第125話 連携よ

「それにしても何故それほど心が乱れているのだ勇者殿」

「乱れてる? 僕が?」

「息づかいの荒さ、不必要な剣への握力、瞳孔開眼、そして隠しきれていない殺気。初対面の我に怒りを向けているのは明白」


 ヤバい……

 奴はロイスを挑発している。

 相手は俺達を舐め腐っていたが狡猾だ。

 俺は叫ぶ。


「ロイス! ソイツの言葉に耳を傾けるな! 相手の挑発だ!」


 俺の言葉にロイスも少年も反応しない。

 少年は続ける。


「ああ……わかった。そこの女の唇を奪ってしまったからであろう?」

「……」

「人族の文化に接吻というものがあるのだろう。それが未経験の者に価値があるのを知っておる。処女であるこの女子の言動から推測できる。だからそれを奪った我に嫉妬心を燃やしておるのだな」

「違う……だまれ」

「我には理解できぬな。そんな下賤な価値観に縛られているとは、勇者とて所詮は人の子。生き物として器の小ささが窺える」


 吸血鬼の言うことを真に受けた訳では無いが、明らかにロイスが怒りを表しているのがわかる。

 正直、ロイスもあんな安い挑発に乗るなんてとは思う。

 ……もしかしたら、焦っているのかもしれない。

 この敵は、恐らく今まで戦ってきたどんな相手よりも強く、そこがしれない。

 今まで簡単に敵を薙ぎ払ってきたパワープレイが通用せず、隙を見せれば殺されるかもしれない。ロイスはそれを察しているのかもしれない。


「ッ!?」


 俺は気づいた。

 薄ら笑みを浮かべる少年の背後から、が石柱の陰に隠れながらゆっくりと迫りよっているのを……

 もう少し準備をしたかったが、俺達も動き出さなくてはいけない。

 あの3人は、今間違えなくピンチだ。


「ソマリ、今だ!」

『偉大なる祖よ! 我等が子を守りたまえ!』


 ソマリの声が響くと、ロイス達を磨りガラスの様なドームを作り出す。

 ここにたどり着くまでにソマリから聞いていた守りの奇跡だ。

 ロイス達のやりとりの間に準備をしておいてもらった。

 糸の動きも止まり、躊躇している様子だ。

 それはそれで良い。

 俺は両手から出した二つの魔法元素キューブを展開する。


二つの土柱ダブル・グラン・ピラー!」


 土の柱を少年に向けて作りだす。

 一発目は吸血鬼ごと地面を抉る勢いで突き立てる。

 二発目は奴が回避することを見越して一発目の上、つまり空中へと放った。

 だが、吸血鬼は瞬間移動としか言えない速度で更に上に移動していた。


「フン、聖職者プリースト魔法使いウィザードか、小賢しい。奇跡は厄介だが、人間の使う魔法など所詮――」


 吸血鬼少年が言いかけた所で、


「てりゃああああああ!!」


 死角となった一段目の土の柱を伝って一気に距離を詰めた獣の姿のコハルが、二段目の柱を足場に飛び上がり、人型の姿に戻り蹴り上がる。

 しかし、またしても瞬間移動したように回避する少年。


『偉大なる祖よ! 歪みの理を示したまえ!』


 ソマリの声が響き、少年の身体に光の十字架が突き刺さる。


「これは……」


 少年は、ようやく驚いた様に腹に突き刺さった光の十字架を握るが動けない様子。

 その間に俺はスタッフを石柱に向け魔法元素キューブの展開を終えていた。


土柱グラン・ピラー!」


 石柱の天井際から地面に向けて土の柱を釘のように突き立てる。


「……ッ」


 移動できない様子の少年は柱の先端に巻き込まれ空中から地面に打ち込まれた。


「まだまだー!!」


 飛び上がっていたコハルが三段目の土柱に着地し、斜めになった柱を滑り台のように勢いよく滑っていき、途中で飛び跳ねた。


「とどめだあぁ-!」


 コハルは重力と移動速度、自身の体重に腕力の全てを乗せて、拳を吸血鬼が潰れているであろう地面に一撃を叩き込んだ。

 衝撃で地面はクレーターの様に円状に陥没し砂煙が舞った。


「ッ!?」


 コハルは何かを感じ取り、大きくその場から退いた。

 それと同時に、陥没した地面から噴火するように瓦礫を撒き散らして爆発した。俺は、そろそろ切れるであろうソマリの防御壁の中で驚いている仲間達に大声をかける。


「皆、体勢を立て直せ!! まだ、仕留め切れてない!!」


 俺の言葉の通り、煙の中には長髪の少年の姿が佇んでいた。


「……久々の痛みだ」


 先ほどよりドスの利いた声色の少年。目は原色の赤を思わせるハッキリとした光を放ち、彼が少し動く度に光の残像が見える。


「我が名は、アンセム。今のは中々の連携だったぞ人間」


 すると、天井から突然剣が落ちてくる。

 吸血鬼少年……いや、吸血鬼アンセムの手元へと上手く落ちてきた剣から、また異彩のオーラが可視化されていた。


「勇者っと言ったな? 勇者一行か。これは、久しぶりに狩りが楽しめそうだ」


 アンセムは剣を横に構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る