第一章 怪談のタネ

第1話 怪談のタネ(1)

「怪談で学園案内か。空にしちゃあ、面白いこと考えたじゃないか」

「でしょ? 四月のメルマガは新入生歓迎の内容と決まっているんだけど、さすがに毎年毎年『入学おめでとうございます』『学園へようこそ』と言い続けてきてマンネリ化もいいところ、かといって他にネタがあるわけでもなくて、学園に伝わる怪談を紹介することにしたんだ」

 目を輝かせながらスマホの小さなスクリーンに見入っている御藏陸の反応は星野空の予想通りだった。この春から高校生になったというのに、いまだに小学生のようなバカバカしい言動を繰り返してばかりの陸ならきっと面白がるだろうと踏んでいた。

 海はどうだろう――空はキッチンに立つ御藏海を見やった。帰宅後、小腹が空いたという陸のために海は冷蔵庫を漁って何かを作り始めていた。両親の帰りが遅くなると聞いている空は御藏家で時間をつぶすつもりでいた。

 アンテナを思わせるような形の耳、眉頭にうずまくつむじ、三角定規をあてたような鼻――陸と海とはまるで鏡にうつった姿のようにそっくりだ。鏡の像と同じく、空の隣に座る陸は左手でスマホをいじり、キッチンでせわしく動きまわっている海は右手を主に活用している。

 深めの鍋に水を張り、ガスコンロの火をつけたかと思うと、海は身を翻して冷蔵庫から食材を取り出して来、まな板の上に置いて切り刻み始めた。タンタンタンと野菜を刻むリズミカルな音が聞こえてくる。玉ねぎを切ったのか、ダイニングテーブルにつく空の鼻までツンとなった。

 野菜を刻み終えると、海はフライパンを火にかけ、炒めはじめた。野菜を炒めるかたわら、冷蔵庫から今度は調味料を取り出し、味付けをする。かと思うと、食器棚にむかい、皿を三枚取り出した。皿を右手に抱えたまま今度はパントリーからパスタを取り出し、左手で沸いた鍋に投げ入れた。

 右利きの海だが、左手も器用に使いこなす。右にあるものは右手で、左にあるものは左手を使いながら料理する海の姿はまるで踊りを踊っているようにみえる。両手を忙しく動かしながら、海は

「怪談で学園案内なんて記事、よく宮島先生が許可したね」と言った。

 宮島はマスメディア部の顧問だ。中等部入部以来、空はマスメディア部に所属して今年で4年目、高等部一年に進級し、ある程度重要な仕事を任されるようになっていた。月に一度配信のメルマガの執筆をこの春から担当している。

「宮島先生も面白がってる。うちの学園は、いわゆるお嬢様、お坊ちゃま学校じゃない? いい子ちゃんばかりでつまらない。せめてマスメディア部ぐらい、尖っていてもいいって」

「校長はそうは思わないだろうな。宮島、今頃、校長にしぼられているんじゃね?」

 背の高い宮島が縮こまるようにして叱られているのを想像してか、陸はくっくと喉を鳴らした。

 顧問になって二年目の宮島は、広報のようなお行儀のいいものではなく学園の闇を暴くぐらいの気概で記事を書けと部員たちをたきつける。三十過ぎていまだ血気盛んで、ナマケモノのような外見とは裏腹の熱い気持ちの持ち主だ。

 たかだか学園新聞のウェブ版ともいえるメルマガに正義とか真実とか言うのは大げさだとしても、宮島に影響された部員の一人が去年の文化祭のレポートに少しスキャンダラスな内容の記事を書いた。当初とは違うゲストが招かれたのは、そのゲストの所属する芸能事務所の社長が生徒の父親だからだというもので、生徒たちは面白がっていたが、津田沼校長の気には障ったらしい。宮島を怒鳴りつける声は校長室の外の廊下にまで漏れていたというもっぱらの噂だ。

 怪談で学園案内という記事は、津田沼校長はきっと気にくわないだろう。宮島はまたしても呼び出されて怒鳴られるのかと思うと、記事を書いた本人として空はほんの少し心を傷めた。

「他人事だから陸はそんな風に笑えるんだよ。記事を書いたのは私なのに、私のせいで宮島先生が怒られるのかと思うと、私は陸みたいに笑えない」

「だって他人事だもん」

 鼻柱に皺を寄せた陸の笑顔はソフトクリームみたいだ。プールの授業中に水中で足を引っ張って驚かせたり、カバンにヘビだのクモだのといったゴム製のおもちゃを入れたり、そんな時に決まって浮かべている笑顔。いたずらは他にも数えきれないほどされてきているが、くしゅっとした笑顔に空はつい陸を赦してしまう。 

 親同士が親友同士、偶然生まれた日も同じ、同じ病院で生まれた空と、御藏海・陸の双子とは生まれた瞬間からの付き合いといってもよく、もう十六年にもなる。いたずらは聖ヶ丘学園幼稚舎に入ったその日から始まって、高等部に進級した今も一向におさまる気配はない。もう十年近く、陸はくしゅっとした笑顔を浮かべるだけで、ごめんと謝ったためしがない。

 小さい頃は海も一緒になって空をからかったり、いたずらを仕掛けたりしたものだった。二人して同じくしゅっとした笑顔を浮かべてシンメトリーな光景がくりひろげられていたが、いつからか海は笑わなくなって、空をからかうこともいたずらもやめてしまった。初等部高学年ぐらい、それまでショートヘアだった空が髪を伸ばしはじめた頃からだ。

 それまで互いに入れ替わっては空や先生たちを混乱させて喜んでいたのに、ぴたっとやめたのも同じ頃だ。

 陸に間違えられるのが嫌になったのか、中等部に進学した時から海は伊達メガネをかけるようになった。太い黒縁のメガネをかけるようになって誰も陸と海とを間違えなくなった。

 それでも時々は入れ替わってはいるらしい。陸が海の伊達メガネをかけているのを、海がメガネを外して陸のふりで授業に出ていたりするのをたまに見かける。他人は騙せても空には見分けがついた。

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