第5章 真実
第21話 長い悪夢
「君、君をこんな体にした奴は誰?」
彼(魔物)は両足が巻きついたような異形の下半身を心臓の鼓動のように波立たせた。目はあらぬ方向を向き——髪を両腕で掻き乱す。なにか話したいが口止めされて話せない、というテイではなく、むしろ、彼自身も混乱しているというように見受けられた。
そして、彼の髪の毛がハラハラと落ち——それと同時に、彼のありとあらゆる動きが止まる。ずっと目を開けておくのは普通に考えれば辛かろうに、まぶたの震えさえ感じさせない。まるで、魔物の周りの時間だけが止まったかのような、不思議な静寂は、魔物の攻撃によって破られる。
ぎっくり腰のアーサーに避けられるはずもなく。これが戦闘の末の負傷ならまだイイ画になったのだが、その絵面はさながらお爺さんの連続尻餅である。攻撃を避ける仕草も勇者らしくない。これをマーリンに見られなかったのが、アーサーにとっての不幸中の幸い……
「ア゛ー゛サ゛ー゛!゛!゛」
マーリンの怒声である。メトリスは顔を覆い、ポポロは心なしかホッとしている(自分よりヘタレな人間が存在したからか?)。
テトはというと、ただちにアーサーの助太刀に向かい、魔物の首筋に刀を突きつけていた。さすが、武芸に秀でた国の王子であった者である。彼の祖国の刀と呼ばれる剣は、その刃の上に髪の毛を乗せただけで自ずから髪の毛が切れてしまうほどの切れ味だと言われている。
魔物とはいえ、見るからにその皮膚は厚くなく、一部の魔物にある鱗や硬化皮膚も見られない。テトの指先が少し震えた程度で、魔物の首筋を走る血管はすぐに破れてしまうだろう。しかし、その位置で、彼の刀はブレない。武芸を嗜んだ人間ならばすぐに
一方、
魔物と自分の間に割り込んできてくれたテトの足元に、腰と頭を押さえたままうずくまっていた。もっとなんというか、勇者らしい威厳というものを会得してほしいものである。
そして、
自身の右肩の先が切っ先で、そこから左斜め後ろに刀身が延びる、その状況を、魔物は案外冷静に、分析しているようだった。
その目には、魔物としての野生味がやや薄れ、人間であった頃の面影が垣間見られる。優しげで、どこか懐かしそうな目線だった。
「ああ、私も死ぬのか。かつての仲間のように」
落ち着いた声がした。それは、魔物の口から聞こえた。
「どうやら、我々の理性は死ぬ間際に我々に戻されるらしい。散々あなた方を攻撃し、異形を晒した魔物が、何を言ったところで信用はされないという見込みだろう。そして、それは正しい。君たちも、私の言葉を信じないだろうが……それでも、聞いてほしい」
それは、人ならざるモノにされた人の、惨たらしい半生の告白だった。
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