか。

 黒鬼の部下に、そうゆうことを担当してるやつがいたはず。そいつが撮った映像は、絶対に表では出回らない。表で出回れないような犯罪的な映像を扱ってる。

 実際に観たのは初めてだ。

 表で出回らせたら即逮捕。なんで逮捕しない?

 わざわざこんなもの送りつけて。やることやってから。だと送れないのか。回収しなければならないから。

 なるほど。と、感心してる場合ではない。

 仕方ない。

 掛けろと脅迫されてるようなものだ。

「国家権力の濫用だとは思わないのか」

「ぜひお兄さんに感想を聞きたいすね」嫌味にもワンコールで出た。俺以外の人間は常習的に暇すぎる。「弟さんの主演にして体当たりの処女作を」

「演技じゃない」本気でもない。ツネはとっくに、

 そうゆう目盛りが振り切れている。

 自分で自分の行動をモニタリングしつつも、コントローラビリティの外にある自己を絶えず認識し続ける。ことを自我が全否定する。

 言ってる意味がわからないが、俺にもわからない。

 さっさととどめを差してほしい誰でもいい。ツネにも俺にも。例え真っ向薄汚い国家権力を背景として威張り腐る犬の群れだとしても。と願う反面。

 他のもっと最善策を探している。あったとしても見つからない手遅れ。

 ツネが救えないなら。

 一体何が慈善活動だ。偽善の誤字。

「演技じゃない。観てないのか」

「観てないすよ。そうすか。さっすがよっしー」

「暇じゃないんだが」

「その割にちゃっかり観賞しちゃってましたよね」犬が嗤う。

 俺はこの嗤いが大嫌いだ。黒鬼の次に。

「暇じゃないんだが」

「そーすよね。しょーゆじゃなくって」意味不明。「いんや、そろそろ切り札明かしてもらえないすかねえって。社長サンの証言だけなんすわ。よっしーを救えんのは」

 俺が。何を言おうとツネは。

 救えない。救えるのならとうにぜんぶ白状いてる。救えないから、

 黙っているしかない。「訊きたいのはそれだけか。進歩のない」

「進歩できねえんすわ。社長サンのせいでずうっと足踏み。おんなじとこ立ってるんで底が抜けそうで、もーひやひや」

「いっそ踏み抜いたらどうだ。何か見えるかもしれない」

「いやいやいやいや、桜が散るまでにケリつけないとすね」

「知ったことじゃない」ツネにあれだけ虚偽を吐いておいて。

 善い人ぶって。周囲の現象は丸ごと自分の出世のための踏み台。

 黒鬼を捕まえたいのか。

 俺を捕まえたいのか。

 ツネを捕まえたいのか。

 ぜんぶ。なのか。「悪を捕まえるのがお前らの仕事じゃなかったか」

「どれが悪なんすかね。四人もいるんすよね。第二発見者が」

 誰なのか。

 ①俺

 ②黒鬼

 ③犬

 ④ツネ

「いー加減、捕まえさせてくんないすか。世に蔓延る諸悪の根源とか」

 正義の味方気取りが。

 善か悪かが白黒ついたら。「こんなことしてない」慈善活動。

 罪滅ぼしなのだ。あのときツネを救えなかったことへの。

 自己満足の自己完結。

 この正義のヒーロ風情と根っこは同じだ。方法論と流儀が異なってるだけで。

 ツネを救いたいのは。

 お前だけじゃない。が、協力できない。お前のやり方じゃ、

 ツネは救えない。と、信じている。俺のやり方だけが、

 ツネを救えるのだと。信じている。

 どちらも間違っている。と、早々にツネに見限られた。からこそツネは、

 たった一人で。やろうとしている。

 復讐なんかで片付けるな。仇討ちだなんてとんでもない。

 気づいているか。

 お前は。「俺じゃない」①は消える。

「②でもないすね」黒鬼のはずがない。

 なんだ。

「わかってるじゃないか」お前がどの壁の狭間で彷徨っているか。「どうするか決めかねてる。自分で決められないだけだ。俺のせいにすればお前は救われるのか。お前が救われたいだけじゃないのか」ツネを救いたいといいながら、一方で。

 自分が一番救われたい。俺もそうだ。

 何もできない俺は。

 何かしようと思うお前は。同罪だ。

「やりたいようにやればいい。なるようにしかならない。どうなろうと」ツネが。予期してたものなら。「それでいい」

 第二発見者が、

 ③犬なら。ツネが捕まる。

 でも、

 ④ツネだったとしたら。「わかってるんじゃないのか」④ツネだとするなら、

 シをもって。

 すべては完結する。

「そうするきゃないんすかね」逮捕。

「証拠もない」自白は証拠にならないことくらい。

 桜が散るまでに。

 ケリをつける必要性。「お前のクビがどうとかじゃないんだな?」

「さっすがお兄さん。よくわかったすね。俺のつごーじゃないんすわ」ツネの。

 覚悟の期限。

「売るのも犯罪なんすよね。別件でもなんでもやっとかないと」逮捕。

 悪をのさばらせない法の番人としての暑苦しい枠組みで。

 突き進んでいるのだと思ったが。「そっくり返す。さすがは」幼馴染み。

 人の皮を被った人でなしの両親から。

 ツネを守っていただけのことはある。

「俺が許す。早く」捕まえてくれ。

 でないと、

 あいつは。

「でもそれだと救えなくないすか。わかんないすよ。俺、どうしたらいいのか」


     4


 ダイを放り投げて。スサを追い出した。

 彼は、

 動かない。

 画面を観る。彼が映ってる。彼だけを映した。

 なんか。「言うことねえか」

「人殺したったことあるん?」

 なんでいまそれ。「あったらなんだ」

「あるんやね」

 スサとダイがドアに耳つけてる可能性。イヤフォンのコードを引っこ抜く。

 音量最大。彼の高い声が。

 ダイの手下の低い声が交じる。ダイ本人の適当な声がしないのがよけい癇に障った。

 ダイ単体にやられてるほうがまだよかった。「無理矢理か」それとも、

 考えたくないが彼が自ら望んで。

 なんでそんなこと望む。

「無理矢理やったらどないするん?殺さはる?」

 服こそ着ていたが。着ている服のシュミが。

 ダイのやりそうな。

 女装。

 明らかに俺にケンカ売ってる。「殺してほしいのか」

「ほんまに殺してほしいんは、あの人やないんやけどね」

 俺か。「誰だ」

「ゆうたら殺してくれはるん?」彼がどうして学ランを着ているのか、

 わかったような気がした。瞬間、

 掻き消えた。

 まぼろし。さっかく。

 いや、確かに。思い当たった。

 でもそいつにまんまと逃げられてたら。何もわからないのと同じ。

 画面切り替え。

 さっきまで不特定多数だった。顔を映さない。腰から下と、腕から先があれば用が足りる。

 何人相手だったのかは数えたくなかった。が、意識をこっち側に留めとくために数えざるを得なかった。

 ひい、ふう、みい、よう。いつ?

 いつだった。あれは。

 二年前。

「買うてもろた服な、一日でお釈迦にしてもうて」彼が画面を見る。

 つられて観る。

 嫌がる演技だ。「無理矢理なのか」

「よう憶えてへんのよ。せやけどこれ見る分には」

 嫌がる演技を強いられた。

 本気で嫌がってるのに無理矢理。どう違う。「嫌だったのか」

「いままで何人殺さはったの?」

 だからなんでいまそれ。「いちいち憶えてない」気が狂いそうだ。

 ダイ担当の仕事を確認するのは俺の役目なので。いままで何百本と斜め観てきたが。こいつが群を抜いて。

 売れ行きがよさそうに思えた。「観てほしかったのか」俺が。

 欲しい。

「そないなこといちいち憶えてはるんはここの」こめかみをつつく。「おかしい奴やわ」

 俺がいままで殺してきた奴をいちいち憶えてないのと一緒で。

 やってる最中のことなんかいちいち憶えてられない。ということか。

 いちいち憶えられないくらい。「やってるのか。こうゆうこと」口に出してから後悔する。

 こんなこと聞きたくない。

 そんなこと聞いたとこで。「いや、いい。答えなくて」

 返事がイエスなのが嫌なのか。

 返事がノーなのを聞いて安心したいのか。どっちも同じくらい苦痛だった。

 画面切り替え。

 さっきまで特定複数だった。顔が映る。それでも目元は隠している。道具や玩具が自発的に独立して動いてるようなもんで。観てるほうはとかく、やられてるほうの全身に集中できる。

 気を散らせるために、何回達ったのか数えてた。

 が、馬鹿馬鹿しくなって途中で放棄した。いつ。までは数えてたのだが。

 俺を。「殺したいのか」

 敵討ち。復讐。お前の親が死んだのは、

 俺が。殺したからだ。

「殺さへんよ」まだ「殺さへん。なんじょう殺さなあかんのやろ」殺してやらない。死ぬことも許さない。

 死よりも深く、

 地獄にも逝かせない。苦しめ。

 生きながら、

 死よりもつらい。「部下か。ここそのものを」破壊する。消滅させる。

 彼が、画面から眼を離す。たぶん、

 俺を。見てる。

 その視線の方向には俺しかいない。俺の見間違いでなければ。なんでそんな、

 顔をする?「いい。わかってる。そうゆう奴がいないわけが」俺がいままでやってきたことを考えれば。考えなくても。

 俺を殺したくて殺したくてしょうがない奴を現に二人知ってる。

 そのうち一人の血を。

 その中に流してるんなら。「殺していい」二年もかけて。

 お前の人生を棒に振らせたのは俺だ。そこまでできない。そこまでした奴は初めてだ。

 その度胸。その勇敢。

 できない。

 彼が俺を殺すのを止めるのは。

「せやから殺さへんて」彼は苦笑い。

 まだ。殺すに値しない。

 そうゆうことか。

「死にたないんやろ?」死にたくない、と言わせないと。

 死を。

 受け入れてる奴を殺すのほど気の晴れないことはない。死を、

 受け入れたくない認めない抵抗して抗う惨めに命乞いをする。そんな状況を。

 彼は望んでいる。俺だったらそう願う。

 俺がもし、同じ立場だったら。

「殺さへんよ」お前だけは。

 画面が沈黙する。

 さっきまで彼一人だった。

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