小さな協力者
―――
「それではいきますよ。宜しいですか?」
市の言葉に、蝶子は神妙な顔で頷いた。
「うん。心の準備は出来てるから大丈夫。それより市さんの体調が心配ですよ。帰ってきてすぐに力を使うなんて。もう少し日を置いてからでも私達は構わないのに。」
「いえ。善は急げといいますし、わたしも自分の力がどこまで通用するかわからないですから早く試した方がいいと思います。」
市は微笑みながら、それでもきっぱりと言った。
「でも……さっき戻ってきたばかりなのに。本当に大丈夫ですか?」
「えぇ。」
「……わかりました。じゃあお願いします。」
頑なに頷く市に蝶子が折れる。蝶子は隣の部屋から紙と筆を持って来て台に置いた。その時蘭が思い出したように顔を上げて言った。
「あれ?こっちからは未来と繋がれないって前に言ってたよな?」
「あぁ、あんた今川に行ってたから知らないんだ。実は何回か連絡を取り合っている内にこっちからも繋がれるようになったんだよ。信長と市さんみたいにいつでもっていう訳ではないんだけど、市さんとイチがちょうど同じタイミングで『共鳴』しようと思っていると繋がれるみたい。」
「そうだったんだ……」
「でも頻度で言ったら向こうからの方が断然多いですけどね。それに今はあれから十年以上経っていますし、果たして成功するかは本当に不透明ですが。それでもやってみる価値はあると思っています。」
「そうですね、物は試しと言いますし。じゃあ早速お願いします。市様。」
何だか軽い言い方の蘭をチラッと睨みながら、蝶子は改めて頭を下げた。
「では……少し精神を統一致しますのでお待ち下さい。」
そう言うと市は目を瞑った。しばらくそうしていたがふと顔を上げると申し訳なさそうな表情で首を振った。
「申し訳ありません……やはり駄目のようです。何も聞こえませんでした。」
「そうですか……」
内心がっかりする二人だったが、市の余りの落胆ぶりに声を揃えてフォローした。
「そんなに気にしないで下さい。そう簡単にいきませんよ。」
「そうですよ。市さんが私達の為にやってくれただけで嬉しいんですから。」
「ありがとうございます。でもお役に立ちたくて……私に出来る事はこれしかないのですから。」
「そんな事ありませんって!こうして帰って来てくれて、それだけで私は心強いですし本当に良かったって思ってるんですからね。」
蝶子が力強くそう言うと市は目尻に涙を溜めた。
「一回繋がれなかっただけで諦めるのは早いです。今日はこれでお休み頂いて、また後日試しましょう?それでいいですよね?」
蘭が取り成すように言って市を見ると、涙をそっと拭った市は笑顔で頷いた。
「はい。」
それを見た蘭と蝶子は顔を見合わせて微笑んだ。
「……っ!」
その時、市が弾かれたように顔を上げた。隣に座っていたねねがビックリして座ったまま後ずさる。蘭と蝶子も驚いた顔で市の方を見た。
「市さん……?」
「も、もしかして……」
「……今、イチさんの声が聞こえました。微かですが間違いありません。」
「それで何て言ってたんですか?」
「『お嬢様!』と何度も仰っていました。途中で途切れてしまいましたが……」
「でもこれで未来と繋がる事が可能だってわかったから、まずは良かったじゃない。今のはきっと久しぶりだったから途切れちゃっただけで、何度も試せばちゃんと話をするところまでいけるかも知れない。」
蝶子が頬を紅潮させながら言うと、市も珍しく興奮した様子で蝶子に近づいてきた。
「わたし、頑張ります!もっと心を研ぎ澄ませて必ずやイチさんと繋がってみせます!」
「ありがとう、市さん。でも本当に無理はしないで下さいね。市さんの体調が一番なんですから。」
「わかっています。」
市は深く深呼吸すると隣で大人しくしていた茶々に向かって優しい声で言った。
「そろそろお部屋に帰りましょうか。初と江が待ってますからね。」
「はい、お母さま!」
元気に返事をすると素早く立ち上がって廊下へと走っていった。
「今度イチさんの声が聞こえたら茶々を向かわせるので、ご足労ですがわたしの部屋に来て下さいますか?」
「もちろん。でも茶々ちゃんに任せて大丈夫ですか?この城、結構入り組んでるから迷子になっちゃうんじゃ……」
「心配には及びません。……茶々にもわたしに似たのか特別な力があるのですから。」
「特別な力?」
「『瞬間記憶』。一度通った道は絶対に忘れない。そして一度聞いた話も一語一句記憶してしまう。そういう能力です。」
「『瞬間記憶』……」
唖然とする三人を残して市は茶々を連れて蝶子の部屋を出て行こうとしたが、すぐに焦ったように振り返ると言った。
「わたしの部屋から帰蝶様のお部屋までの道のりを覚えさせる為に茶々を連れてきたのですが、今の一連の話を聞かせてしまいました!これでもう忘れる事は出来ません……」
がっくりと項垂れる市を見た蝶子は手をひらひらさせながら明るく言った。
「私達が違う世界から来たなんて事、家臣の誰もが知ってる暗黙の了解ですよ。だからそんなに気にしないで大丈夫です。頼もしい味方が一人増えたと思えばいいんですから。」
そう言って茶々に微笑みかけると、少し頬を赤く染めながら母親の後ろに隠れた。
「そう言って頂けて安心しました……では今日はこれで失礼します。」
元気のない声でそう挨拶すると、市は今度こそ部屋を後にした。
「ビッ……クリしたぁ~、まさか茶々ちゃんも能力者だったなんて。」
「ホント。血は争えないっていう事ね。」
「そうですね。私の場合両親は普通だったのですが、遠い先祖で『念写』の力があった方がいらっしゃって。それを受け継いだという訳です。」
「そうだったんだ。じゃあねねちゃんも生まれた時から?」
「最初に変だと思ったのは、私が五つの頃だったそうです。いつものように絵を描いていたのですが、急に何かに閃いたかのように顔を上げると目を瞑って集中し出して。するとみるみる内に目の前の紙に絵が出来上がったそうです。それが何枚も続くものだから皆驚いたそうです。それで色々と調べたらそういう力を持つご先祖様がいたという事実がわかって、私の『念写』の能力が判明した訳です。」
「へぇ~。」
二人して口を開けたまま呆けていると、ねねがくすっと笑う。
「『念写』の力はあまり好きではなかったのですが、帰蝶様達のお力になれて自分の事を誇れるようになりました。ありがとうございます。」
「そんな!お礼を言うならこっちの方よ。タイムマシンを取り寄せる事が出来たのはねねちゃんが大活躍してくれたお陰なんだから。」
蝶子が拳を握りながら力説する。蘭は苦笑しながらあの時の事を思い出していた。
タイムマシンを取り寄せる事になった時、市の力だけでは到底無理だった。『念写』の能力を持つねねを信長が見つけて連れてきた事で、無事に取り寄せる事が出来たのだ。市と同じくらいに感謝しなければいけない人物である。
蘭は何やら盛り上がって話をしている蝶子とねねを見ながら、密かに微笑んだ。
―――
そしてついにその時はきた。
その日は一旦岐阜城に戻っていた蘭がちょうど宇佐山城に来ていた日だった。
「蘭。あれ持ってきてくれた?」
「あぁ。お前の部屋の押し入れに入っていたよ。ほら。」
蘭が差し出したのはモニターだった。折角未来と繋がれるのにイチの顔が見れなければ声も聞こえないのは勿体無いという事で、急遽蘭が岐阜城に取りに行ったのだ。蝶子はモニターを受け取ると空中に翳した。
「ホント良かったわ。大事にとっといて。これで安心してイチとの連絡を待てる。」
「だな。」
蘭が畳に寝転んだその時、廊下から凄い音が聞こえて次の瞬間には蝶子の部屋の障子が勢い良く開け放たれた。
「茶々ちゃん!どうしたの?」
「お母さまが急いでお二人を連れて来いって仰るのでお迎えに来ました。」
「ま、まさか……」
「きたのか?」
二人は顔を見合わせて頷き合うと、先導する茶々の後を追って走り出した。
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