悪意は加速する



ヤルタの町の外れ、兵装を身にまとう何人かの男達がこんな夜遅くにこそこそと密談をしている。


盲信的な信者達の恐怖の包囲網をなんとか掻い潜りながら現在に至る。

彼らは本当に逃げ足だけは優秀である。


そう彼らは通称珍獣王子の私兵とされる者達だ。

今となっては兵士というよりもある意味賊の一種に落ちぶれているが。

そして、今はここまでの状況まで陥れた人物であるその場にいない聖女へ向けて悪態をついていた。


「くそ、あの小娘が。聖女だからと住民共を味方に付けやがって、絶対に今度こそ殺してやる。」


「でもよ、どうするよ?こうなっちまったら殿下から渡された香水をかけれるのか?」


「ちっ何故か俺らが悪者扱いにされたからな。安易に近づこうとすれば拘束されそうな勢いだからな。」


彼らは足りない頭からなんとか知恵を絞り出そうと奮闘する。

そんな中で影と称される者達がいくつか浮かび出る。


「…お前達、失敗は許されない。失敗すれば死、逃げても死。分かっているだろうな?」


音もなく現れた存在に彼らは動揺し目を見開く。


「い、いつの間に。必ず成功してみせる。」


「ふ、殿下も期待しておられるぞ。必ず成功せよ。」


「あ、あぁ…。」


そうして影達はまた暗闇に溶けていく。


「我々はいつでもお前達を見ている。努努忘れるようにな。」


側で囁くように言葉を残していく。

男達は夜の寒さとは違う震えが押し寄せた。




「そ、それでどうするよ?」


「……俺に考えがある。」



そいつは聖女に殴られていた奴だ。

懐から取り出した緑色の液体が入った瓶を掲げる。


「この香水は巡礼が始まってから少量で効果を確かめて来たがほんの少しでもかなりのものだった。だったら、これをこのムカつく町に振り撒けばとても愉快だと思わないか?」


「へっへ、確かに。あんな小娘を馬鹿みたいに崇拝する愚かな町など潰れてしまえばいい。」


「フリード様の統治する未来にこんな町は必要ない。」



男達は瓶を囲むようにほくそ笑む。

その瞳は屈辱に燃える復讐者とよく似ている。

もう彼らの悪意に染まりきった思考は誰にも変えられない。




動き始めた。

もっと住人達が寝静まる時間帯。


町の中は警戒されて入れない。

王都に比べれば少ないながらも衛兵はいる。

ヤルタの外周で見つからないように振り掛けていく。

まだ魔物達の獰猛な声は聴こえてこない。

でも、時間の問題。



ほら、遠くから聞こえてきた絶望を告げる足音が。



結局、周囲を覆うようにはかけられなかったが、瓶の中身を全て消費した。

男達はここには居ては自分達も危険。


滅びゆくであろうヤルタの町に思いっきり笑顔を浮かべ別れを送る。



そそくさとその場を後にした。




真っ暗闇からゆっくりと朝日が昇り始めた頃、辺りを見回る衛兵の一人が異変に気づき始めた。



そして、影はこれから起こる終焉を静かに見届ける。




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