”それ” は劣化チートおじさん

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予告編

予告編

 俺はトラックに轢かれて死んだ。

 そして、天国みたいな所に行った。


 そこでサナエルという天使と出会い、魔法の適正があるからと世界を救う勇者として異世界に来た。



 だが、俺は勇者にはなれなかった。

 もう一人……俺の上位互換のような存在が、すでに世界の脅威となる魔王を倒してしまったからだ。


 勇者として存在する意味はなくなった。

 俺は、この異世界でも自分の使命を果たせず終わったのだ。

 でも……





……





「イット!」


 心地よい夜風の吹く丘に俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 草原が擦れる音に靴音が混じる。

 この世界で一番聞いてきた優しく明るい声色に振り返ると、そこには見馴れた中世ヨーロッパ風のロングスカートの服装、そして、ショートヘアの髪から女性が立っていた。

 俺と長年付き添ってくれた相方であり……大切な存在だ。

 月光に照らせた彼女は、俺と目を合わせるなり更に満面の笑みを見せた。


「コハルか……」


 彼女の名を呼び返すと、コハルは俺の隣に駆け寄った。

 彼女は俺の顔を覗きこみ、訪ねてくる。


「いつもの所って言ってたから。イットこそ、ボーッとして元気ないよ?」

「俺が元気があった時なんかなかっただろ?」

「うん、確かにないね!」


 二人で笑う合う。

 たとえ俺が存在意義の無い勇者でも、こうして同じ時間を過ごせる人がいる。

 それだけで満足だった。

 自分の出来ることを精一杯出来た。

 沢山の人と出会えて、沢山の考え方や心に触れ、俺は変われた……と思う。

 こうして、自分を思いやってくれる人達がいる限り、俺は自分を否定しない。

 そんなことを思えるようになった。

 きっと肩の荷が降りたんだ。

 俺は銀色に輝く三日月を見て呟く。


「コハル」

「なに、イット?」

「今まで、一緒にいてくれてありがとうな」

「……え!? 急にどうしたのイット!?」

「何でもない。ちょっと言いたいことがあったんだ」

「言いたいこと?」


 俺は頬をかき、月を見た。


「いやその……月が綺麗だなって」

「……? うん、そうだね!」


 俺が彼女に言えるのはこれくらいだ。

 気の利いた言葉は、口から何も出てこない。だが、俺は既に満たされていた。

 自己満足だが、こうして誰かと一緒にいるなんて生前の俺には想像もつかなかったであろう。

 俺は今、この異世界で幸せに生きている。

 使命は果たせなかった。

 それでも俺は、自分の存在意義を……

 存在価値を感じているんだ。

 俺は、ここに居ても良いのかもしれないと……


「本当に月が綺麗だね。イット」


 コハルは、真っ直ぐ月を見る。

 彼女の横を顔眺め、俺も向き直る。

 ああ、本当に月が綺麗だ。

 俺の居た世界と変わらない優しい光。

 どの世界でも、月という物は人の心を……

 人の心……





「……ん?」


 俺は唐突に疑問を持ってしまった。

 当たり前のことだ。

 当たり前だが何故、ここに月がある?

 何故、俺の居た世界とがここにあるのか?

 良く見ると、月の模様もあの蟹のようなウサギのような見馴れた模様がある。

 地球の衛星である月そのものなんじゃないのか?


「ここは……異世界……なんだよな?」

「どうしたのイット?」


 この世界に産まれ変わってから、ずっと疑問にも思わなかった。

 それがお決まりで……だと思っていた。他にも少し疑問に思っていたことがあった。


 それは「言語」だ。


 今俺が話している言語。

 これは間違いなく日本語に聞こえる。

 俺は現実世界からこの世界に転生した訳だが、精神は変わらないままだった。

 またあのサナエルの不思議な力で話が通じるようにしているのだと勝手に解釈していた。しかし……だとしたら、おかしい所が出てくる。


「やっぱり、今日のイットはなんか変だよ。大丈夫?」

「大丈夫だ……なあ、そんなことよりコハル。聞きたいことがある」

「え? う、うん、何?」

「俺の名前の由来……覚えてるか?」

の名前の?」

「ああ、だいぶ昔に話したから覚えておないかもしれないが……」

「ううん! ちゃんと覚えてるよ! 私がイットと初めて出会った時だよね」


 コハルが嬉しいそうに昔の話を始める。

 俺と出会った時の頃の話だ。


 俺も思い出せ。

 この世界に連れて来られた経緯からだ。

 何か、俺はあの天使に騙されている気がする。ここへは、本当に世界の秩序を守る為派遣されたのか?

 その為に、俺は呼ばれたのか?


 何かが違う気がする。


 ここに送られた。本当の意味はなんだ?












  この世界に呼ばれた俺の

  本当の存在意義は いったい 









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