第65話 新たな風呂の誕生

 ライアンによって浴場をグレードアップさせるダンジョンの山の絵は少しずつではあるが着実に完成へと向かっていた。


 一方、優志が手掛ける新たな風呂場も完成を目前に控えていた。


「これがその新しい風呂場ですか……」


 仕事の合間に職人たちへ差し入れのフルーツ牛乳を持ってきたリウィルは少し困惑した様子だった。

 その理由はただひとつ。


「これって……狭すぎません?」


 その指摘はもっともだ。

 新しい風呂場の大きさは店内にある浴場の4分の1くらいしかない。おまけに深さもまったくなく、これでは肩まで体を沈めることは不可能だ。


「これじゃあ体を湯に浸けることができませんよ?」

「湯に浸ける必要はないんだ、この風呂は」

「え?」


 体を浸ける必要のない風呂。

 その発想――リウィルには理解ができなかったが、優志と同じ世界出身の美弦にはピンと来たようで、


「これ――もしかして足湯ですか?」

「正解。さすがは美弦ちゃんだ」


 優志に褒められて「えへへ」と照れ笑いを浮かべる美弦。

 その横で、


「足湯? 足専用の風呂ってことですか?」


 いまいちピンと来ていないリウィルは正解を聞いても首を捻っていた。


「たしかに、俺がこの世界へ来て提唱した入浴方法っていうのは裸になって湯船に全身を浸けて疲れを取るというものだった。――けど、こいつは足だけいいんだ」

「足だけで?」

「もちろん、全身浸かった方がリラックス効果という面では大きいのだろうけど、ここの客の半分以上は冒険者だ。特に、重厚な装備を身に付けている者にとってはそれらを取っ払って裸になり、湯船に浸かるという一連の行為を億劫に感じてしまう者も少なくない」

「それはありますね」


 客の応対をするリウィルも、その辺については思うところはあった。

 評判のいい店と聞いて訪ねて来る者が多いのだが、中には装備を一旦外さなければいけないということが引っかかって来店をやめた者もいた


「他にも、裸になることへ抵抗感を覚える人もいました。特に女性に多いですね」

「そういうお客さんたちにもうちの回復水の効果を味わってもらえるよう、手軽に入れるこの足湯を用意したんだ」

「たしかにこれなら足の部分だけ晒せばいいわけですから、面倒臭くも恥ずかしもありませんね。――私も、どちらかというとあまり裸になるのには抵抗があるタイプの人間なので……同性でもなんだか目が気になるんですよ」



「そりゃそんな大きな胸をしていたら同性でも気になって凝視するって」――というセクハラ発言が飛び出しそうになったがなんとか踏みとどまった。リウィルと一緒に入浴した経験のある美弦も察したようで、「たしかに、上下左右に揺れ動くリウィルさんのアレからは目が離せない」と真顔で静かに呟いていた。


「ま、まあ、そういった客のニーズに応えるべく、こうして足湯という新しい形式の風呂を用意したわけだ」

「これはきっと人気が出ますよ! 冒険者以外にも、フォーブと王都を行き来する行商人の方々も同じような気持ちを持っていたようですから、きっと彼らの中からも多数のリピーターが出るはずです!」


 リウィルはすでに足湯の成功を確信しているようだった。

 優志としても、まだオープンしていないが周りの反応から手応えは感じている。


 


 その日の夕方には足湯風呂が完成。

 シートに覆われており、外からは中の様子がうかがえないようになっていた。これは明日のお披露目まで隠しておいて当日にサプライズ的な演出で客たちを驚かせたいという優志の目論見から来るものであった。


 だが、実際に工事を手掛けた職人たちは違う。

 優志はこの日の夜に職人たちを労う意味も込めてこの足湯風呂の最初の客として利用してくれるよう呼びかけた。

 職人たちはこの配慮にいたく感激し、早速工事の疲れを取ろうと足をさらけ出した。


「しかし……本当に足だけで効果はあるのだろうか」


 職人のひとりが不安を口にする。

 完成させておきながらも、やはり彼らの中に疑問が湧かなかったわけじゃない。


 ――だが、その不安は一瞬のうちに吹き飛ぶこととなる。


「じゃあ、お湯を入れていきますね」


優志は早速ヒートの魔鉱石で温まった回復水を足湯風呂へと流し込む。


「むむむ?」


 すると、効果はすぐに現れ始めたようだ。


「おぉ……なんだか体がポカポカしてきたな」

「足だけしか温めていないはずなのに、まるで全身の血液が熱せられているような感覚になるな、これは」

「しかし、なんというか……程よい熱さだ」

「うむ。熱過ぎず、それでいてしっかりと体の芯から熱を感じ取れる。これが足湯とやらの効果なのか」


 生まれて初めて体験する異世界足湯。

 職人たちからの反応は概ね良好だった。

 その様子を見て、


「……ユージさん」

「? どうしたリウィル?」

「私も入っていいでしょうか?」

「いいぞ。ほら、入って来いよ」


 我慢できなくなったリウィルも職人たちと一緒に足湯を楽しむことに。さらに、楽しげな声につられてやって来たライアンも加わることに。


「老若男女問わず――これならいつでも誰でも利用できるな」


 こうして、優志の店に新たな看板となる風呂が完成した。

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