第160話 魔王の正体

 魔人の群れを前に、それまで火花のごとく弾けていた連合軍の勢いは急速の衰えていってしまった。


「くっ! 怯むな! 進めぇ!」


 アデムが鼓舞するが、兵たちの士気は上がらない。

 

「…………」


 そんな中、優志もまた他の兵士同様に顔が青ざめ、足が震えはじめていた。一対一ならば回復水の剣――聖水剣でなんとかできる。だが、百体以上はいるだろう魔人を同時とするのはさすがに難しいと言わざるを得ない。

 さらに兵たちの戦意を削いでいたのが、「魔人は元人間である」という事実。

 優志の回復水の剣により、魔人化の効果が切れて元に戻ったベイルの存在がちらつき、攻撃できずにいた。かといって優志に頼ろうにも敵の数が多すぎる。

 万事休す。

 誰もが脳裏に絶望的な結末を描いた。


「くそっ!」


 それでも、優志は一歩踏み出した。

 負けられない。

 頭に浮かぶのは――リウィルの顔。そして、


『娘を頼んだぞ』


 死を覚悟した悲壮なる決意を優志に託し、真田と対峙したニックの顔だ。


「ゆ、優志さん?」


 心配そうに優志の顔を覗き込む美弦。


「大丈夫……必ず俺がなんとかする」


 剣の柄を握る手の力が増す。

 それに呼応してか、剣を形作る回復水が黄金の輝きを放ち始めた。


「! ゆ、ユージ殿!?」


 最初に異変を察知したのはゼイロだった。見ているだけで体の芯から温まってくるかのような不思議な光。それを目の当たりにした兵たちの顔つきから漏れなく不安さが消え去っていった。

 それとは反対に、魔人たちは光を前に苦しみ始めていた。


「必ず生きて帰る……俺はこれからもあの店を続けていきたい。リウィルと一緒に!」


 そう胸に誓った瞬間――聖水剣が弾けた。

 まるで決壊したダムのごとく、剣を形作る回復水が溢れ出した。その水はやがて意思を持った生物のように動きだし、矢の形状となって百体以上の魔人目がけて放たれた。


「ぐああああ!」

「ごおおおお!」

「ぬうううう!」


 次々のと魔人たちを貫く回復水の矢。

 精度は百発百中で、狙った獲物を逃さない。


「す、凄ぇ……」

「あれが宮原さんのスキルか……」


 若き勇者たちが呆然と見つめる中、回復水の矢による猛攻はしばらく続き――およそ五分後にそれは終わった。


 結果、魔人の群れは完全に消滅。

 倒れた魔人の中には人間の姿に戻りつつある者もいた。


「す、凄いですよ、宮原さん!」

「ホント……超驚き!」


 三上と安積が笑顔で優志の奮闘を称える。

 さすがに百体同時に相手をするには勇者であっても厳しいところがあったので、優志の活躍による勝利はとても大きな意味があった。


「これで残すは魔王ただひとりだ」

「でも、その魔王というのは俺たちと同じ世界の人間なんですよね?」

「ああ……まさかシンが魔王だったとは」

「シン? 伝説の冒険者の?」

「その人って私たちと同じ世界の人だったんですか!?」

「そうだ。本当の名前はタチカワ・シンタローという。召喚された当初は今のユージ殿と同じくらいの年齢だった」


 そう語るアデムの表情は冴えない。

 やはり、冒険者シン――タチカワ・シンタローという人物を召喚する際に何かが起きたのは確かなようだ。


「一体、何が――」


 優志がさらに追及しようとした時、突如城内に響いたのは翼竜型魔獣の雄叫びだった。


「!? あの空飛ぶヤツか!」


 兵たちは一斉に天井へと視線を移すが、その時にはもう遅かった。急降下してくる翼竜型魔獣の狙いはたったひとり。


「うわっ!?」


 急カーブを描いて兵たちの頭上スレスレを飛んでいた翼竜型魔獣は、優志の両肩を足でがっちりと掴むとそのまま上空へと持ち上げた。


「!? 優志さん!!」 

「任せろ、高砂! 俺があの魔獣を倒す!」

 

 攻撃魔法を放とうとしていた橘を、武内が急いで止めた。


「よせ! 橘! 今魔獣から解き放たれると、宮原さんがあの高さから落下するぞ!」

「! ちくしょう!」


 地面を強く蹴って悔しがる橘。

 一方、武内はアデムへ提案を持ちかける。


「アデム団長! 俺たち勇者であの魔獣を追います!」

「だ、大丈夫か!?」

「任せてください! 必ず宮原さんを救って戻ってきます! 行こう、みんな!」

「「「「おう!」」」」


 六人の若き勇者はさらわれた優志を救い出すため、魔王が待ち構えていると思われる城の最奥部へ向けて出発した。

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