32

…………見られている?


誰かに見られている様な視線を感じた私は、まだ重い瞼に力を入れて瞳を開くと……。


丸く大きなヴァイオレット色の双眸が目の前にあった。


……綺麗な瞳。

私はボーッとその瞳を眺め続けた。


どの位、経っただろうか。


「ふふふっ」

パチパチと可愛い瞬きを繰り返していた双眸が、笑い声と共に細められた。


…………あれ?!

私はカッと瞳を見開いた後に、数度瞬きを繰り返した。


「おはようございます。唯様」

まるで鈴を転がした様な澄んだ可愛い声。


「……ミーシャ姫?」

どうしてミーシャ姫がここにいるのだろう……?そう首を傾げる途中で全てを思い出した。


……そうだ!

昨日はミーシャ姫のベッドにお邪魔をして、そのままお泊まりして行ったのだった。


「お、おはよう!ミーシャ姫!」

社会人として……大人としてダメダメだな私!


「ふふっ。唯様が一緒に寝て下さったので朝までぐっすり眠れました」

ニッコリ微笑むミーシャ姫。


「あれ……?昨日、もしかして起こしちゃった?」

起こさない様に気を付けたつもりだったんだけど……ミーシャ姫は、私が侵入した事に気付いていたみたいだ。


「お気になさらないで下さい。元々、私の眠りは浅いのです。でも、昨日はそのお陰で唯様のを堪能させて頂きました」

「そうなの?」

「はい。素敵なもふもふでした」


まあ、ミーシャ姫が喜んでくれたなら良いだろう。


「お邪魔しました」

起き上がった私は正座をしてペコリと頭を下げた。


「お気になさらずに。……もし、唯様がよろしければ……また一緒に眠って下さいますか?」

……おっと!!

私の中の何かがズキュンと撃ち抜かれた気がする。


「はい!喜んで!!」

「……良かった。嬉しいです」

あーあーあー……。ミーシャ姫が可愛すぎる……。

こんな可愛い子が妹だなんてジルも心配だろうな。


私はミーシャ姫をギュッと抱き締めながら、頭をナデナデした。

『私の妹が嫁に欲しくば、私を倒せ!!』とか言ってみたい。


そんな勝手な妄想をしながら、ミーシャ姫と朝食を取った私は、昨日の事は敢えて説明をしないままに部屋を出た。

ミーシャ姫の部屋や以前渡したお守りには、彼女を害する物を弾く結界をコッソリ張ったから、一先ずは安心だ。


この間に、あの女性の事を調べなければならないが……。

さて、どうしたものか。

相手の行動範囲を知りもしないのに、この広い王城の中を当てもなく歩き続けるのは得策ではない。すれ違いもせずに終わるパターンになりそうだ。


罠を張る? いやいやいや。罠は何にするのだ。

これはあの女性が誰か分かってからでも充分だろう。


聖獣なんてやってるけど、この世界の事も……王城の中の事すらしらないんだよね……。

こんなんで聖獣を名乗ってて良いのかな。私。


私はしょんぼりしながら歩いていた。


すると……

「あれ?良い匂いがする!」

厨房とは反対側の方から、砂糖を焼いた様な甘い匂いがしてきたのだ。

私はその匂いに釣られるままに、飛び立った。



*****


あれ?こんな所に売店……?

私は小さく首を傾げた。


図書室の外側の……騎士団の宿舎の裏側にひっそりと建てられた小さなお店。

騎士団の建物の方には何度か来た事があるが、こんな場所があるなんて初めて知った。先ほどの良い匂いは尚もこのお店から漂って来ていた。


しかし、ひっそりしてても騎士団の近くだし、こんなに良い匂いしてるのに……お客さんがいない?


「……こんにちはー」

そっと中を覗くと……


「……はあ?」

綺麗なお姉さんに睨み付けられた。


ああ、成る程……。私は瞬時に事情を察知した。


……この人、接客舐めてんのかな。

私は久し振りにカチンときた。

『お客様は神様』だなんて古い事は言わないが……客商売には愛想が必要でしょうが!!


「ここは何のお店なんですかー?」

私は敢えて笑った。

嫌な事があったからと言って、顔にそのまま出すようでは接客のプロとして失格だ。そして、私は接客のプロだという自信がある。


「見て分かんないわけ?」

「へー、色々な物が売っているんですね-」

「…………」

「わー!美味しそうな焼きたてのラスクがあるー!」

「…………」

私を一瞥したっきり、完全無視の体制に入り……あまつさえ客が目の前にいる状態なのに、本まで読み出した。口下手なら口下手なりのやり方がある。

それをしないと言う事は、客を下に見ている証拠だ。


「そんなだから、お客さんなんて来ないんですよ」

私はニッコリ笑いながらケンカを売った。 

……まだまだ私も若かったらしい。

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