第68話 国王の願い
次の日の朝。
余計な心配をかけないよう、ライアンと美弦には「王都へ行ってくる」とだけ告げたが、リウィルだけには真実を話しておこうと部屋へ呼び出した。
「!?!?!?!?!?」
案の定、無言で死ぬほど驚いていた。
「な、なななな、なんでフィルス国王陛下が!?!?」
「俺にもわからないが……お目当ては俺のスキルらしい」
優志のスキル。
それを耳にしたリウィルは驚きの顔から一転して心配そうなものへと変化する。
「それって……国王陛下専属の回復係に任命されるとか?」
「……どうだろうな」
実を言うと、優志もそれを懸念していた。
優志の回復スキル――その絶大な効果により、不利に傾きつつあった魔王討伐部隊の戦況は見事にひっくり返された。
その功績を生み出した優志を、国王が放置しておくとは思えない。国王自らが「会いたい」とガレッタに依頼するあたりに本気度がうかがえる。
一度は捨てられた身でありながら、まさかのヘッドハンティング。
以前住んでいた世界ではあり得ないことだ。
「ユージさん……もし、国王陛下から声をかけられたら……」
リウィルの顔色が一層悪くなった。
国王から城へ残るよう頼まれたら――もしその申し出を優志が引き受けたとしたなら、優志のスキルでもっているこの店は自然と消滅することになる。
そんなリウィルの心配を払拭するように、優志は優しく微笑む。
「大丈夫さ。たとえ国王命令であろうと、大金を積まれようと、この店を出ていくなんてことはしないよ。俺はここでの生活が――みんなとのとても気に入っているんだ」
「ユージさん……」
優志の真っ直ぐな気持ちを受け取ったリウィルは静かに頷き、その背中を見送った。
フォーブの街にはすでに優志を迎えるための馬車が停まっていた。
「お待ちしておりました」
品の良い、いかにも「執事」というオーラを醸し出した初老の男性が優志を馬車へと誘導した。
「さすがに待遇が違うな」
城から追い出した者を豪勢な馬車で迎えるという皮肉に、思わず苦笑いが浮かび上がってしまう。
そのまま馬車に揺られておよそ数分。
三度優志はあの城へと戻って来た。
――だが、これまでとは明らかに対応が異なっていた。
「ささ、どうぞこちらに」
これまでとは違い、到着するやいなや手厚く迎えられる優志。
今の優志の立場は追い出された役立たずのおっさんではない――魔王討伐に欠かせない立派な戦力となり得る。
「…………」
優志は複雑な心境で城の廊下を歩いていた。
すれ違う城で働く者たちの目も、最初にこの城へ来た時のもとは明らかに違う。役立たずの男を見る目ではなく、世界を救うかもしれない――それこそ「勇者」の可能性を秘めた男を見るに変わっていた。
そんな視線をひしひしと感じながら進み、案内された場所は城の一室。
広大な室内面積。
それと高い天井。
大きな窓からは城の中庭が見渡せる。
「かつては舞踏会のメインホールとして使用されていたが、老朽化に伴って西に新しいホールが完成してからはすっかり使われなくなってしまってね」
部屋に入り、その様子を眺めていた優志に声をかけた男――その男こそ、
「あ、あなたが……」
「フィルス国王陛下でございます」
フォーブの街で優志を馬車に誘導した初老の執事が告げた。
だが、執事が告げる前から――もっと言えば、ひと目で優志はその人物が国王であると見抜いていた。
何もかもが他の者と違う。
召し物から風格まで――備えた器自体から別格だとわかる。この目の前にいる50代後半ほどの男は、間違いなく「選ばれた者」である。
「よくぞ来てくれた――ミヤハラ・ユージ」
「は、はい」
鋭い眼光に射抜かれた優志は返事をするので精一杯だった。
「これまでの君への仕打ち……本当にすまないことをした」
「い、いえ」
「あのような仕打ちをしておいてこのような願いを君に言うのはおかしいが……」
「構いません。続けてください」
国王と数回言葉を交わしただけで、優志はある事実に気づく。
国王は――ひどく疲れている。
国のトップとして常に毅然とした態度を保たなくてはいけないという気苦労が会話の端々から感じ取れた。
ゆえに、次に国王が言いそうなことを優志は察知し、
「ここを風呂場へ改装する――ということですね?」
「! なぜそれを!?」
要求を先に言われてフィルス王は驚きの声をあげる。
「誰かに聞いたのか?」
「いえ……まあ、経験則ですかね」
「経験、か。噂通りの男だな……スキルだけでは計り知れない人間としての力――いや、実に見事な男だよ、君は」
パチパチと拍手を送るフィルス王。
素直に褒められて嬉しい優志であったが、次第に事の重大さに気づき、だんだんと顔色が悪くなっていく。
「自分で言っておいてなんですが……ここを風呂に改装する、と?」
「その通りだ」
「それはつまり……この城で働くということでしょうか?」
優志は核心を突く質問をぶつける。
超回復のスキル――もし、フィルス王がそれを目当てにして優志に風呂場改装を依頼しているのだとしたら、優志は断固として「NO」の意思を表明するつもりでいたが、
「いや、そうじゃない」
意外にも、フィルス王はこれを否定した。
「そうじゃない――と、仰いますと?」
「ベルギウスから君の店の評判を聞いてね。そこまで周りから信頼され、頼られている店の主人を招き入れたらフォーブの街で活動している全冒険者を敵に回してしまいそうでな」
そう言って、フィルス王は豪快に笑い飛ばした。
「この風呂はあくまでも普通の湯を使う。ただ、君の店にあるような『じっくりと肩まで浸かれる風呂』というのを再現してほしくてな。君にはその監修をしてもらいたい」
「なるほど」
優志の超回復スキルがなくとも、湯に体を浸けることでリラックス効果が生まれ、疲労を回復されるという効果は十分に期待できる。そもそも、本来の風呂とはそういうものだ。
「わかりました。私が全力を挙げ、必ずや国王陛下にご満足いただける風呂をここにお造りします。差し当たり、施工に携わる職人たちはこちらで選定しても?」
「任せよう」
「では、我が店でもその腕を振るったフォーブの職人たちを招集します」
「うむ。期待しているぞ」
こうして、優志の新たな風呂造りが始まった。
ただし、今度の相手は冒険者や街の住人ではなく――国王陛下。
一体、優志はどんな風呂を国王のために造るというのだろうか。
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