第173話 幻影風景よ
俺は月明かりが零れる林を駆けていく。
息を切らせ、少しでも考えないようにしていた。
俺の性格は全然変わっていない。
優柔不断で八方美人。
全員が助かる選択肢を取りがちだ。
でも、今はそうしちゃいけない。
もう、優先順位はついているんだ。
「……ッ!」
身体の中の酸素が切れかかる。
一生懸命身体が空気を求め、それだけを考えるようになってきた。
俺はこうして余計なことを思考しないようにすることを心がけていた。
そして、俺は林を抜けた。
視界が開け、紺色の広い空と優しく風になびく草原が敷き詰められた小さい丘へ出る。とてもシンプルで何処にでもある風景だがそれが好きだ。
何も無く、ただそこが広がっている場所。ここに住んでから俺のお気に入りの場所になっていた。
「……」
虫の鳴き声と草が擦れ合う音だけが聞こえ、自然音だけが心地よく響く。
最近、この草原しかない風景を見たくなる。草木そして山の先、地平線の先、その先にも道が続くこの世界の広さ。
その広大さに俺というちっぽけな存在がいる。
ただそれだけを感じる。
この広い異世界に来て、俺は良かったと思っている。
今までの悩みも克服し、大切なものを手に入れられたここに……
・ここは、僕達みたいな人間の為に作られたゲームの世界なんだよ
「お前も……この先の何処かにいるのか……ロイス」
俺はこの世界を本物だと大切に思っていた。だが、お前はここに不信感を覚えゲームの世界だと言っていた。
たぶん……ロイスの言っていることは正しいのかもしれない。
ここは、俺達にとって都合が良すぎる。
俺の……イットの人生は良いスタートではなかったが、現実では手に入れられなかった本当の家族をこうして手に入れられた。
ロイス、君はずっと賞賛されて生きてきたことに疑問を持っていたと言っていた。俺と辿ってきた経緯が全然違う……だから、たぶん俺はあの時嫉妬していたいたのかもしれない。
ちゃんと君の悩みに目を向けていなかった。
今回の件、たぶんそうなんじゃないかと思う。
君の話を聞いてくれる人間がいなかった。
恐らく……それに一番近かったのが俺だったのではないかと今更思う。
「すまない……」
俺が逃げたから今、君が苦しんでいるのかもしれない。
そして、また俺は逃げようとしている。
今度は逃げなくてはならない理由があるのだ。
プライドを捨ててでも逃げなくてはならない大切な
本当にすまない。
「イット!」
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