ドリーマー
土芥 枝葉
月曜日(1)
帰りのホームルームが終わると、僕は誰に構うこともなく、また構われることもなく、そそくさと教室を出た。漫画を読んだりゲームをしたりと、帰ってやるべきことが山ほどある。
秋が近づいているのだろう、日が短くなってきたように感じられる。普段から身の回りの情緒に見向きもしない僕は、そんなことを考える自分をおかしく思った。季節が変わるからといって何が起きるわけでも、何かをしたくなるわけでもないのに。
帰り道、踏切の遮断機が降りていて、その脇にうちの高校の女子がしゃがみ込んでいた。横顔を見て、同じクラスの山城だと気づく。彼女はちょこんと座る野良猫にスマホを向けていた。写真でも撮ろうとしているのだろうか。
突然、猫が動いて僕の足下に寄ってきた。山城もそれを追うように、スマホを構えたままこちらに向き直る。彼女のスカート丈は短く、ピンクのパンツが丸見えになった。僕がおろおろしている内に、猫は構うなと言わんばかりに走り去ってしまった。
「川相君じゃん」
山城はすでに立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべていた。彼女の下着が頭をよぎって言葉が出てこない。
「や、やあ……」
ぎこちない返事をした僕はそれ以上何も言えず、そのまま山城の横に並び、遮断機が上がるのを待った。彼女は特に表情の変化を見せないで、比較的感じ良く、爽やかに佇んでいた。
きりっとした顔立ち。肩の下まで伸びた綺麗な黒髪。胸にボリュームはないものの、腰から下は割合肉付きが良い。山城は僕の好みとは少し違っていたが、美人であることには変わりなかった。ただ、ほとんど喋ったこともなかったし、彼女に恋心を抱いているわけでもない(そんな不毛な行為は中学で卒業した)。
不審に思われそうなので、それ以上彼女を盗み見するのはやめた。僕たちは何も語らず、ただ前を向いて、電車が通過するのを待ち続けた。
僕の名は川相豪介というのだが、ひょろひょろとして頼りなく、無口で人付き合いが苦手な自分には過ぎた名前だと思っている。学校での評判も自己評価と概ね変わらないようで、影が薄い僕はゴーストというあだ名で呼ばれていた。「ごうすけ」という音にかけたのだろう。それがコードネームであればそれなりに格好良いのだが、どちらかと言えば馬鹿にしたネーミングに違いなかった。
その名が示すとおり、僕は誰とも話をせず、時には気づかれることすらなく、さながら幽霊のように高校に通った。今年二年生になったが、大した変化もない。
とはいえ、面と向かっていじめられるようなこともなく、基本的には放っておかれるだけだった。必要があれば口を利いたし、無視もされない。要するに、誰も僕に必要以上に干渉することはなく、僕もまた彼らに対してそうした。僕にしてみれば、それは理想的な関係だった。
そういうわけで、横に立つ山城とも良好な関係を築いているとは言えなかったが、仲が悪いわけでもなかった。要するにただのクラスメイトだ。
やがて電車が駆け抜け、山城の髪がふわりと舞った。遮断機が上がると、彼女は「じゃあね」と言って先に歩き出した。珍しいこともあるものだ。僕も「じゃあ」と返事をした。彼女は小走りに踏切を越え、向こうの角を右に曲がった。
よし、と胸の中で呟いて、僕は今日の「パートナー」を山城に決めた。
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