第24話 6月24日

「あ、成浩なるひろ。学校着きそうな時間に連絡するから、ちゃんと携帯見ててね」

「…なんで?」

「なんで? って、あんた、今日、保護者面談じゃない」

「…あ」

「あ、ってこの子…」


 玄関先で母さんに言われるまで普通に忘れていた俺に、母さんはまったく、と小さくため息をつき、「とにかく、ちゃんと待ってなさいよ」と念を押した。


「え、忘れてたの」

「うん、普通に」

「オレなんて昨日からビクビクしてんのに!」

「嘘つけ」


 授業が午前中で終わりで、ラッキーぐらいにしか思っていなかったが、今日から4日間、保護者面談のある週で、俺は初日の二番目だった。


「ちなみにオレは明日の一番手」

「あたしはその次で、帆夏ほのかは、今日の四番目だから千家せんげの次の次ね。んで、多分、善人よしとは怒られる」


 そう言って、けらけら、と寺岡てらおかさんは笑う。


「はじろんの家はもちろんだけど、なるの両親も怒らなさそうだよなぁ。いいなぁ」

「あんたが怒られすぎなのよ」


 いいなぁ、と言った善人に、寺岡さんは呆れながらツッコミ、善人が「うっせ」と口を尖らせながら答える。


「俺はどっちかと言えば、呆れられてると思う」

「そうかなぁ」

「まったくもう、って母さんにしょっちゅう言われるし」

「あ、うん。言われてそう」


 もはや母さんの口癖なのではないか、と思うくらいに言われる言葉に、寺岡てらおかさんが笑いながら同意する。


「なるはちょっと抜けてるからなあ」

「そんなつもりは無いけどな」

「本人は自覚なし、と」

「そこがいいんじゃん」


 善人よしとの言葉に、そんなことない、と自分で答えれば、寺岡さんは笑いながら反応し、善人がへら、と笑いながら頷く。


「まぁ、でもこれが終われば、校外学習だし!」


 ひゃっほー!と楽しそうに言った善人に、「そのあと定期テストだけどな」とツッコミを入れれば、「うあああ」と耳を塞いで善人は現実逃避を始めた。


千家せんげくんは、お母さんがくるの?それともお父さん?」

「母さんが来るって言ってた。羽白はじろさんは?」

「うちもお母さんが来るって。でも、お母さん、ちょっとおっちょこちょいだから心配で」


 そう言って羽白さんはほんの少し困ったように笑う。


「そうなんだ?」

「うん。この前なんて、ご飯できたよー、っておかずも、全部作り終わってたけど、炊飯器のスイッチ入れてなくて」

「…ああ、うん」


 それは、ちょっとドジかもしれない、とこっそりと頷けば、「だからお母さん、ちゃんと来れるか心配で」と、ちら、と窓の外を見やる。


「俺も、母さんに着いたら連絡するからケータイ見ときなさいって朝、すごい念を押された」

「ふふ、うちと逆だね」

「…多分」


 くすくす、と笑った羽白はじろさんが、「あ」と校舎の外を見て、小さな声をもらす。


「どうかした?」

「お母さんだ」

「……ん?」

「ほら、あそこに」


 窓のところに立つ羽白さんの横に並び、指をさす方角を見れば、確かに女性が一人、こっちへ向かって歩いてくる。


「随分はやく着いたみたいだね?」

「そうみたい……」


 もう、とため息を交えたながら息を吐いた羽白さんに、「迷わなかっただけ、良かったってことで」と伝えれば、「そうだね」と羽白さんが俺を見上げて笑う。

 そこで、ふいに、ものすごく近い距離に羽白さんが立っていることに気付き、思わず顔が熱くなるものの、特に羽白さんに変化は見られず、ホッ、と隠れて短く息をついた。


「で、成浩なるひろ、あの可愛い子とはどういう関係なのよ」


 羽白さんのお母さんが学校に到着したのと、ほぼ変わらずに、俺も母さんから連絡があり、二人揃って下へと降りれば、やけにニヤニヤと母さんが笑っている。


「どういうって、なに」

「彼女? 彼女?」

「あのねえ」


 妙に楽しそうに聞いてくる母さんに、「行くよ」と先に歩きだせば、「あ、ちょっと成浩なるひろ! ちゃんと聞かせなさいよー」と母さんがしつこく食い下がってくる。


「あんまりしつこいと兄貴に言うよ?」


 スマホを取り出して、ある意味の脅し文句を母さんに告げれば、「お兄ちゃん怒ると怖いからやだ」と母さんは口を尖らせながら、「ちぇー」と言って、羽白はじろさんのことを聞くのを、やっとやめた。


「あ、ねぇ、成浩」

「なに?」

「さっきの子さ」

「母さん?」


 止まった、と思ったら、またか、と若干、眉をひそめながら呼べば、「そうじゃなくて」と母さんがひらひらと手を振る。


「いやね、からかってるんじゃないのよ。あの子、母さんどこかで見たことある気がするんだけど…同じ中学にいた?」

「小三まで一緒のクラスだった、らしいよ」

「らしい?」

「俺、覚えてなくて」

「あら、そうなの。なんて子?」

「…羽白さん」

「…羽白…はじろ…ほのちゃん?」

「そうだけど…って、何で母さんが下の名前、知ってるの」


 母さんの発言に、驚き思わず二度見すれば、「あら、だって」と母さんは不思議そうな顔をする。


「あんた、ほのちゃんにだけは優しかったじゃない」

「…はい?」

「他の女の子には全然だったのよねぇ」


 ふふふ、懐かしいわぁ、などと言いながら、俺の肩をぺちぺちと叩く母さんの言葉に、記憶を全力で探るものの、いまいち出てこない。


「…それ、ほんとに俺?兄貴じゃなくて?」

「やだ、お兄ちゃんだったら、犯罪でしょ」

「…確かに」


 俺と兄貴は10歳の年の差がある。もし、俺じゃなくて兄貴だったとしたら、犯罪の気配しかしない。

 いや、でも。子どもにもモテる兄貴ならあり得なくも…


「ないと思うわよ?」

「あ、だよね」


ちらり、とそう考えていた俺の考えを、母さんは笑いながら否定する。


「それにたぶん、うちに写真あるわよ?」

「…マジで」

「帰ったら見る?」

「…うん」


 アルバムを見たい、などと言ったことの無い俺が、素直に頷いたことに、母さんは驚いたらしい。


ぱちり、と瞬きをしたあと、「どこにあったっけなぁ」と楽しそうな顔で、思案し始めた。


【6月24日 終】

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