第9話 この世界で生きる道
「ユージさん!?」
血相を変えて戻って来た優志に、追いかけてきたリウィルは一瞬その必死さに驚いて尻餅をつきそうになるのをなんとか耐えた。
「リウィル! この辺りに水はないか!?」
「水でしたら、あそこに井戸が」
リウィルの指さす先にあるのは飲み水として使用されている井戸。優志はそこへ一目散に駆け寄り、近くにいた近所の主婦が持っていた木のコップを「借ります! すぐにお返ししますから!」と言って返事も聞かずに手にすると、井戸の水を掬い入れて再び廃屋へと向かって全力ダッシュ。
リウィルも置いていかれまいと必死になって優志のあとを追った。
「すまない、待たせた!」
廃屋へと戻った優志は、すぐさまコップへ注がれた水を瀕死の男へと手渡す。
「ただの水じゃねぇか……」
「奇跡を呼び込む万能薬――である可能性が極めて高い水さ」
「なんだよ、そりゃ」
苦笑いを浮かべつつも、男は人生最後の施しだと思い、優志から受け取ったコップに注がれた水を飲み干した。
「うめぇ水だな……こんなうめぇ水は生まれて初めて飲むぜ」
「そいつはよかった」
「何か特別な薬草でも使ってあるのか?」
「いや、すぐ近くの井戸から持ってきた水だよ」
「嘘をつけよ……学のねぇ俺だって、こいつがただの水じゃねぇってことくらいわかる。本当はこいつで元気になった俺から大金をせしめようって魂胆だろ?」
「失敬だな。人の厚意を疑うのはよくないぞ」
「ははは……厚意、か。懐かしい響き……遠い昔に忘れちまった言葉だ。――しかし、本当にうまい水だったな。おかげで生き返ったよ」
男は笑ったあと、空っぽになったコップを残念そうに眺めていた。その顔色は明らかに先ほどよりも良くなっている。
「よかったらもう一杯持ってこようか?」
「……言っておくが、金はないからな」
「金はいらないって言ったろ」
優志はコップを受け取ると、再び水を汲むため廃屋を出る。と、そこへ、
「こんなところにいたんですか」
リウィルがようやく追いついた。
「――て、ど、どうしたんですか、その人!? 凄い怪我ですよ!?」
「ああ。でもだいぶ回復したみたいだ」
「回復って……」
「ちょうどよかった。俺はもう1回水を汲んでくるから、ここでちょっと待っていてくれ」
「へ? あ、ちょ、ちょっと!?」
その場をリウィルに託して、優志は井戸へと走る。
先ほどと同じように溢れる直前ほどまでに注ぎ入れて廃屋に帰還。すると、なんと男は自力で立ち上がれるくらいにまで回復していた。しかし、足元はふらつき、壁に手を添えてなんとか立っているという状態だった。
「お、おい、無茶をするなって」
「これくらいなんてことはねぇ……それより、水をくれ」
「あ、ああ」
優志は持ってきた水を男に手渡す。それを一気に飲み干して、
「カーッッッ!! まさに生き返るとはこのことだ!!」
声高らかに叫んだ男からは先ほどの死相がきれいサッパリなくなっていた。
――同時に、優志のスキル効果の大まかな輪郭が見えてきた。
「俺が触れた水でふたりの人間が体調回復……それも、この人に関してはかなりの重症だったのに」
「? 優志さん?」
「あ、いや――大体わかったよ、俺のスキルの効果が」
優志の言葉を受けて、リウィルは、
「やっぱり、彼が回復したのは……」
「俺の持ってきた水はただの井戸水――けど、それで君の二日酔いと彼の怪我は見事に回復した」
「水が回復効果を媒介している?」
「飲むという限定された行為によるものか、もしくは他にも効果が得られる方法があるのかもしれない。そもそも、水だけじゃないのかもしれないし」
「……わかったことも増えたけど、同時に調査しなければならないことも増えましたね」
「まあ、前進したと思えばいいさ。回復系スキルの需要があまりないとわかった今、焦る必要はないからね。ただ、これを生かした仕事に就けるかもしれないけど」
「スキルを利用した仕事は一般職より賃金が高値になりやすいですからね」
「何を難しいこと言ってんだ、おまえら!」
ガバッと優志とリウィルの肩に手を置いてご満悦なのは、さっきまで大怪我をしていた男だった。
「自己紹介がまだだったな。俺の名はダズ。フォーブという小さな田舎町の近くにあるダンジョンで冒険者をしている」
「あ、俺は宮原優志です」
「私はリウィルです」
「ユージとリウィルだな! よろしく!」
簡単な自己紹介を終えると、大男――ダズは語り出す。
「前の仕事でドジって深手を負っちまったが、おまえたちのおかげでなんとか助かったよ」
「げ、元気になってよかったよ」
「ほ、本当に」
「まったくだ! 怪我の治療で王都を訪ねたはいいが、うっかり金の入った袋をどっかに落っことしてしまってな。しかし、見捨てる神あれば拾う神もある! 本当に今日の俺はツイているぜ!」
テンション上がりっぱなしのダズによる全力のハグで体力を消耗した優志とリウィル。しかし、これほど素直に喜びと感謝の気持ちを贈られて悪い気はしていない。
「何か礼をしたいんだが」
「そんな、お礼なんて」
「そうですよ」
「謙虚なヤツらだなぁ……ますます気に入ったぜ!」
ダズは「がっはっはっ!」と大笑いしてから、
「今度フォーブに来ることがあったら是非とも訪ねて来てくれ。買い取り屋や武器屋で俺の名前を出せばすぐに連絡がつくはずだ。俺で力になれることがあるならなんでも協力をさせてもらうから」
「あ、ありがとう」
「礼を言うのは俺の方だって!」
冒険者ダズは優志たちに改めて深く感謝し、廃屋を出てダンジョンのあるフォーブという町へ戻って行った。
そんなダズとの出会いは、優志の心境に大きな影響をもたらした。
「冒険者か……」
マンガ、アニメ、ゲームといったジャンルを人並みに嗜む優志にとって、そのワードはなんとも惹かれるものがあった。そういった内容のアニメやラノベを読んだことがある人間ならば誰もが一度は夢見る職業。
だが、再就職先としてはあまり向かないという冷静な見方もできていた。
ただでさえ、運動音痴で低ステータス。
モンスターを狩ろうとして逆に狩られる未来は容易に想像できる。
あんないかつい体をしたダズでさえ、失敗するとあれだけの重傷を負うというリスクもちらついている。
「ユージさん……まさか冒険者に憧れていたりします?」
いつまでも動き出さない優志を見て、リウィルが言う。
「まあ、ちょっとくらいは」
「だったら、フォーブを訪れてみては? あなたならば引く手数多だと思いますよ?」
「へ?」
てっきり反対されるものだとばかり思っていたが、意外にも、リウィルは冒険者になることを勧めた。
「俺のステータスが低いのは知っているだろ?」
「ですが、その有用な回復系スキルは重要だと思いますよ」
「でも、回復系スキルは余っているって」
「それはあくまでも魔王討伐に向かうパーティーを選定する際の話です」
「そうなのか……」
「有力な冒険者パーティーに加われば、それほど危険を冒さなくてもいいでしょう。回復系スキル持ちは重宝されるはずです」
冒険者。
ダンジョン。
パーティー。
心躍るワードの連発に、優志は思わず頬が緩んだ。
「では、私は職業斡旋所に行ってきます」
「え? リウィルは一緒に来ないのか?」
「私の持つスキル――検知系スキルはあまり需要がないんですよ。せめて、マップ作図などの索敵系スキルならよかったのですが」
となると、ここでリウィルとはお別れということになる。
――当然ながら、優志はそんなことを認めない。
「俺と一緒に来てくれよ、リウィル」
真っ直ぐに、リウィルへと伝えた。
「来てくれって……私が行ったところで何も……」
「俺のスキルを使って、何か商売ができるかもしれない。――実は、いろいろとやってみたいことができたんだ。それがうまくいけば、きっとフォーブで評判の店になるはずだ。君にはその手伝いをしてもらいたい。もちろん、もし君にその気がないならその時はやめてもらって構わないから」
もちろん、必ず成功するという保証はない――が、自信はあった。
優志の熱意を受け取ったリウィルは、
「……わかりました。もう少しだけ、あなたに付き合います」
優志の提案に乗ることにした。
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