第153話 狼よ

 図書館でもこの世界が平面なのか球体なのかわからず、迷いに迷った。

 もし間違えていたら……

 非常に悩んだが俺はそれでも見切り発車で進むことに決めコハルも着いてきてくれた。

 悩んでいてもしょうがない。

 とにかく遅れた分を取り戻す為イダンセを出発する。

 各国を渡り歩き、各地の図書館を調べても世界構造に関しての資料はなかった。まるで、何かに隠されているのではないかと思えるほど、情報の痕跡がない。

 それでも海を渡れば、魔王の元へ行けると信じロイス達とは違うアサバスカ山へ向かうルートを目指した。

 ある種の逃げ、現実逃避だったのかもしれない。同じ道を通っても、ロイスには追いつけないというネガティブな考えが自分の中にあったのかもしれない。


 俺は彼と違う道を使いたかった。

 ただの意地だったとも言えるのだろうか。


 だが、コハルとの二人旅は楽しかった。

 共に苦難を乗り越え、言葉を交わさずとも心を通わせられるような心地よさ、感覚。

 まるで彼女と感情を共有しているように二人で歩んでいった。


 馬車に乗り、海や川を渡り。

 異国の言葉に戸惑い。

 文化や物価の違いにも驚いた。

 新しい出会いもあった。

 死ぬ思いをすることもあった。

 別れもあった。

 笑ったし泣いた。

 怒ったし驚いた。

 コハルの知らない面もいっぱいしれた。

 彼女と恋人同士がすることもした。


 なるだけ速く、そして着実に俺達はアサバスカへと向かった。





 そして、あっという間にコハルとの二人旅は二年近くが過ぎた。





 黒い夜空から白い雪達がゆっくりと舞い降りてくる。

 太ももまで沈み、足を持ち上げながらザクザク音を立てて歩く。

 防寒着に積もる雪を払い、黒い枯れ木に囲まれた白い平原を俺達は目の前にした。


「はぁ……ようやく着いたな」

「……アサバスカ」


 白い息を吐きながら整える俺は前を見る。

 目の間に同じく防寒着を羽織るコハルのがいる。

 俺達は二年の長い二人旅を経てようやく目的のアサバスカ山へ到着した。

 ロイス達と離れた二年前、あの時の思いつきで俺達は遠回りをして魔王の元に向かうことを選んだ。

 だがその手前、コハルの故郷と推測されるこのアサバスカ山が近づくにつれ、それは俺達の大きな目標になっていた。 雄大な雪景色に昔のコハルのイメージなら走り回っていたいたかもしれないが、成長した今の彼女はジッと黙って思いを馳せているのがわかる。

 俺は彼女の横顔が見えると辺りまで前に進み話しかける。


「覚えてるかコハル? ここに居た記憶とか?」

「……うーん、15年以上前だから正直曖昧。でも、何となく昔此処に居たような気がする。それに本の絵で見た通りの場所だね」


 同じく白い息を漏らすコハル。

 彼女の口元には笑みを浮かび、胸に手を当てていた。

 それを見て俺は、とりあえずここに連れてきて良かったと思えた。

 だが、気を緩められない。


「一ヶ月前ぐらいに出会った旅人の人達の話だと、この先に俺達の探していたワーウルフの部族が居るらしい」


 そう聞くと、彼女は防寒着のフードを取る。頭の上に尖った犬の耳が飛び出す。幼さが残る横顔も俺と旅をしてきた経験が大人らしい冷静な風貌を感じさせる。

 改めて、彼女は身体も心も成長したのだなと実感する。

 しばらく立ったまま耳をピクピク動かし、静かに息を吸うように匂いを嗅いでいた。


「うん、しっかり覚えてるよ……私と同じワーウルフがいるって……」


 そう、コハルと同じ種族であり魔物のワーウルフ。

 そして、恐らくここがコハルの故郷で有り本当の血のつながりを持った家族がいるかもしれない場所。

 しかし、厄介な話を事前に聞いていた。


「ああ、だが……ここ最近外界から来た者を襲っているらしいな」


 言い方は悪いが追い剥ぎをしているそうだ。今まで干渉を避けていた種族らしいのだが、数十年前に人間との抗争が合って以降敵対的になったと聞いた。行商人等は薬や魔道具、生活雑貨の類いは取られ、冒険者と交戦では命をも奪うそうだ。

 それを聞いたコハルは複雑な表情をしていたが、それでもここに来るという意志を固めていた。

 コハルは話をしながら真っ直ぐ前へ顔と耳を向け、辺りに集中している。

 いつも以上に真剣な彼女を見て俺も深呼吸して無理矢理息を整えた。


「何か感じるか?」

「……うん、前の方から気配がする」

「どんな気配だ」

「……たくさん居て隠れて少しずつ近づいて来てる。獣臭い……こっちに……たぶん気付いてると思う」


 覚悟はしていたが、すでに俺達は見つかった状態だったようだ。

 どうするか悩んでいるとコハルが続けた。


「それと気になってたのが、さっきから動物とかここに住む魔物の姿が見つからなかったんだよね」

「……確かにな。でも、それはたまたまではないのか?」

「そうだと良いんだけど……本では生き物が多いって書いてあったからそれと違うなって思って……もしかしたら――」


 コハルが何かを言いかけたその刹那。


「イット!!」


 彼女の呼びかけと共に視界の両端で地面の降り積もる雪が盛り上がったのに気付くが俺が反応する前よりコハルが俺を突き飛ばす。

 その間、盛り上がった雪が弾け飛び中から二匹のレザーの鎧の様な物を身にまとった茶色の狼が現れこちらに飛びかかる。

 二匹の口にはそれぞれ剣と斧が咥えられており、使い慣れた様子でその刃をこちらに振りかざしてくる。 

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