哀しみの旋律


―――


 武道館ライブは大盛況に終わった。すると続々とライブの依頼がくるようになり、初の全国ツアーが決まった。


「嬉しい悲鳴だね。」

 そう溢しながら氷月は曲作りに励んでいた。


 風音と南海ちゃんは最初は皆に気をつかっていたけど、最近では人前だろうがイチャイチャするようになったから俺達はちょっと当てられ気味って感じ。まぁ、俺と吹雪だってそれなりに進展はしてるけど。って恥ずかしいじゃんか……


 それより雷の事だ。最近こそこそしたり急に痩せたりした原因がわかったのだ。それは……


「ねぇ、皆。ちょっと話があるんだけど。」

「何だ、雷。改まって……」

 ある日の休憩中、雷がどこか緊張した様子で俺達を集めた。


「どうしたの?雷君。」

「南海ちゃん。実は俺、ずっと南海ちゃんの事が好きだったんだよね~」

「え……」

「え~!何それ、本当?」

 絶句する風音に被さるように叫んだのは吹雪だ。氷月でさえも目を見開いてビックリしている。それにも構わず雷は続けた。


「でも先に風音に取られちゃってさ~ホントきつかったんだよ。」

 そうとは思えない笑顔。俺があの時目の当たりにした、恋に敗れて落ち込んでいた表情とは違う、心からの笑顔だった。どう言葉をかけたらいいのかわからないっていう顔の南海ちゃんを横目に見ながら口を開いた。


「わかったぞ!お前、彼女ができたんだな?」

「あはは~さすが嵐だね。その通り!」

 大袈裟に腕を広げて万歳の格好をする雷を見て、南海ちゃんと風音の表情が少し和らいだ。


「で?誰なんだ?俺達の知ってる人?」

「まさか!ファンの子に手出してないでしょうね?」

「いくら何でもそれは……」

 俺、吹雪、氷月が期待と心配が混じった声音で言うと、雷が大きく息を吸って衝撃の名前を吐き出した。


「知ってるも何も……佐竹さんだよ~」

「何だぁ、佐竹さんか~…」

「佐竹さんなら俺達の事良くわかってるし安心……んっ!?佐竹さん!?」

 一瞬受け入れかけたけどちょっと待て……佐竹さんってあの佐竹さん?俺らのマネージャーの?っていうか……


「え…だいぶ年離れてねぇか?」

「っていうか、あの人何歳?」

「佐竹さんって社長の愛人って噂聞いた事あるよ、僕……」

「嵐…吹雪ちゃん…風音……聞こえてるよ……」

「わっ!ご、ごめん……だってお前……」

 小声で話してたつもりだったけど、ばっちり聞こえてたみたいだ。悲しげな顔の雷に慌てて謝る。


「佐竹さんは36歳だよ。年の差は15。社長の愛人って噂は誰かが面白がって広めたまったくのデタラメ。だって佐竹さんは俺の事、『可愛い』とか『大好き』とか言ってくれるもん。」

「な、なるほど……」

 話が逸れて惚気話になってきた。氷月が修正する。


「南海ちゃんを好きだったけど今は佐竹さんっていう彼女ができた事を僕達……特に南海ちゃんに報告したかったんだね、雷は。」

「そうそう!やっぱり氷月は纏める力があるね~」

「いや、どうも……」

 彼女ができて以前よりも扱いづらくなった雷に氷月が戸惑ってる。それを見て吹雪が爆笑した。


 さっきまでは戸惑っていた南海ちゃんも雷の様子にホッと体の力を抜き、風音は優しい笑みで雷と南海ちゃんを見ていた。複雑な関係性だったこの三人の空気がここで綺麗になった気がした。まぁ、気づいていたのは俺だけだったんだけど。


「それにしても佐竹さんね~確かにあの人綺麗だし若く見えるもんね。36歳?信じらんない!」

「ねぇ~あぁいう風になりたいなぁ。」

 女性陣が遠くを見ながらそう呟く。するとすかさず風音が言った。


「南海ちゃんは佐竹さんとはまたタイプが違うからね。今のままの可愛い感じでずっといて欲しいな。」

「やだ!風音君ったら~」

「ラブラブだね~」

 風音達が醸し出すピンクオーラに圧倒されていると、横から視線を感じた。見ると吹雪が期待を込めた目で俺を見つめている。


「ん?」

「ダメだね、嵐は。こういう時に女性が欲しい言葉をかけてあげるようにならないと。」

「え……?」

「……もういいよ。嵐にそんな高度な技、期待する方が間違ってた。」

「え?え?吹雪?」

 冷たく言うと吹雪はそそくさとレッスン室に入っていった。


 それから三日くらいまともに口きいてくれなかった……



―――


 そして三年が過ぎた。


 俺達は順調に活動を続けてきて、そりゃ多少の浮き沈みはあるものの安定した生活を送れるようになった。


 竜樹の方は俺達なんかより凄い事になっていて、まずソロデビュー曲が話題性もあって大ヒット。その後も出す曲、出す曲がヒットし、その整った顔を活かしてメディアにもどんどん出ていた。それがきっかけで雑誌のモデルやドラマに脇役として出演する等、音楽以外の芸能活動も多くなっていた。本人はやっぱりアーティストとしてやりたいと溢しているが、俺らからしてみたら羨ましい限りだ。


 メンバーは相変わらずで、風音・南海ちゃんペアと雷・佐竹さんペアのラブラブ組。そしてそれに挟まれながらも黙々と良い曲を作り続ける氷月。皆、それぞれに日々を過ごしていた。


 そして俺と吹雪は――



「嵐。先行ってて。ちょっとガスの元栓見てくるから。」

「わかった。早くしろよ。」


 同棲してます、ハイ。

 三ヶ月前くらいから一緒に住み始めて、ようやく慣れたって感じだ。最初の頃は照れがあって自分の部屋なのに全然落ち着かなかったけど、今ではいないと逆にそわそわしてしまう。熟年夫婦みたいな空気感、らしい。(氷月談)


 今日はスケジュールが空いていたので久しぶりに二人でデ、デート?をする事になって、こうして準備をしているところだった。


「遅いなぁ~」

 俺はアパートの出入り口から道路を渡って反対側の歩道で吹雪を待っていた。


「あ!きた、きた。こっちだ。」

 出入り口でキョロキョロしている吹雪を見つけて手を上げる。吹雪も俺を見つけたようで手を振り返してきた。


「あ……」

 横断歩道を渡ろうとする吹雪と一台の車が左折してきたのは同時だった。


「吹雪!あぶなっ……」

 声を上げたがもう遅かった。


 キィィーー ドンッ!


 全てがスローモーションのようだった。

 吹雪が笑顔で俺に向かって走ってくる。そこに侵入する鉄の塊。タイヤの軋む音。噎せる程の排気ガスの臭い。


 そして……


「吹雪!!」

 動かなくなった吹雪がいつの間にか俺の腕の中にいた……




―――


「……え?もう一度言って下さい……今何て?」

「高森吹雪さんは命は取りとめましたが、両足の複雑骨折とふくらはぎの靱帯損傷で……今後歩けなくなるかも知れません。」

「そんな……」

「それと、これは心理的な要因だと思われますが。……声が出せなくなっているようです。」

「!!」


 病院の一室でパイプ椅子に座ったまま、俺は一瞬気が遠くなった……



―――


 哀しみの旋律melody



 単調な毎日 でも幸せな日々

 あなたを愛して 仲間に囲まれ

 どこに綻びがあったというの?


 哀しみの旋律 それは最も美しいメロディー

 もし間違えたなら その場所を教えて

 今すぐにでも飛んでいくわ


 苦しい時期 でも乗り越えた瞬間

 大切な事 無くしたくないもの

 どこにしまったらいいの?


 哀しみの旋律 それは最も尊いメロディー

 もし見つかったのなら 場所を教えて

 すぐに隠しに向かうから


 哀しみの旋律 それは最も美しいメロディー

 もし間違えたなら 時間を戻して

 最初からやり直させて



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