第95話 招待
「ベルギウス様? 何か御用ですか?」
すっかりベルギウスの登場に耐性がついた優志はさも当たり前の光景であるかのように次期国王候補を迎えた。
「ここのところやたらと仕事が忙しくてねぇ。君の店でゆったりと風呂に入ったあと、おいしいコーヒー牛乳でもいただきたいところだが……まあ、今が一番の踏ん張りの時期でもあるわけで――」
「とっとと用件を仰ってください」
「だんだん君も容赦なくなってきたね、リウィル」
なぜだか満足げなベルギウス。
もちろん、ただリウィルに罵られるためにきたわけではない。
「今日ここへ来たのは君たちを招待するためさ」
「招待? どこへですか?」
「王都で行われる戦勝パレードさ」
「戦勝? ――てことは、もしかして魔王は倒されたんですか!?」
ざわっ!!
周りの客たちからの視線も一点にベルギウスへと集められる。
だが、ベルギウスは飄々とした態度を崩さず、
「騎士団がそう言っているんだ。勝ったも同然と思っているのだろうね」
そう告げた。
「騎士団が?」
その名を聞いて真っ先に思い浮かべた人物は、フィルス国王の風呂を造った際に知り合ったゼイロ副団長と真田という優志と同じく召喚された若者だった。
「まだ戦ってもいないのに戦勝パレードなんて気が早過ぎるのでは?」
あえて言うなら戦勝(仮)パレードに改名すべきだ。
――だとしても、あまりに気が早過ぎる。
優れたスキルを持つ真田――その真田と同等の力を持つ者が5人いる。
ダンジョン内で魔人を打ち破った美弦の召喚術を考えれば、たしかに勝てる可能性は高いかもしれない。しかも、美弦曰く、真田を含む他の召喚者たちは自分以上に戦闘特化のスキルを持っているとのことだった。
「君の懸念は実にもっともだ。――僕もまったく同じ意見だしね」
珍しく、神妙な面持ちで語るベルギウス。
「正直なところ、騎士団は召喚者たちの力を過信している節が見られる。……彼らはたしかに強い。だが、まだまだ経験不足と言わざるを得ないね」
「それでも、彼らは魔界へ向かったのですよね?」
「…………」
優志の言葉に、ベルギウスは少し間を置いてから、
「我々は……彼らに背負わせ過ぎたのかもしれない」
そう答えた。
「彼らは優秀なスキルを持ち、とても真面目な性格だった。この世界で君たちの力が必要だと告げた時、困惑と葛藤を繰り返しながら――我らに協力をしてくる道を選んでくれた」
だからこそ、人々は魔王討伐に夢を見た。
そしてその夢はもう叶う直前まで来ている――騎士団はそう判断して戦勝パレードを計画したとベルギウスは続けた。
「今回のパレードは5人の勇者を支援するために送り込むおよそ1200の兵士を激励するためのものだ」
「1200も……」
「同盟国の兵も入っているからね。それに、合流している兵の数はすでに合計で6000を越えている。過去最大の軍勢だ。――これで魔王を討つ」
勇者5人+兵数6000人。
これだけの大軍勢ならば、たしかに魔王を討てる可能性は非常に高い。
だが、優志には気になる点があった。
「その魔王って……誰か直接見た人がいるんですか?」
「いや、未だかつて誰ひとりとしてその姿を見た者はいない」
「姿を見た者がいない……」
これまで、「魔王」と呼ばれる者の名前だけは何度も聞いてきた。しかし、そのどれもが抽象的というか、実体の掴めぬものばかり。
魔王の見た目は?
魔王の声は?
魔王の力は――
その何もかもがハッキリとはしていない。
以前、ガレッタも言っていた。
『私は魔王という存在に懐疑的な意見を持っている』
もしかしたら――魔王という存在はいないのではないか。
「……魔王の正体がわからないまま魔界へ向かって大丈夫でしょうか」
「たしかにね。敵の正体がわからない――情報がほとんどないというのは不安要素と言っていいだろう」
ベルギウスもまた、魔王の正体が不明だという点に疑念を抱いているようだった。
しかし、確定的な情報に乏しくても、魔王討伐を急がなければならない理由があるということもまた事実であった。
「これ以上、魔人による被害が増えるともう手の施しようがなくなってしまう。その恐れもあるんだよ」
「魔人……」
優志はダンジョンでその脅威を目の当たりにしている。
美弦クラスの使い手がいれば対応できるだろうが、恐らくあそこまで戦えるのは召喚者であるからだろう。並みの使い手では歯が立たない。
「魔界からこちらの世界へ侵入してきている魔人の数は日に日に増えてきている。彼らの実戦経験を増やし、万全な状態を整えるには――あまりにも時間がなさ過ぎる」
「悠長に構えているわけにはいかないってことですか」
「そういうわけだ」
そこまで語ると、ベルギウスは優志に背を向けた。
「戦勝パレードは明日の午後から王都で行われる。君たちが来るというなら特別席を用意して待っていよう」
「……わかりました。行きます」
「そう言ってくれると思ったよ」
ベルギウスは最後にフッと小さく笑って、店を出た。
「ゆ、ユージさん?」
異様なふたりの雰囲気に呑まれて口を挟む余裕がなかったリウィルが、ここへきてようやく口を開いた。
「すまない、リウィル。それに美弦ちゃん――話の流れで参加することになった」
「わ、私は別に構いませんが」
「私もです」
リウィルと美弦は王都へ向かうことへ反対はしなかった。
しかし――どこか悲しげに映る優志の横顔が気になっていた。
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