第87話 喋る魔人

「あいつ……今喋ったぞ!?」


 パーティー内に戦慄が走る。

 それと時を同じくして、感動の再会の余韻から覚めたジョゼフとザックが事の異変に気づいてこちらにやって来た。


「い、一体何が!?」

「な、なんだアレ!?」


 紫色の肌をした人間のような生き物を前に、ジョゼフとザックから驚きの声があがる。

 一方、


「すぐに撤退します! 入口へ向かって走ってください!」


 トラビスはすぐさま指示を飛ばす。

 こうした非常事態にこそ、瞬時の判断が生き死にを分ける――若いながらも積み上げてきた経験から、「ここは逃げるべき」と咄嗟に結論を出してそう叫んだのだ。


 戦闘素人ではあるが、これまで何度かモンスターと遭遇している優志にも伝わっている。



 ――あの魔人はヤバい。



 何がどうと詳しく解説はできないが、しいて言うなら「気配」だろうか。

 何者にも屈しない強者のオーラ。

 それが全身から溢れ出ている。

 そんな気がしてならない。


「ユージさん!」

「! お、おう!」


 魔人の放つ異様な気配に呑まれていた優志は、トラビスの叫び声で我に返るとダッと地面を蹴った。


「ジョゼフ! ザック! こっちだ!」

「は、はい!」


 優志が走りながらジョゼフとザックを誘導する。

 その背後から、3人を援護するようトラビスたちが戦闘態勢に移る。先ほど吹っ飛ばされたメンバーも立ち上がり、戦闘に参加していることから、大事には至っていないようだ。


「血気盛んなことだ……しかし、相手との力量をしかと確かめてから剣を向けるべきだな」


 魔鉱石をかじりながらゆっくりと近づいてくる人語を話す魔人。

 その声は、成人男性のように聞こえた。

 さらにその口調からはどこか知性的な感じさえ匂わせる。

 

「くっ……」


 トラビスは剣を構えつつも、メンバーにアイコンタクトで次の行動を伝える。

 すでに優志たちとはかなりの距離が開いている。

 退路の確保は成功と見ていい。

 あとは、


「…………」


 言葉を一切発しなくなった目の前の敵が――いや、正確に言えば、敵なのかさえ不透明なのだが、この異形な姿の生命体が、自分たちをどう見ているのかが気になった。


 先に仕掛けたのはこちらだ。


 向こうが攻撃に転じることも考え得る。

 しかし、思いのほか相手の出方がハッキリとしない。

 

 相変わらず、魔鉱石をガリガリとかじりながら、トラビスたちを見回して、何やらぶつくさと呟いているようだが、行動自体は何も起こさない。


 ならば、


「こいつで!」


 トラビスは胸元に忍ばせていたアイテムを地面に叩きつけた。

 その瞬間、もくもくと煙が立ち昇り、辺り一面を真っ白に染め上げた。


「煙幕弾を使ったのか」


 背後を振り返った優志はトラビスが逃げるために煙幕弾を用いたのだと理解する。


「急げ! 足がちぎれるくらいの勢いで走れ!」


 必死に仲間たちへ訴えるトラビス。

 

 相手に敵意を感じなかったとはいえ、その不気味なオーラはトラビスたちに恐怖感を与えていた。これまで、もっと大きく、もっと凶暴なモンスターと幾度となく対峙してきたトラビスたちでさえ、それほどまでに怯えてしまう――あの魔人の持つ底力は計り知れないものがあると優志は感じ取った。


 ともかく、煙幕弾によって魔人から視界を奪い、距離を離すことには成功した。


 これで余裕をもって出口に――


「遅ぇな」


 いけると踏んでいた優志たちであったが、それは叶わぬ願いとなる。


 突如として舞い込んできた突風。

 それにより、白煙はあっという間に消し飛んでしまった。

 さらに驚いたのが魔人の立っている位置。

 つい先ほどまで、先頭を行く優志たちの遥か後方にいたはずが、突風が吹き荒れたと思った次の瞬間にはなぜか優志たちの目の前に立っていたのである。


「ちょうど今食っていた魔鉱石はストームってヤツでね。……まあ、運が悪かったな」


 魔人の言葉から察するに、恐らく、食べた魔鉱石が持つ効力をそのまま自分の能力として使用することができるようだ。


 呆然とする優志たちに対し、魔人はそっと人差し指を向けた。


 一体何を――と、思うよりも先に、本能からなのか、優志は咄嗟にその場から移動する。


 ズダン! ダン!


 直後、激しい音がダンジョン内に響いた。

 振り返ると、ついさっきまで優志が立っていた場所――その地面は、まるで重機で削り取ったかのように抉れていた。もし、あのままあそこに立っていたとしたら――そう考えるだけで寒気がする。


「いい反応だな。ま、今のは避けられるようにわざと遅めに放ったんだけど」


 魔人はストームの魔鉱石の効果を利用してかまいたちを生み出し、それを優志目がけて放ったようだ。優志は魔人の能力と抉り取られた地面を見てそう答えを出した。


 それとわかったことはもうひとつ――魔人は遊んでいる。


 攻撃を仕掛けてきた冒険者をその場で返り討ちにせず放り投げたり、わざと避けられるくらいの隙を作って優志に恐怖心を植え付けたり――精神的にも肉体的にも弱っていく獲物をいたぶり、その様を存分に楽しんだ後で殺す。そうした、殺人を快楽のように捉えている節が見えた。


「さて、お次は……」


 魔人は品定めをするように優志たちを見回す。そして、


「決めた。――おまえだ」


 魔人が次にターゲットとしたのはトラビスだった。

 指先がトラビスを捉え、再び突風が起こる。


 身構えるトラビス。

 援護に回ろうとする冒険者たち。


 ――が、


「なんちゃって♪」


 魔人は踊るような軽快なステップで体を回転させ、ちょうど反対側にいたザックへとかまいたちを放った。


「しまった!!」

 

 逆を突かれる格好となった冒険者たち。

 このままではザックに直撃する。

 誰もが目を瞑った――その時、

 

 ガギン!


 鈍い金属音が響き、その直後、



「息子はやらせんぞ」



 怒りの混じる野太い声がした。

 その声の主は、


「じょ、ジョゼフ?」


 巨大な斧で愛する息子を守り、優志が困惑するほどの怒りに満ちた表情を浮かべて魔人を睨むジョゼフであった。

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