第4話 怪談のタネ(4)

「陸の怪談もまんざら作り話ってわけではなさそうだけど」

 これには、怪談を創作した張本人の陸が一番驚いて海を凝視していた。

「まるっと作り話だぜ」

「でも、八角の間で気味の悪い思いをしたっていうのが土台になっているんだろう」

 うなずく陸。

「人間、何が怖いって、正体のわからないものが一番怖いんだ。何だか気味悪いというのでは怖いので、何故だろうと考える。恐怖の理由がわかると怖さは半減するんだ。時には偽の原因を造ってまで安心しようとする。八角の間を通ると誰かに見られているような気がする。何故だろうと考える。八角の間には人の写った写真もあるけれど、“目”をもつ存在として一番印象的なのは『ゲツセマネの祈り』のイエス像だ。そこで陸の深層心理はイエス像に見られていたという理由を創り出す。イエス像が恐怖の原因だから、怖い思いをしたくなければ、イエス像を避けて通ればいい。怖いには違いないが、原因さえ分かれば恐怖心は半減する」

「なるほどね」

 海による自分の深層心理分析に、陸は感心しきっていた。

「火のない所に煙はたたない。怪談が煙だとしたら、火は陸の何ともいえない悪感情だ。怪談に限らず、奇談や怪奇談といったものには核となるものが存在している。現実にはありえない部分は後から付け加えられたか、ひねり出されたものなんだ。たとえば、日本最古の物語『竹取物語』。お伽話にしても、竹を切ったら中に女の子がいたという設定はずい分奇抜だと思わないか?」

「作者のイマジネーションの豊さに驚かされるだけで特に何とも思わないけど? ファンタジーだから突拍子もない設定だってアリでしょ?」

「作者の創造にしても、核となったものがあるはずなんだ」

「竹じゃなくて、竹のような筒形をしたもの、つまりロケット型の宇宙船から出てきたって話なら聞いたことあるぜ。かぐや姫宇宙人説」

「それ、私も聞いたことある!」

 宇宙人だとか宇宙船といった話になって、空は陸と二人して海の方に身を乗り出した。

「かぐや姫宇宙人説なら僕も知っている。かぐや姫が宇宙人だとすれば、人並み外れた成長のスピードや月に帰らなければならないと言った事の説明がつく。人類の存在が宇宙人なんだから他の生命体の存在を否定するわけではないが、それにしたって、かぐや姫が宇宙人だとするのは荒唐無稽だな」

「竹を切ったら中に女の子がいたって、他にどんな理論的な説明ができんだよ」

「簡単さ。現実的に考えていけばいい。竹の中に人間がいるはずはない」

「でも、いたって話なんだぜ」

「竹林に女の子がいたという話が竹の中に女の子がいたとなったんだろう。たぶん捨てられていたとかそういうことだろうが、竹の中にいたと脚色された――」

「それなら、どうして『竹林で女の子を拾いました』という出だしで物語は始まらなかったのかな?」

「当たり前すぎて面白くないからさ。それと、かぐや姫は非人間的な存在だということを強調するためでもあるだろう。イエスが処女懐胎によって誕生させられたのと同じ理由だ。イエスの超人的な存在を強調するために、誕生時が脚色された。かぐや姫も同じだ。どこかに絶世の美女が存在していた、おそらく、それは本当の話なんだろう。神の子でないにしてもイエスという人間が存在していたのは事実であるようにね」

 聖ヶ丘学園はキリスト教系の学校だ。クリスチャンの教師が少なくなく、彼らがこの場にいたら海の発言に眉をひそめただろう。

「竹取物語の核は、美人がいた、それだけだろう。その話についた尾ひれが、時の帝に求婚されただとか、求婚者が多くあったというものだろう。もしかしたら帝に見初められたところまで事実かもしれない。美人が存在するというだけなら物語にしても面白くないだろうけど、時の帝に求婚されたのに断ったとなれば人の口にのぼる話だろうから。帝に召し出されるのを嫌がって死んだというところまで事実の可能性もある。自殺か、殺されたかはわからないけど、おそらく自殺だろうね」

「かぐや姫が自殺?」

 空と陸とは同時に声をあげて顔を見合わせた。

「月に帰ったというのは死んだということの婉曲表現だろう。生まれた場所へ帰った、すなわち、帝のもとに嫁ぐのを嫌がって死んだという意味だ。宮廷での生活を拒否するなんて、普通の人間なら考えられない。おそらくこの世の人間ではないのだろう――だから、竹から出てきただの、あっという間に成長しただの、月の世界の人間だのといった設定がつくられた。かぐや姫の非常人ぶりを強調するためにね」

「宇宙人だった方がおもしろかったな……」

 心の中で思ったことを空は思わず口にしていた。帝のもとにあがるのを嫌がったのはもしかしたら他に好きな人がいたからかもしれない。海には思いつきもしない理由だろうが、空にはかぐや姫の女心が痛いほど理解できた。

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