もう一度会う場所
―――
五日後、風音が退院した。俺は病みあがりだから別の日にしようと言ったんだけど、風音が一刻も早く竜樹に会いたいって言ったもんだから、俺と風音は病院から約束の場所へ向かった。
「氷月、雷。」
出入口の所にはもう既に氷月と雷がいた。俺達と合流すると、四人でぞろぞろと目的地に歩く。
「何か緊張してきた……竜樹来てなかったらどうしよう……」
「大丈夫だよ、雷。竜樹はきっと来る。ううん、絶対来る。」
「風音の言う通り。あの人は意外と義理固いから約束は破らない。」
俺は三人の会話を聞いてバレないように笑った。
あの日竜樹にメールしたら即返事が返ってきた。返事は『わかった。』その一言だけ。そして昨日のメールで時間だけを伝えて、今に到る。
俺も正直に言うと雷の言うようにちょっと緊張してる。もしかして来ないんじゃないか。『あの場所』これだけではわからないんじゃないか。そう思ってる。うん、三割くらい。でも残りの七割は信じてる。あいつはチャラチャラして自分大好きのナルシストで自信家で喧嘩っ早い奴だけど、一度交わした約束は何があっても絶対に……
「竜樹……」
風音の声にハッと顔を上げる。いつの間に辿り着いていたのか、そこはまさしく俺が指定した場所だった。
今日もどこかのバンドがライブをやっていたみたいで、まだ熱気が籠っている。ステージには片付けを待っている楽器が置かれていて、そのギターの所に人影があった。
一部点いていた照明がその人物の姿を照らし出す。風音の声が聞こえたのだろう。そいつはゆっくり振り向いた。
「……よぉ。遅かったじゃねぇか。」
「竜樹!」
「風音、ごめんな……俺お前が倒れた事知らなくて……次の日吹雪にメールで教えてもらったんだけど、見舞いにも行けねぇで……ホントごめん……」
ステージから降りてきた竜樹はまず、風音に頭を下げた。風音は慌てて竜樹の肩に手を置いた。
「キャラに合わない事しないでよ。竜樹は偉そうにしてる方が『らしい』んだから。」
「風音…それ何のフォローにもなってないよ……」
「氷月……」
風音の逆に傷つくフォローが聞こえていないのか、竜樹は割り込んできた氷月に視線を移した。
「…………」
「………………」
目を合わせ微動だにしない二人。息を飲んで見守ってるとどちらからともなく歩み寄って、そして……握手をした。表情を見ると二人共微笑んでる。どうやら仲直りしたようだ。
……っていうか性格合わないとか言って息ピッタリじゃん!むしろ合い過ぎて反発し合うのか……?
なんて思ってたら竜樹がこっちを見た。一瞬怯みかけたけど気を取り直して竜樹の前に歩いていった。
「良くここがわかったな。」
「当たり前だろ。俺達が集まる場所って言ったらここしかないじゃん。」
苦笑いしながら言う。俺は『そうだよな。』と短く言って、ぐるりと辺りを見回した。
ここは氷月んとこのスタジオの地下のライブハウス。俺達の原点。『あの場所』この一言でここだとわかった事が嬉しい。俺は深呼吸を一つして話し始めた。
「ソロデビューの話はいつ聞いた?」
「ん~…2ndシングルのプロモーションの後の反省会の後。」
「あぁ、そういえばあの時お前だけ社長に呼び止められていたな。その時に言われたのか。」
「そうだ。」
頷く竜樹。俺はもう一度深く息をついた。
「その話はもう、決まった事なんだよな。」
「そうみたいだな。」
「俺は……お前が抜けたいなら止めない。本当は嫌だけど、死ぬ程嫌だけど、止めない。お前の可能性を潰す事になるなら止めたくない。」
「嵐……」
風音達三人の視線を感じる。顔を見ると複雑な表情をしながらも、心底では俺と同じ事を思ってるんだろうなって感じた。いや、何となくだけど。
「だから俺達はお前を送り出そうと思う。まぁお前が……戻りたいっていうならもちろん断るつもりはないけど…」
「……ズルいよなぁ~、そんな事言うなんてよ。」
「え……?」
急に竜樹がでかい声を出した。それが妙に響いたもんだから揃ってビックリする。
「俺の性格知ってんだろ。そんな風に言われて戻れる訳ねぇじゃん。」
「そうだね。天邪鬼だから、竜樹は。」
「うるせぇな、氷月は。鉄仮面のくせに。」
「ちょっと!また喧嘩しないでよ?」
「大丈夫だよ、雷。この期に及んでそんな無駄な事はしないって。竜樹も氷月も。」
「風音……お前が一番酷い事言ってるぞ……?」
各々が好き勝手な事を言う。最後に俺が力なく突っ込んだところで一旦終了した。
「全部決まってんだ。デビューの日取りも曲も何もかも。」
静かに竜樹が話し出す。
「じゃあ……」
「最後まで聞けよ。でも一つ条件を出してきた。」
「条件?」
「確かにソロデビューはするけどそれはあくまでも期間限定であって、いつか戻ってきたいって社長に言った。」
「は?」
話の展開が見えず、四人全員がポカンとする。それに照れを含んだ声音で竜樹が入ってきた。
「この条件を飲んでくれないとデビューはしないって言ったんだ。そしたら渋々了承してくれた。まぁ……口約束だからどこまであの社長が守ってくれるかはわかんねぇけどな。」
「と、いう事は……」
「いつになるかはわからないし、何年後か何十年後か、もしかしたらお互いじじぃになってるかも知れねぇけど。それまで俺の席は残しておいてくれないか?」
「竜樹……」
「都合のいい事言ってるよな。こんな俺の言う事なんて信じられないかも知れねぇ。だけど俺は……!」
「信じるよ。」
「……っ!」
「信じるさ。だってお前は一度交わした約束は……」
『絶対破らない』――
竜樹以外の四人の声が綺麗にハモった。それに驚いてる竜樹を尻目に風音が言う。
「竜樹のしたいようにして。僕は君が君『らしく』いてくれればそれでいい。」
「俺はちょっと淋しいけど応援するよ~デビューシングルも買ってあげるし~」
「竜樹。どんな事でも腕前を買われて期待されるって凄い事だよ。本当は君ももうずっと前から決意してたんじゃないの?己れのギター一本で勝負したいって。」
「……まぁ、そうなのかもな。じゃなかったら迷ってないもんな。」
氷月の言葉に苦笑いする竜樹だったが、ボーッとしてる俺に気づいて呆れた顔をした。
「大丈夫か、嵐?ちゃんと話聞いてた?」
「……バカにすんな!聞いてたよ!」
「そりゃ良かった。……ありがとな。俺の我が儘許してくれて。『裏切り者』って言われても仕方がないって思ってたんだ。だから正直ホッとした。」
「裏切り者なんて思う訳ねぇじゃんか。仲間なのに。」
「そっか。うん、そうだよな。」
嬉しそうな顔をしながら頷く。『仲間』自分の言ったその一言がとても神聖な言葉のように聞こえて、俺も嬉しくなった。
「俺が戻ってこれるようにさ、お前ら落ちぶれんじゃねぇぞ?」
「はっ!そっちこそデビュー曲が売れなくて泣きついてくんなよな!」
「いつでも戻ってきていいけど、あんまり早くてもちょっとねぇ?」
「あーあ……相変わらずだね~」
「これが僕達『らしい』っていう事なのかな。」
竜樹、俺、風音がそんな事を言ってると、雷と氷月が大袈裟にため息をついた。
俺達はここで一旦道は別れるけど、いつか必ず戻ると約束した。どんな事があろうとも絶対に元の姿になる。
何故こんなに信じ合えるのか。いつになるとも知れないのに待ち続けられるのか。
それはもちろん『五人で一つ』だから。一心同体だから。離れようとしても離れられないからだ。
だからここは今生の別れの場所なんかじゃない。
「また、ここで会おう。」
ここは、もう一度会う場所だ。
―――
新しい道に向かうのに
迷いはつきものさ
全ての思い出を
忘れた訳じゃない
思うよりも 想像よりも
大きくなって 帰ってくるから
どうか見ていて 僕の事を
新しい幸せを掴むのに
勇気が必要さ
大事な想い出を
忘れる訳はない
感じるよりも 期待よりも
優しくなって 戻ってくるから
せめて覚えてて 僕の事を
悲しい事は いくら泣いても足りない
嬉しい事は いくら笑っても足りない
だから別れはいつまでも涙が止まらず
祝福はいつまでも笑顔が止まらない
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