第146話 再会と変化

 優志たちの危機を救ったのは日本人の少年であった――が、よく見ると彼一人だけではないようだ。


「こっちです!」

「急いで! 追手がきます!」

 

 少年の背後からさらに二人が現れた。

 一人は肩口まで伸びる茶色の髪に銀色のピアスをしたいかにもなギャル少女。もう一人はスポーツ刈りをした少年だ。

 合計で三人。

 突然現れた助っ人に呆然としつつ、ともかくこの場から脱け出さなければという思いもあって彼らの方へと走り出す一同。

 その時、優志に抱えられていた美弦が叫んだ。


「武内くん! 安積さん! 上谷くん!」

「! その声――もしかして高砂か!」


 こちらに合流した武内と呼ばれた少年が美弦の名を知っている――やはり、彼らは、


「美弦ちゃんと同じくこの世界へ召喚された勇者たちか」


 勇者として召喚されただけあり、彼らの力は凄まじかった。安積と呼ばれたギャル少女は雷系魔法の適性があるようで、自慢の雷撃で竜型魔獣を蹴散らしていく。もう一人の上谷という少年は剣術が優れているらしく、後から湧いて出てきた大ムカデを一瞬のうちに真っ二つにしていた。


「動ける者は南へ進め! 急ぐんだ!」


 ゼイロ副団長の指示が飛ぶ。

 上空から自分たちを襲っていた翼竜型魔獣たちがあっという間に倒されていく光景を目の当たりにした兵士たちに落ち着きと士気が戻り、怪我人をフォローしながら南にある別の駐屯地を目指して移動を始めた。


「驚いた……まだあんなに若いっていうのに、ものの数分で増援を壊滅しかけていた魔獣どもを一掃しやがった」

「さすがは召喚されし勇者――ということでしょうね」


 ボロウとジョゼフは呆れと感心が入り混じったような感想を述べた。その横に立っていた優志は、男子高校生と女子高生が圧倒的な力で魔獣たちをねじ伏せていく光景は、なんだかマンガのワンシーンみたいだと他人事みたいなことを思っていた。


「怪我はありませんか!」


 とりあえず、目先の危機が去った後、優志たちのもとへ駆け寄ってきたのは特にこれと言って外見上の特徴がない、いわゆる「普通の男子高校生」を絵に描いたような少年――武内であった。


「あ、ありがとう、助かったよ。おかげで怪我人もなしだ」

「それはよかったです」


 優志からの報告を受け、爽やかに微笑む武内。――と、優志の腕に掴まっていた美弦の手の力が強まる。

 そこで優志は察する。

 美弦は戦うことが怖くて勇者から外れた。

 そのことで彼らに対して引け目があり、顔を合わせられないようだ。


「高砂」


 武内から名前を呼ばれた美弦の体がビクッと小さく跳ねる。


「君も怪我はないか?」

「う、うん」

「……俺たちを助けに来てくれたのか?」

「!」


 武内の言葉を受けて美弦が顔を上げる。

 そこには、武内だけでなく、安積と上谷の姿もあった。

 三人の顔を見た美弦の目から涙がこぼれる。


「ご、ごめんな、さい、わ、私、こ、怖くて、怖くて、でも、ずっと、みんなのことが、気になっていて」

 

 途切れる言葉を必死に紡いで謝罪する美弦。

 三人は「やれやれ」といった感じに肩をすくめていた。


「まあ、最初に逃げ出した時はどうしてやろうかと思ったけど……こうして助けに来てくれたわけだし、これからしっかり働いてくれればいいわ」

「だな。とっとと魔王をぶっ倒して帰ろうぜ」

「あ、あじがどお(ありがとう)!」


 四人の若者は笑い合っていた。

 優志は他の勇者たちが美弦を「裏切り者」としているのではないかと心配をしたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。

 

「そういえば……」


 感動の再会を果たした美弦たちを眺めていた優志は残りの勇者の存在が気になった。

 この場にいる四人と、国王の風呂造りの際に会った真田猛。そして、戦勝パレードの時に遭遇した三上浩輔。これで六人。確か、勇者召喚によってこの世界へ来た若者は全員で七人だったはずなので、あと一人足りない。


「例の駐屯地にいるのか?」


 他の三人に尋ねようかとも思ったが、今の美弦たちの間に割って入るのは野暮だろうと後回し。優志はボロウやジョゼフたちに守られながら、南を目指して進む。



 その後、体勢を立て直し、おまけに勇者の加勢という心強い味方を得た増援部隊は、道中襲ってくる魔獣たちを退けてようやく駐屯地へとたどり着いた。


「ここで少し落ち着けるはずです」


 武内が言うように、そこは小さくはあるが砦があって、守りは万全のように見えた。


「最初からこっちへ召喚してくれたらよかったのに」

「なんでも、魔王軍にこちらの情報が漏れているとの噂があったので、フェイクの情報を入れておいたんです……けど、実際にはそのフェイクさえ見破られた」


 武内は言葉を選んでいるように映った。

 恐らく、騎士団上層部はそう見ていない。

 裏切り者がいることが決定的となった――そういう捉え方をしているだろう。


「厄介な戦いになりそうだな」

「最初からそのつもりだったろう」


 ダズとエミリーは変わらず強気。

 ボロウ、ジョゼフ、グレイス、ザラも闘志は失っていない。

 一番変わったのは美弦だ。

 ただ、それは悪い方向での話ではない。


「行きましょう、みなさん。――最後の戦いへ向けて準備を整えないと」


 もう恐怖に泣きじゃくる美弦の姿はない。

 そこにいたのは立派な「勇者」であった。

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