第24話 沈黙の人魚姫ー5
門番たちに捕まって、無理やり連れてこられたのは、薄暗い地下牢だった。
「何もこんな寒いところに押し込むことないだろ! しかもマイまで一緒なんて……」
「全ては魔女様のお考えだ。マイも、先日勝手に外に出て、得体の知れない男と獣一匹を連れ帰った上でこの騒ぎだ。仕置きが必要と考えるのも無理ないだろ。……魔女様も、今度こそお前を外に放り出して魔物の餌にするかもな」
門番の言葉が聞こえているのかいないのか、マイは牢の隅で静かに膝をかかえた。
門番は昼間の丁寧な物腰とは打って変わって乱暴な仕草で牢の鍵を閉めると、階段を上って地下を去っていった。
「ったく……。大丈夫か? マイ」
俺の質問に顔を上げると、マイはかすかにうなずいた。
先ほどよりも俺を警戒している様子はなく、とりあえず急に襲い掛かってくるようなことはなさそうだった。
ただ、まあ……捕まる前に服の下に短剣を隠したのが見えたから、油断は禁物だろうが。
ほどなくして、再び誰かが階段を下りてくる。
もう一度姿を現した門番に両脇を抱えられ、でっかい猫よろしく連れて来られたのは夢見だった。
一瞬だけ牢屋の扉が細く開けられ、その隙間にねじ込むように夢見が押し込まれる。
「ちょっ、いたっ。いたた。もう少し丁寧に扱ってくださいよ……」
文句を言うその表情は、まだどこか眠たそうだった。
四本の足で床に着地してから、夢見は俺の方をうろんな目つきで見上げる。
「あんなに良い待遇だったのに、急に牢に入れられるなんて……まったく、私が眠っている間に何をしてるんですか」
「そう言うお前はなんで大人しく捕まってるんだよ」
「寝てる間に抱き上げられたからに決まってるじゃないですか」
どうやら、獣としての野生の勘など持ち合わせていないようだった。
俺は、夢見にさっき起こった出来事をかいつまんで説明した。
「なるほど。……マイさんは、いったい何を探していたんですか?」
マイはぎくりとしたようにこちらを向く。
どこか後ろめたいようなその表情は、悪戯をした後の子どものようだった。
「……」
マイは小さくため息をつくと、覚悟を決めるように眉を寄せた。
そして、壁に何かを書くようなジェスチャーをする。
「ん……?」
「ペンと紙を欲しがっているようですね」
「……でも昼間、筆談出来ないって言ってたぞ」
「おそらく文字が書けないのではなく、心を開いてなかったので拒否されただけなのでは?」
そうだったのか。つくづく警戒心の強い奴だな。
「ペンと紙なら、普段あなたが使っているものでしょうし、想像すれば難なく出せると思いますよ」
「……やってみる」
自然と、前回盾を想像して鍋のフタを出してしまったことが思い出される。
またアホなものにすり替わる可能性を考えるとあまり気は進まなかったが、マイとコミュニケーションを取るには今のところこの手段しかない。
俺は眉間を寄せて、手の中にメモ帳とペンが現れることを想像した。
魔法のようにマジカルな光がほとばしるわけでも、ポン、なんていう効果音が出るわけでもなく――
拍子抜けするようなあっけなさで、俺の手の中にメモ帳とペンのセットが現れる。
マイはそれを驚いたような顔で眺めていた。
「これでいいか?」
二つを差し出すと、マイはこくりと頷いてそれを手に取った。
そして、ペンでメモ帳に文字を書いていく。
『まずは、巻き込んでごめんなさい』
最初に俺たちに見せたのは、そんな言葉だった。
夢の中でも現実でも、マイはやっぱり妙に素直なところがある。
一番最初にある警戒心のハードルを越えた後は、相手と誠実に向き合うタイプのようだった。
「いいよ別に。それよりも、何を探してたんだ?」
『声。あたしの声』
「……やっぱり、そうだったんですね」
マイは魔女に気付かれないように、夜ごと自分の声を探していた。
でも、どこにも見当たらなかったというわけだ。
そもそも、声がどんな形で保管されているのか、俺には見当もつかなかったが。
「でも、声を取り戻したら、ここにいられなくなるんだろ?」
『知ってる。でも、もともとあたしはこんなところに置いてもらえるような人間じゃないの』
「……それは、魔物を呼ぶ声を持った者として疎まれてるからか?」
マイは首を思い切り横に振って、ここがどんなにいい場所か、文字を綴り始めた。
魔女が本当は優しい人だということ、城の中にはあまりマイに良い感情を抱いていない者もいるものの、最近は話しかけてくれることもあること。
自分がこの城の一員として認められ、今まで知らなかったような優しさを受け取ることもあるということ。
『ここが、すごく素敵なことだってことは分かってる。でもやっぱり、私は外の生き物なんだ。魔物たちに襲われるようなことがあったとしても、外で生きて行かなくちゃ』
マイは最後に、そう結んだ。
「……なるほど。海に焦がれる人魚姫らしい答えですね。現実と重ね合わせると、さしずめ芸能界の売れっ子として囲われている地位から抜け出したい、というところでしょうか。本来マイさんがしたかったこととは違うようですし」
「そうだな」
他人からうらやましがられるような環境であっても、本人がこう言うんじゃ何の意味もない。
「魔女には伝えたのか?」
マイは、またしても首を横に振った。
『この城に、紙やペンはないから』
……なるほど。そもそも物理的に存在しないものとして考えてるってわけか。
普通に考えれば、文字が存在しているのに筆記用具がない世界なんぞ存在しえないが、ここは夢の中だ。
人に気持ちを伝えることは不可能だと思い込んでいれば、それを再現するような世界を作ってしまうものらしい。
「となれば、やっぱり何とかして声を取り戻すしかありませんね」
「牢に入っちゃったけどな」
「仮に出ても、どこに声があるか分かりませんしねぇ……」
どうやら、もう少し考えてから行動する必要がありそうだ。
ふとマイの方を見ると、隠し持っていた短剣を取り出して、鞘に入れたままじっと見つめていた。
「またそんな物騒なもの持って……」
夢の中で、見覚えのある物を実際に具現化させることができるのなら、逆に消すこともできるんじゃないだろうか。俺はふとそんなことを思いついた。
この状況下で、短剣なんてものが役に立つとは思えない。
それに、万が一また俺が刺されそうになるようなことがあれば、それは現実でのマイ自身の身の危険にも直結してしまう。
どうにかして希望を見つけないと、マイはいずれまたあの時のように倒れ、もしかしたらもっとずっと酷いことになるかもしれないのだから。
俺は出来るかどうかの試しがてら短剣を消そうとして――すぐに思い直した。
鞘に入れたまま、短剣をぎゅっと握りしめるマイからそれを取り上げるのは、残酷なことのように思えたからだ。
マイにとって、これはきっとお守りのようなものだ。きっと安易に取り上げていいものじゃない。
とはいえ、常に側で短剣を持っていられるのも落ち着かなかった。
現実での俺たちを思い出していない以上、前回みたいなことがないとも限らないし。
「なあ、その短剣、少し貸してくれないか? すぐ返すから」
マイは不思議そうに首を傾げてから、俺に短剣を差し出した。
俺はまず目の前の短剣をじっと見つめて、その短剣をそのまま写真に撮って画像にするような想像をした。
現像されたものではなく、モニターの中に表示されている画像データとして考える。
そして、あくまでもイメージの中で、隅にポインターを置いてドラッグした。
やがて短剣は、縦横の比率を保ったまま、手のひらに収まるくらいのサイズにまで縮小される。
編集ソフトで簡単な画像加工をするようなイメージだった。
……なんか、こうなっちまうと修学旅行先の土産物屋にあるキーホルダーみたいだな。
思わずそんなことを想像すると、あっという間に手のひらサイズの短剣にキーホルダーの金具がついた。
まあ、アクセサリーみたいでカワイイとも言える。
「わあ……。奇妙な干渉の仕方をしますね」
「うるせえ。少しでも現実的な折り合いつけなきゃ、こんな魔法みたいなことやってられるか」
やや引いているような夢見の呟きにそう返して、俺はマイへそのキーホルダーを差し出した。
「ほら、お守りだ。こうやって持てるようにしとけば安心だろ? お前が心から望めば、きっともとのサイズに戻るから」
意図的に夢に干渉できるからと言って、きっと夢の持ち主の創造力にはかなわない。
だが、それくらいのバランスでちょうどいいだろう。
「……お前、夢の中でも強くなりたいって思ってるんだな」
そう付け足したのは、マイのヒョウ柄に対するコメントが頭をよぎったからだった。
夢の中のマイに通じるかはわからなかったが、マイは少し驚いたような顔をして、はにかむような笑みを見せる。
そして短剣のキーホルダーを受け取って、両手で大切そうに包み込んだ。
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