第126話 魔人の正体

「魔人……だと?」


 それはあまりに予想外な乱入者であった。

 優志の顔から血の気が引いていく。


 なぜここに?

 どうしてここに?


 どれだけ考えても解決の糸口さえ見つけ出せない質問が頭の上を旋回する。

 優志はジッと魔人を見つめる。

 現れた魔人から放たれているオーラは、ベルギウスの連れていたバルザと初めて会った時の感じに似ていた。

 つまり、


「オオォ……」


 ヤバい――と言いたいところだが、今の段階ではバルザと決定的な違いがあった。

 それは一切の狂気を感じないこと。

 ダンジョン内で初めてバルザと対峙した時、優志は死さえ覚悟した。あの肌を突き刺すような殺気は今も鮮明に心に刻まれている。


 しかし、あの魔人からはそういった類の気配をまるで感じない。

 辺りを見回すようにスローな動きで頭を右へ左へと動かしていた。

 その仕草は、


「……戸惑っている?」


 例えるなら、「目が覚めたら知らない場所にいた」――そんなふうに優志の目には映った。これまで、優志が遭遇してきた魔人たちは問答無用で襲ってきたため、あのようにゆったりとした者は初めてだったからだ。


「な、なんなんだよ、ありゃ」

「迂闊に近づくのは危険だ、ボロウ」


 ボロウは魔人を初めて見るようで、目の前に現れたモノが一体なんであるのか正確に把握できていない様子だった。そのボロウのすぐ近くにはトニアが横たわっていた。先ほどの衝撃が原因で気を失ったようだ。


「ボロウ、あいつは魔人だ」

「何! あれが……」


 優志が魔人だと告げると、ボロウは驚きに目を見開いた。


「あいつは危険だ。――けど、今のあいつは何か様子がおかしい」

「おかしい? なぜそう言える?」

「俺はもう二度も……いや、戦勝パレードの時も含めれば三度魔人と対峙しているが、いずれも恐ろしいほどの力を見せつけられた。あれは普通の人間では到底太刀打ちできる相手じゃない」

「…………」


 ボロウの顔がみるみる青くなっていく。


「でも、今はなんだか変なんだ。あいつからは、およそ闘争心と呼べるものを何一つ感じ取ることができない」

「そ、そうなのか」

「だから今のうちに――ヤツの意識がハッキリとしていない間に、トニアお嬢様を安全な場所へと避難させよう」


まずトニアの安全を確保することを優先させようと提案する。


「それもそうだな。よし、俺がお嬢様を連れて行く」


 そう言って、ボロウは気絶しているトニアを抱きかかえる。


「おまえも来い、回復屋。おまえのスキルはすげぇと思うが、明らかにおまえ自身は戦闘向きじゃないだろ?」

「その通りだ。お供するよ」


 優志としても、まともに魔人とぶつかろうなどとは微塵も思っていない。できるならすぐにでもこの場から立ち去りたいと願っていたので、ボロウの提案は大変ありがたかった。


「ヤツに気づかれないよう静かに行こう」

「ああ。ただ、急ぐ必要はあるぞ。さっきの騒ぎを聞きつけた使用人たちがすぐそこまで迫っているはずだ」

「だったら彼らにここへ近づかないよう警告しないと」


 ここへ近づく者はまだ魔人の脅威を知らない者がほとんどだろう。

 迂闊に接近してあの魔人を刺激してしまったら――最悪、この場にいる全員が皆殺しなんて未来もあり得なくはない。

 だが、対抗手段がないわけではない。

 

それは――優志のスキルだ。

 

 以前、ダンジョンでバルザと遭遇した際、優志の回復水を飲んだことで動きを封じることができた。優志の回復スキルは、魔人たちにとってダメージを与える攻撃手段として作用することがわかっている。


 もし、あの魔人がこちらに敵意を剥き出して襲って来たら――その時は、回復スキルを逆に武器として優志が戦わなくてはならなくなるだろう。


「覚悟はしておくべきか」

「あん? 何か言ったか?」

「いや、なんでもない」


 最悪のケースを頭に入れておきながら、優志はトニアをおんぶするボロウと共に魔人へ気づかれぬよう部屋を抜け出そうとする。

 

「う、うぅん……」


 ちょうど扉の前に来た時、ボロウの背中で気を失っていたトニアが目覚めた。

 優志は咄嗟にトニアへと近づき、人差し指を口元へ運んで「しー」と静かにするようジェスチャーすると、簡単に状況の説明を始めた。


「落ち着いて聞いてくれ。今、この屋敷にあり得ない敵が現れた」

「て、敵?」


 トニアの顔が引きつる。

 その心配を解消させるため、優志は努めて明るく、そして冷静に話を続けた。


「でも心配する必要はない。俺とボロウで君を安全な場所まで避難させる。その間に、きっと敵は使用人たちに怖気づいて逃げ出してしまうさ」


 当然、使用人たちが束になって取り押さえにかかっても、あれが魔人である以上は止めようがないだろう。それでも、怖がるトニアを安心させるために優志は嘘をついた。


 トニアも、優志の落ち着きぶりと冷静な説明で事態がそれほど逼迫したものでないと判断したのか、引きつっていた表情に柔らかさが戻りつつあった。そうした精神的余裕が生まれたからか、トニアはこれまで目を背けていたその「敵」へと視線を移した。


「!」


 途端に、再び表情が引きつり、そして、


「嘘……お父様!! どうしてお父様が!!」


 魔人に向かってとんでもないこと言い放った。

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