第33話 美弦の切り札

「ギャオオオオオオ!」


 美弦が呼び出した召喚獣が力強い雄叫びをあげる。

 魔人にも引けを取らない巨体のそいつは――



「樹……?」



 そう。

 現れたのは巨大な樹だった。

 梢に緑の葉が生い茂り、太い幹はなんとも言えない逞しさがある。

 ただ、それより優志が気になっているのは、


「樹が吠えるって……」


 それ以前になんで樹なんだ、と優志は怪訝な表情を浮かべるが、その横に立つエミリーは大きな目をさらに見開いて驚愕していた。


「まさか……あれは……」


 怯えたようにさえ聞こえる声に、優志が反応を示した時だった。

 

「お願い、力を貸して――魔樹サンドラゴラ!」


 召喚獣魔樹サンドラゴラ。


 木なのか魔獣なのか。


 そんな些細なことは置いておくとして――主である美弦がその名を呼ぶと、魔樹サンドラゴラは大きく揺れ出した。


 揺れ出したサンドラゴラには徐々に変化が見られ始める。



 枝は重なり合って腕になり。

 根は重なり合って足となる。



 気がつくと、サンドラゴラは人の形状となり、魔人と取っ組み合いを繰り広げていた。


「魔樹サンドラゴラ……書物でその存在は知っていたけど、実物を見たのは初めてだわ」

「俺もだ。そもそも、サンドラゴラの存在は眉唾物だとされていたのだが……まさか実在していたとは」


 ダズとエミリーはサンドラゴラを見上げながら呟いた。

 どうやら知る人からすると相当珍しい生き物であるらしかった。


 珍獣を眺める感覚のふたりだが、優志からすれば巨大な2匹の生物が殴り合い掴み合いの大喧嘩をしているので気が気ではなかった。ちょっとでも油断していたら踏みつぶされるかもしれないという危険もあったからだ。

 

 ズシンズシンと重苦しい音を立てながら魔人と魔樹の激闘が続く。


「おっと! 暢気に眺めている場合じゃない! サンドラゴラを援護するぞ!」

「「「ウオオオオッ!!!」」」


 ダズの一声で、エミリーを含む討伐パーティーはサンドラゴラ援護のため魔人へと立ち向かっていく。巨体のサンドラゴラが味方としていてくれるという精神的な後押しも彼らを勢いづけている要因となっているようだ。


 魔人がサンドラゴラへ殴りかかろうとすると、それを阻止するためダズたちが下方から魔法やアイテムを駆使した攻撃を開始。

 足元からの攻撃に怯んだ魔人は大きくよろけた。

 その隙をサンドラゴラは見逃さない。

 バランスを崩した魔人へ、強烈な右ストレートをお見舞い。直撃を食らった魔人は壁に強く叩きつけられぐったりと項垂れる。


「効いているぞ!」


 討伐パーティーから歓声が沸く。

 たしかに今の一撃は相手に相当なダメージを与えた。素人目に見てもそう断言できる会心の一撃であった。

 ――ところが、



「やった……」


 

 サンドラゴラを召喚した美弦が突然その場に崩れ落ちた。


「美弦ちゃん!?」


 咄嗟に優志が美弦を抱きかかえる。

 魔人と魔樹と戦いに夢中となっていて気づかなかったが、美弦の顔色は悪く、呼吸も荒々しくなっている。


「すいません……サンドラゴラの召喚にはアルベロスを遥かに上回る魔力が必要なんです」


 つまり魔力不足に陥ったため、体調不良になったというわけだ。

 しかし、召喚者がこの調子だと、召喚獣にも影響が出るのではないか。


「あ、サンドラゴラが!?」


 エミリーの叫びが、優志の懸念が正しかったと証明した形になった。


 サンドラゴラは糸の切れた操り人形のごとくダラリと力なく立ち尽くしてしまっている。やはり、美弦からの魔力供給が断たれた影響が出たようだ。


「グウゥ……」


 形勢逆転。

 サンドラゴラによって多大なダメージを受けた魔人であったが、まだ致命傷には至らず、起き上がって反撃に打って出る。

 敵が真っ直ぐに向かって来ているというのに、サンドラゴラは動く気配がない。


「! まずいぞ! サンドラゴラを守れ!」


 ダズの合図で、再び討伐パーティーによる攻撃が再開されたが、一度その攻撃を受けている魔人は屈することなくサンドラゴラへお返しの一撃を食らわせた。


 先ほどとは逆にサンドラゴラが派手に吹っ飛ばされ、ダンジョン内を大きく揺らす結果となった。


「このままじゃ――そうだ!」


 優志は自らのスキルで生み出した回復水を取り出し、


「美弦ちゃん、これを飲むんだ」


 美弦へと与えた。

 傷口を塞ぎ、疲労を取る力がある優志の回復水。

 もしかしたら、失った魔力を取り戻す効果があるかもしれないという一縷の望みに賭けたのだ。


 その賭けは――優志の勝ちだった。


「なんだか……力が湧いてきます」


 優志に支えられていた美弦は自力で立ち上がると、瞑目して再びあの魔法陣を描き出す。どうやら、優志の回復水には狙い通り、魔力さえも回復させる効果が含まれているようだ。


「!」


 それを受けて、サンドラゴラも復活。

 魔人が放つ強力なパンチをガシッと受け止めると、そのまま岩肌へ振り払うようにして投げ飛ばした。


「よし!」


 優志は思わずガッツポース。

 

「とどめです!」


 美弦がカッと目を見開くと、魔樹サンドラゴラは魔人に覆いかぶさった。すると、枝や根がスルスルと魔人に巻きつき、がんじがらめにしてしまう。さらに、


「すべてを奪いなさい――サンドラゴラ!」


 美弦の勇ましい叫びを聞き届けたサンドラゴラは巻きつきを一層強めた。何かをしようとしているようだが、


「サンドラゴラといえば……アレか」

「アレだな」


 エミリーとダズにはサンドラゴラのフィニッシュブローについて心当たりがあるらしい。


「えっと、サンドラゴラは一体何をしようと?」

「サンドラゴラの特性さ。ああやって敵に巻きつき、その魔力を吸い上げるんだ」


 つまり敵の魔力を吸収してしまうらしい。

 その証拠に、魔人の抵抗は徐々に激しさを失い――とうとう指一本動かなくなる。サンドラゴラがその巨体をどけると、その下には魔人の形をした灰だけが残っていた。


「うわあ……」


 なかなかエグイ決着に、優志は若干引くものの、何はともあれ結果として魔人を退治することができたのでよかったよかったと強引に締めることにした。


「よくやってくれたぞ、ミツル!」

「見事だったぞ、ミツル!」

「えへへ」


 ダズとエミリーから褒められて照れ笑いを浮かべる美弦。

 アルベロスやサンドラゴラという強力な召喚獣を従えてはいるが、その素顔は年相応の少女なのだと改めて理解した優志であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る