養徳院の上洛
京の都。
織田信長が拠点にしている屋敷の一角。信長が小姓達と剣の鍛錬に使っている道場がある。そこで剣を指導しているのは北畠具教である。鹿島新当流の達人である彼は小姓達からも尊敬を勝ち取りつつある。この時代は剣術の達人というだけでも、羨望の眼差しで見られるものだ。しかも最近はある男も頻繁に入り浸っているから尚更だ。
「はあぁぁぁ!」
「ふっ!まだまだですぞ!」
具教はその男の手加減無しの一撃をいなす。その男、織田信長はまるで鬱憤を晴らすかの様に力を込めている。まあ、相手が北畠具教だから手加減など要らないが。
最近の信長は何かイライラする事があると、こんな感じになる。原因は幕臣だ。信長は幕府と対決する事を決めたが、まだ水面下の話だ。しかし信長からの幕府の扱いが悪くなっているのは幕臣達には直ぐに分かるものだ。なので幕臣からの嫌がらせが起きている。信長からの通達をたらい回しにしたり、将軍との面会で異常なくらい待たされたり、どうでもいい用事で呼び出して来たりと多岐に渡る。つまり信長はストレス発散に来ている訳だ。
「ふぅ、流石は具教だな」
「良い踏み込みでしたぞ、信長様」
一頻り汗をかいて、信長は一息をつく。木刀を振り回して満足した様だ。それを具教は良い踏み込みだと褒めた。まあ、具教は全て受け流していただけで、信長は踏み込み放題だったが。
その時、信長の所に取り次ぎの侍がやって来て膝を付く。
「信長様、面会を願う者が来ております」
「はあ?今日は面会の予約は無いだろうが。予約を取れと追い返せ!」
「は、ははっ!」
「たくっ、何処の痴れ者だよ。どうせ公家か幕臣だろうがよ」
信長の悩みの中には公家も含まれる。信長の官位が上昇しているので、繋ぎを作ろうとする木っ端公家が増えている。その中には突然訪問してくる輩もいるのだ。最初こそ応対していた信長だったが、次第にうんざりしてきた。彼等も特に用事は無く、詩や蹴鞠に誘ってくるだけだからだ。最近は予約を取る様にと伝えて追い返している。
取り次ぎの侍もその事を知っているので「ははっ」と了承するのみだ。ただ彼は客がいつもの幕臣や公家とは違う人物なので一応と信長に伝える。
「えーと、池田恒興殿の御母堂・養徳院桂昌様ですが。追い返しますね」
「ちょおぉぉっーーと待てえぇぇぇい!!!お前、それを先に言えっ!叩っ斬られたいのかーっ!!」
「ひぃっ、申し訳ありません!?」
訪ねて来た相手が池田恒興の母親である養徳院桂昌だと聞くや、信長は顔色を変えて怒り出す。今直ぐに叩き斬るぞという迫力だ。
信長にとって養徳院桂昌は養母、『育ての母』だ。実母の土田御前と微妙な関係である信長は養徳院桂昌を殊の外大切にしている。その人物を追い返しかけたのだ。なので信長は焦った、まさか養徳院が上洛して来るとは思っていなかった。
「で、出迎えを!いや、こんな格好では!」
「信長様、落ち着いて下され。まずは風呂で汗を流して着替えるべきかと」
「そ、そうだな。よし、風呂だ!養徳院には部屋で待つ様に言ってこい!直ぐに行くから!」
「はっ!」
具教の助言を受けて、信長は取り次ぎの侍に養徳院を部屋で通す様に指示を出す。そして信長は汗を流す為に風呂へ走った。
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風呂で汗を流した信長は走って養徳院が待つ部屋に向かった。そして部屋に着く前にピタッと止まり、普通に歩く。浮足立っている姿を母親に見られたくないからだ。
信長は落ち着いた様子を装い、部屋に入る。部屋には袈裟姿の尼僧が居て、信長に恭しく礼をした。
「信長様、突然の来訪をお許し下さい」
「いいって、いいって。まさか京の都まで来てくれると思ってなくて驚いたがよ。どうだ?このまま都見物とかさ。オレが案内してやるぜ」
信長は上機嫌の笑顔で養徳院に応える。道場でのイライラした顔は何処へやら。信長にとって最愛の母親が来たのだから無理もないだろう。
それに対し養徳院も笑顔で応える。ゆったりと慌てた様子もない柔らかな物腰で。しかし、彼女は遊びに来たのではない。
「うふふ、それも良いですね。ただ、危急の用件を伝えてからですが」
「危急?何かあったのか?」
「はい。信長様は筒井順慶殿の事は聞いていますか?」
「ん?ああ、会ってはいないが。たしか風土古都の発案が彼だったか?珍しい坊さんだなーと思ったが」
養徳院は信長に筒井順慶の事を尋ねる。信長は彼と面識が無い。何しろ順慶は筒井城から直接、犬山に移った。あとは筒井家が変な動きをしなければ、恒興に世話させればよい。何か特定の行事で会えばいいとしか考えていない。
ただ、食に興味が有る坊さんは珍しいなとは思っている。信長の勝手な想像ではあるが、僧侶は質素、倹約、勉学に励むものだと思っている。だから武器を振りかざして暴れる者や酒色に耽る者は僧侶だと思っていない。
「彼が作ったのは、それだけではありませんよ。まだ実用は出来てない様ですが、泥水を清水にする『ろ過器』もあります」
「ほほう、そりゃすげぇな」
しかし、順慶の活躍は食の分野に留まらない。まずは泥水を清水に出来る『ろ過器』だろう。日の本は明治時代になっても上水道が整備出来ていない地域があった事を考えると、戦国時代では如何に凄い事か。これには信長も少し驚いて興味を示す。というか、恒興が『ろ過器』の事を報告していないので、表情に不満を少し滲ませている。
「そして昨日ですが、順慶殿は『救龍』を完成させました」
「『救龍』?何だ、それは?」
「仕組みは私にも理解出来ませんが、水を昇らせる装置の様です」
そして本題、『救龍』の話だ。養徳院がその目で見ても信じる事が出来ない程の物。その件がきっかけとなり、彼女は京の都まで急いで走って来たのだ。
因みに話は昨日の事である。つまり養徳院は
「水が昇る?水が山を登るとか?んなバカな、ハハハ」
「……」
「……え?マジ?」
「ええ。木曽川の水が堤防の土手を昇って噴き出してましたから。私もこの目で見ました」
「バカな……、どうなってんだよ、それ」
話を聞いた信長は笑い出す。そんなバカな事がある筈はないと。しかし養徳院はピクリとも反応せず真顔のままだ。次第に信長もそんな有り得ない事が起こったのかと驚愕に染まっていく。そして養徳院の話を聞いて、そんなバカなと呻く。
「私がそんな冗談を言う為に京の都まで来たと思いますか?」
「いやいや、それはねぇって!そんな事は思ってねぇよ!」
養徳院に問われて信長は焦る。彼女が冗談を言う為に尾張国を出るなど、もっと有り得ない。
信長は真剣な表情になって考え込む。まずは養徳院が言う事は全て真実であると認識する事から始める。
「マジでそんな物を作ったのか、筒井順慶は。すげぇな。日の本は川が在るのに渇水に悩む地域はたくさんある。暴れ川が多いからだ」
「ええ、木曽川も暴れ川ですからね。順慶殿はその川から安全に水を取り出してみせた訳です。恒興はその水を小牧の開発に使う様です」
「成る程な。恒興はそれで小牧開発をするつもりなのか。名案だとは思うが」
池田恒興は小牧の開発に木曽川から水を取り出して行う計画を立てた。しかし、その為には30基余りの水車による水の汲み上げが必要と試算された。恒興もゲンナリする話だが、小牧の開発を成功させるには水が必須だ。水田を維持出来る程の水が。だからこそ、やらねばならなかった。どれだけの時間と労力と資金を費やしても。
しかし救龍はたった一つで水車30基分の水量を汲み上げてしまった。いや、それ以上だった。結局、水車は救龍の動力一つで済み、恒興達はとんでもない時間と労力と費用の削減に狂喜乱舞したという訳だ。
「そうですね。しかし救龍の存在が諸大名に知られるのも時間の問題という訳です。そして順慶殿の存在も」
「まあ、そうだな」
「昨日までの順慶殿は犬山で有名程度でした。これからは日の本で有名となるかも知れません。救龍にはそれ程の力が有ると私は見ます。諸大名は順慶殿を引き込みたいと考えるでしょうね。水で悩む大名豪族は星の数ほど居るはずですから。恒興が人払いをせずに行いましたので、噂が広まるのは速いでしょう」
「むう、確かにそうだろうな。恒興のヤツめ、やらかしてくれるじゃねぇか。救龍がそんなに凄ぇ物なら秘匿すべき技術だろ。これから織田家の公共事業の柱になりそうな物をいきなり公開するとか、何を考えてやがる」
問題は救龍の力だ。水を大量に汲み上げれる代物を欲しがらない大名豪族など存在しない。ほぼ全員が多かれ少なかれ水問題で悩んでいる。水問題は領土問題の次に戦争の原因となるのだから。救龍と発明者の筒井順慶の名前が日の本全土に響き渡るのは時間の問題と言える。
それを恒興は救龍の試験に際し、人払いせず公開してしまった。恒興も救龍が何れ程の物か把握していなかったのが原因だが。しかし、人の口に戸は立てられない。噂は凄ければ凄い程、尾ヒレを付けながら飛び交う。程なくして、救龍と筒井順慶の存在は日の本の皆が知るところになるだろう。
信長としては救龍を織田家の公共事業の柱にする事を考える。救龍にはそれ程の力があると、養徳院の話だけで理解したからだ。ならば公開時期は信長が決めるもの。秘匿せずフライングした恒興に怒りすら沸いてくる。
「それどころか、順慶殿を欲する諸大名が織田家に対し敵対行動に出るやも知れません。場合によっては諸大名が連合する可能性も」
「それは考え過ぎだろ。大名なんてヤツは周りと敵対しているもんだ。連合なんて無理無理」
「甘いですよ、吉法師」
「う……」
養徳院は救龍が原因で諸大名が連合し、織田家に牙を剥く事を
幼名の吉法師で呼ばれた信長は反射的に姿勢をピシッと正して正座してしまう。信長は過去を思い出して、怒られた子供の様に硬直した。いや、刷り込まているのだ。養徳院は柔和な表情なれど目はまったく笑ってなどいない。あ、コレは説教モードだ、と信長は悟った。
「確かに大名は全て周りと諍いを抱えているものです。しかし、その諍いを棚上げにして連合させる者達がいるとしたら」
「えっと……」
「幕府があるではありませんか。敵対するのでしょう?恒興から聞いていますよ」
「そうか、幕府か!」
「幕府とは武家の諍いの調停をする為に在ります。それ即ち、どの大名とも外交が出来るのです。その彼等が織田家を良く思わない大名の事を聞き付ければ、即座に幕府側に取り込む事でしょう。その大名を集めて連合させるなど容易いのです」
養徳院の懸念は足利幕府の存在だ。そもそも幕府とは全国の大名豪族の諍いを調停する機関であって、統治機関ではない。統治に関しては大名豪族それぞれでやっているからだ。しかし、調停する度に幕府は大名豪族を幕府の内側に取り込んでいき、反抗的な者はその大名豪族の力で叩き潰していった。その過程で日の本全体の統治機関に成長していった訳だ。だが、根本的な問題は残ったままで、幕府そのものには武力が無く、大名豪族を取り込む必要があるという事だ。そして今、関係が冷え込む織田信長に対抗する理由が幕府側に産まれてしまったのだ。幕府側に付けば救龍も思いのままだと、誘いを掛ければ同調する大名豪族は多数現れると予想出来る。それこそ周りとの諍いや遺恨を棚上げにしてでも。
「う……。そうか、幕府が絡む可能性も出るのか。やべぇな」
「申し訳ありません、信長様。私が付いていながらこの始末、言い訳も出来ません。私は心ならずも順慶殿を侮っていた様です。救龍があれ程の物だとは」
「いや、それは違う!養徳院に罪はねぇよ!これはあくまで現場を仕切った恒興の罪だ。アイツには罰をくれてやる!」
「そうして下さい。最近のあの子は少し調子に乗っていますから戒めるべきです」
養徳院は悲しそうに頭を下げて謝罪をする。信長は養徳院の手を取って、頭を下げない様に促す。そして養徳院に罪などは無く、あくまで恒興の責任だと主張する。養徳院も同意したので恒興には罰が下る事が確定した。
「近々の課題は順慶殿の処遇ですね」
「幕臣には監視を付ける、くらいか。他家との外交に関してはオレの許可を取れって言っとくわ。とりあえず幕府の行動には制限を掛ける」
信長はまず、幕府の行動に制限を掛ける事にする。前々から幕府将軍が織田家の意向を無視して他大名と勝手に外交しているのが、信長は気に入らなかったから丁度良い。
「それは良いのですが、まずは足下を固めましょう」
「と言うと?」
「嫁です。順慶殿は未婚で正室が居ません。他家から嫁を出されては足下を掬われますよ。筒井家は歴とした大名家なのですから、嫁を貰うのに織田家の制限は受けません。しかし嫁を押し込む事は可能な筈です」
「そうか、正室は織田家から出す必要があるな」
他の問題としては、筒井順慶に正室が居ない事だ。放置すると他大名から正室を出されかねない。だから早々に織田家から正室を出す必要がある。でないと、筒井家の政治に他大名家の干渉が入る事になる。正室はそれくらいの立場が有る。
「順慶殿の格を考えれば、織田家重臣の娘を信長様の養女にして出すのが最低限となりますね。信長様に近ければ近い程、良いのですが」
「いや、ここはオレの娘である『秀子』を出すぜ」
「『秀子』?あの子はたしか……」
養徳院は織田家重臣の娘を信長の養女にして出すのが最低限の条件だと言う。それに対し、信長は自分の娘である『秀子』を出すと答える。
織田秀子は織田信長の三女である。信長の長女は徳川家、次女は蒲生家に嫁がせる予定なので三女の秀子を筒井家に出す事を考えたのだ。
これには養徳院も少し驚いている。まさか信長の実娘が候補に挙がるとは思っていなかったからだ。他にも驚く理由は有るが。
「言いたい事は理解る。しかし織田家において、これ以上の格はない。それに母親の牧がなあ……」
「牧の方ですか?お牧に何かあったのですか?」
「ああ、牧は京の都が合わないみたいでな。頻りに尾張に帰りたいと泣くんだよ。このままじゃ気の病にかかりそうだし、秀子にも影響が出る」
「そんな事になっていたのですか」
信長は養徳院に言いたい事は理解ると返す。しかし問題は秀子だけではない。その母親である側室の牧の方にもある。彼女は尾張国出身であり、信長の上洛と共に京の都に来た。最初こそ都の珍しさに喜んでいた彼女だが、次第に尾張国に帰りたがる様になった。どうやら都暮らしは彼女には合わなかった様だ。信長もこのままでは牧の方が気の病に
牧の方も昔、養徳院の下で学んだ事がある。その為、養徳院も牧の方の事が気になっている。
「そこでだ、養徳院。牧と秀子を預かってくれ。オレと別居なんて、牧がどんな後ろ指をさされるか分からねえ。それも気の病の元だ。しかし、オレの養母である養徳院の下なら何もおかしくない。犬山ならゆっくり静養出来る筈だ。頼む、引き受けてくれ!」
「そういう事情でしたか。承りました、お牧と秀子はお任せ下さい」
信長は牧の方の静養と秀子の養育を養徳院に頼む。信長の妻が離れた場所に別居というのは外聞があまりよろしくない。牧の方は信長に愛想を尽かされたとか噂を立てられる事だろう。牧の方の実家も被害を受けるかも知れない。
だが、信長の養母である養徳院の下なら、大しておかしくはない。それに牧の方の悪い噂を立てる事自体、養徳院を不快にする行為だ。そして下手を打つと池田恒興が出て来る。という、とんでも危険行為な訳だ。
以上の点から、信長は牧の方と秀子を養徳院に預けるのが最良と判断した訳だ。養徳院も納得し、彼女らを預かる事を承諾する。
「良し。後は恒興を呼び出して……あ、でも恒興を都で使うと佐渡が文句を言って来るか」
「林佐渡殿が必要としているのは恒興本人ではなく、池田家臣ですよ。家臣を置いて行けば文句は無いでしょう。寧ろ、恒興が居ない方が都合が良いまでありますね」
「……佐渡らしいっちゃあ佐渡らしいな」
恒興を京の都に呼び出す事を信長は少し躊躇する。以前に恒興を京の都で使うと言ったら、林佐渡から猛反対を食らったからだ。もの凄い剣幕で信長が気圧されたくらいに。
しかし養徳院は林佐渡が必要としているのは池田恒興ではなく、池田家臣だと答える。寧ろ、上役である恒興が居ない方が、林佐渡はやりやすいとすら言う。
「犬山の内政に問題は出ねえのか?」
「家老の土居宗珊殿が居れば問題は出ないと思います」
「土居宗珊か。余所者とか言うつもりは無いが、大丈夫なのか?」
土居宗珊の名前が出て、信長は少し眉をひそめる。信長は恒興ほど土居宗珊を信用していない。というか、接点が無い。人柄は良いと聞いてはいるが、信用するかは別問題だ。その人物に犬山という重要拠点を任せても良いものかと悩む。
「それは恒興も危惧している所ですね。単独家老とはいえ、権力が大き過ぎます。本人にその気は無くとも、周りが危機感を感じるでしょう。その為に山内家を取り込み、飯尾家を大きくして対抗させるつもりの様です。親族と外様で均衡を保つのは大切ですからね。まだ均衡が取れたとは言い難いですが」
信長の懸念は恒興も持っている。だからこそ山内一豊を義妹の千代の縁で取り込み、飯尾敏宗の家を強化している。恒興の直下に土居宗珊の家老外様組と山内一豊、飯尾敏宗の尾張親族組で均衡を取ろうとしているのだ。非尾張国出身者と領民3割を支持基盤とする土居宗珊が強大過ぎて、まだ均衡は取れていない。
「山内一豊、はよく知らんから恒興に任すか。飯尾敏宗は飯尾定宗の息子だったな。よし、敏宗には城を任せてやる」
「宜しいのですか?」
「ああ。飯尾定宗が鷲津砦で奮戦していなければ桶狭間の勝利は無かったかも知れん。本人もかなり活躍しているし問題は無い」
信長も尾張国組の強化に乗り出す。それは飯尾敏宗に城を任せるというものだ。万石城持ちとなれば最早、大名と言っても良い。
飯尾敏宗の父親は飯尾定宗であり、彼は桶狭間の戦いの折に鷲津砦の守備に就いていた。そこに朝比奈泰朝が20倍以上の兵力で襲い掛かり、飯尾定宗は一歩も退かずに徹底抗戦した。そして定宗は討ち死し果てた。だが、この定宗の奮戦は無駄ではなく、朝比奈隊は疲れて動けなくなり、今川義元の本陣の守備に戻れなかった。結果として、信長の突撃が義元の本陣への強襲を成功したのだ。その功績に報いようという意味もある。
「しかし鵜沼城は山内一豊殿、小牧山城は金森長近殿です。他に犬山の周りに大きな城はありませんが」
「一宮だ。あの辺りには小さい城か砦しか無いから、街道警備に問題が出ている。それに恒興から一宮に築城を依頼されてるしな」
「一宮なら犬山に近いですね」
養徳院は飯尾敏宗に何処の城を任せるのかを問う。土居宗珊派閥に対抗する為には、犬山から離れた場所では意味がない。その問いに対して、信長は一宮に新たに築城すると答える。一宮には恒興からも築城を要請されていたので、都合が良いと考えたのだ。その他、犬山〜津島、清須間の警備も敏宗にやらせる事も考えている。この重要商業都市を結ぶ街道には度々、山賊野盗が出没している様なので、討伐治安維持のエキスパートである敏宗を当てたいという狙いも含んでいる。
その答えに養徳院もニッコリと微笑む。彼女にとっても、この答えは満足いくものの様だ。
「さて、恒興は呼び出すか」
「何かさせるのですか?」
「ああ、実は山科権大納言卿絡みでな。アイツは山科卿と懇意だから丁度良い」
「それなら適任ですね」
実は信長には恒興を呼び出したい案件が発生していた。信長にとって朝廷の大きな味方である山科権大納言言継との間に問題が生じていたのだ。数日前に起きた事とはいえ、大問題になる前に対処したかった。林佐渡から釘を刺されていた故に恒興を呼び出しにくい状況の信長だったが、養徳院の賛同を得たので直ぐに呼び出す事にした。
「恒興は直ぐに呼び出すとして。オレ達は都見物と行こうぜ」
「うふふ、楽しみです」
相談事を全て終えた信長は養徳院を都見物に誘う。養徳院も微笑んで信長に付いて行くのだった。
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大和国筒井城。
順慶の叔父である筒井順政は領地の復興の為に家臣を集めて会議を開く。広間の上座に座った順政は家臣を見渡し口を開く。
「さて、今日の議題は……」
「その前に順政殿、一つよろしいですかな?」
「何かな?」
議題を決めようとした時、一人の家臣が順政に質問をする。
「順慶様はいつ頃、戻って頂く予定で?」
「順慶を?何故?」
「順政殿は聞いておりませんか?順慶様が風土古都なる食事場を作り大評判を得ていると」
「その話は聞いたな。しかし、それが順慶を連れ戻す事と何の関係があるのか」
「それは順慶様に内政能力が有る証明ではありませんか。ならば犬山ではなく大和国の発展の為に才能を発揮して頂くのが良いと考えた次第ですが」
家臣の問いは筒井家当主である順慶をいつ連れ戻すのか?というものだ。家臣は順慶が犬山で風土古都を発案した事を知り、犬山の発展に寄与していると聞いたのだ。それならば順慶を連れ戻して大和国を発展させるべきだと考えたのだ。
「成る程な。つまり今、儂らがやっている復興事業に順慶を関わらせたいという事じゃな」
「その通りです」
「ふむ、そうか。……織田家が大和国に来る前、松永久秀と戦う少し前だが、順慶とこんな話をした」
家臣の意見を聞いた順政は少し昔を思い出していた。それは池田恒興が筒井城に来る前、筒井家が松永久秀と戦う少し前の話だ。筒井家は松永家と長年に渡り戦争をしていて、領地がかなり荒れ果てていた。当たり前だが、領民は逃げ出し、山賊が蔓延り、減収は免れなかった。その話を順政は甥っ子である順慶に聞かせていた。
「え?今年は不作なん?」
「まあ、そういう事じゃ。戦続きで領地直しも進まん。お前は何かやっておこうという事はあるか?」
今年はお米が不作と聞いて、順慶はうーむと考え込む。お米が食べれないなら、代わりに何を食べるか考えているのだ。
「うーん、ご飯が無いのか。そういう時はラーメンでも食べるかなー」
「……何じゃ?その『らーめん』とやらは?」
順慶の答えはご飯の代わりにインスタントラーメンでも食べるかなーという現代人みたいな答えだった。……言わんでも理解ると思うが、戦国時代にインスタントラーメンは無い。無いからね。(念押し)
「えっと、細長い麺を醤油味のスープで食べるんだけどさ」
「うーむ、
「あ、それそれ!うどんでもいいじゃん!ご飯の代わりにさ!」
「……。余計にあるかぁっ!アホンダラがあああぁぁぁーーーっっ!!!」
「何で怒るのさー!」
ラーメンは無いがうどんは有る。うどんは遣唐使が持ち帰った『
だから、うどん自体は有る。有るのだが、小麦粉自体が希少で高価。うどんはとんでもない高級食となっている。何しろ、日の本の人々は米ばかり作るからだ。
順慶のあまりにあまりな発言に順政は怒髪天を衝く勢いで叫んだ。彼に髪の毛は無いが。
「という話をしたのじゃ」
「米が無いならうどんを食べればいいとか」「何を言ってるんだ、ご当主は」「……まともな感性を持っているのか?」
「それで?順慶を大和国の内政に関わらせる為に連れ戻すのじゃな?」
「「「現状維持でお願いします!!」」」
話を聞いた筒井家臣達は皆一様に口を揃えて『現状維持』を訴えた。どう考えても、順慶にまともな内政感覚があるとは思えなくなったからだ。
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【あとがき】
順慶くんの正室は信長さんの三女秀子ちゃんですニャー。さて、何歳でしょうニャー。ヒントは長女五徳ちゃんは現在で5歳ですニャー。
最近は私生活や仕事でいろいろありまして、書く気力がなかなか戻りませんでしたが、そろそろ書けるといいニャーと思いますニャー。
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