アナザーサイド―22話 影山さんは振り回される
『園生くんを呼び出すために影山さんの名前を使ってしまいました…。大変申し訳ないのですが、彼になにか尋ねられたら話を合わせてもらえないでしょうか?』
クリスマスイブの前日、小戸森さんからわたしにそんな内容のメッセージが送られてきた。
すぐにピンと来た。これはクリスマスデートであると。
サバトのとき、小戸森さんは園生くんのことを「人間の使い魔だ」と紹介した。でもわたしはすぐに分かった。
――ああ、このふたり、お互い好き合ってるくせに奥手すぎて踏み出せないんだな。
と。
だから「魔女と使い魔は付き合えない」と、ちょっと誇張して脅かしてやったら、まあ出てくるわ出てくるわ、聞いてるこっちが小っ恥ずかしくなるようなセリフ。とくにあれ――。
『僕のいまの望みは、これからもずっと彼女と共に過ごすことです』
思い出すだけでのたうち回りそうになる。
そんなふたりが、イブにデート。こんな面白そうなものを放っておくことなどできようか。いやできない。
だからわたしは、あのふたりを尾行ことにした。
イブの夕刻。園生くんはカラオケ屋の前に立ち、そわそわとしている。わたしはそれを植え込みの陰からそっと覗いていた。
「で?」
わたしは横を向いた。そこには栗色の巻き毛をした女。
「なんで
鏡は垂れ目をさらに困ったように垂れさせ、おっとりとした口調で言う。
「だって
「イブだっていうのに、あんたも寂しいわね」
鏡はきょとんとした。
「全然寂しくないけど?」
――こいつも男ができないな。
女のわたしですらクラっと来るくらいかわいいのに。
「まあいいわ。言ったとおり、あいつらのデートをわたしがどこかから見張っているっていう設定らしいから、しっかり見張らせてもらいましょう」
「おー!」
鏡が右手を高々と上げて大声を出した。道行く人びとが怪訝な顔で見てくる。
「あんた、言った側からなにすっとんきょうな声をあげてるのよ……! 尾行するんだから静かに……!」
「あ、ごめんね?」
口元に手をやって、ぺろっと舌を出した。
鏡はこうやっていつもわたしを振り回すのだ。
――まったく……。
園生くんに目をもどすと、彼はチャラい男に声をかけられていた。内容に耳をそばだてると、どうやらナンパされているらしい。
――ははん。園生くんのかけてるあのメガネ、幻惑の魔法が施されてるのね。
不特定多数に常時発動なんて高度な魔法、小戸森さんには無理だから、多分――。
「あのメガネ、菱川さんが作ったやつね。クリスマスが終わったら貸してもらえないかしら……」
解析して、是非、あの魔法をものにしたい。わたしは自分のメガネをくいっとあげた。
ふと横を見ると、鏡が口をとがらせていた。
「なによその顔」
「だって~、菱川さんのことを話すとき、影ちゃんすごく楽しそうなんだもの」
「なに
「ふ~んだ」
と言って顔をそむけた。
――意味分かんない……。
視線をもどすと、小戸森さんが園生くんの手を引っぱって駆けていくところだった。
「おっと。行くわよ」
わたしたちはふたりのあとを追った。
◇
ハンバーグレストランに入った小戸森さんと園生くん。わたしたちは少し間を置いて入店した。
視界が真っ白になる。メガネが曇ったのだ。
「影ちゃん、はいティッシュ」
鏡がポケットティッシュを一枚よこした。
「ん、ありがとう」
メガネを拭き、視界をとりもどしたわたしは、店員に奥の席へ案内された。パーティションを挟んだ向こう側に小戸森さんたちの頭がちらりと見える。見張るにはちょうどいい席だ。
わたしは通りがかった店員に、小声でホットココアをふたつ注文した。
鏡が抗議の声をあげる。
「え~? わたしアイスクリームパフェとアイスティーがよかったのに~」
「聞いてるだけで寒い……! 外の気温を考えなさいよ。それにトイレが近くなるでしょ」
「……は~い」
不満げに返事をする鏡。
――まったくもう。
しばらくしてやってきたホットココアで手のひらを温めながら、小戸森さんたちの様子をうかがう。
園生くんの「でえっ!?」という大声が聞こえてきた。小戸森さんの旺盛な食欲に度肝を抜かれたらしい。
「やせの大食いは相変わらずみたいね」
「影ちゃんも昔はよく食べてたのに、最近小食よね~?」
「食べても縦に伸びないで横に広がったからね。ってなにを言わせるのよ……!」
「ごめんね~」
くすくすと笑う鏡。
――ほんとにまったく……!
小戸森さんは二人前のハンバーグを平らげたあと席を立った。
わたしたちも会計を済ませ、ふたりのあとを追った。
◇
小戸森さんたちがつぎに向かったのは大型スーパーのディオンだった。
棚のカゴに入ったシュシュを物色する小戸森さんのそばで、人波から彼女を守るように園生くんは立っている。
「なによあのさりげない優しさ。なんであんなに好きなのにさっさと付きあわないのよ。ねえ、鏡――」
と横を見ると、知らないおばさんが怪訝な顔をしていた。
「あ、ご、ごめんなさい。知りあいかと思って……」
おばさんはとくになにも言わずに行ってしまった。
顔がかあっと熱くなる。きょろきょろとあたりを探すも、鏡の姿は見当たらない。
――ほんとに、まったく、もう……!
「あ、影ちゃ~ん」
鏡がエスカレーターを上ってやってきた。手には小さなレジ袋を提げている。
「どこ行ってたのよ、恥をかいたじゃない……!」
「ちょっとポン酢が切れてたのを思い出して」
「イブに生活感出さないでよ……!」
ふと気がつくと小戸森さんたちの姿がなかった。周囲に目をやると、下りのエスカレーターを降りていくふたりの背中が見えた。
「早く! 行くわよ!」
「あ~ん、待って~」
わたしたちは小走りでふたりのあとを追った。
◇
ふたりは一階の食品売り場でケーキを買い、店を出ていった。
慌ててわたしたちも店を出たが、ふたりの姿が見えない。
「見失った……?」
鏡はぽかんと空を眺めている。
「いや、あんたも探しなさいよっ」
「あれじゃない?」
釣られて空を見ると、ちらと白いものが黒い夜空を横切っていくのが見えた。白いものは多分、さっき小戸森さんが買ったケーキの箱だ。
「気づかれた?」
「そんな感じではなかったけど~……」
「とにかく追うわよ!」
わたしたちはディオンの裏側に回り、誰もいない従業員用の出入り口付近まで行くと、魔法でホウキを呼びだして空へ舞いあがった。
「
「くっつく~?」
と鏡はホウキを寄せてきた。
「ちょ、危ないでしょ!? 前にそれで墜落しかけたの忘れたの!」
鏡は朗らかに笑み、遠くを見るような目をして言った。
「そんなこともあったね~」
「いい思い出かのように!?」
愚にもつかない会話をしていると、ケーキの箱がすうっと地面に向かっていくのが見えた。目的地に到着したらしい。
わたしたちも地面に降りて、忍び足で彼女たちが着陸した地点に近づいていく。
そこは学校の裏手にある低い石垣だった。ふたりはその石垣に並んで座っている。わたしたちは道路を挟んだ向かい側のバス停に隠れて、それを覗き見た。
「ここって……ふたりが通ってる『まじ高』よね?」
まじ高、とは
せっかくのクリスマスイブに、わざわざ
「まさか」
――なんかエッチなことを……!
わたしは目を細めてふたりを凝視した。
園生くんがケーキを手にとると、小戸森さんはその上で指を鳴らした。すると小さなオレンジ色の光がそこに浮かびあがった。
ふたりは手づかみでケーキを食べる。魔法の光に照らされるふたりの顔はなんとも幸せそうだ。
空しさが急にわたしの胸を
「……わたしはいったいなにを見せられてるの?」
「影ちゃんが見たいって言ったのよ~?」
「帰ろうか……」
これ以上あれを見せつけられたら身体が砂糖になってしまいそうだ。
とぼとぼと家路を歩きながら、わたしはぼやいた。
「あんな甘い青春、送れる気がしない。一生寂しく過ごすことになりそう」
すると鏡がわたしの前に立ちはだかった。そしてなにを思ったか、わたしをぎゅうっとハグした。
「え、な、な……!?」
鏡の豊かな胸に押しつけられて、苦しいやら羨ましいやら、とにかくいろんな感情が頭のなかを駆け巡る。
「わたしがいるよ」
鏡はそう言って、わたしの頭をぽんぽんと
「……」
わたしはつい二時間ほど前のやりとりを思い出していた。
『イブだっていうのに、あんたも寂しいわね』
『全然寂しくないけど?』
――まあ、たしかに。
わたしも言うほど寂しくはないな。
「ほら、そろそろ離れなさいよ」
身体を離した鏡は悪びれもなく微笑んでいる。わたしはくいっとメガネを上げた。
「メガネは精密なんだから、ぎゅってしたら歪むでしょ。今度からは事前に許可をとるように」
「許可をとったらハグしていいの?」
「ものの
「え~」
などと言いつつ、鏡はくすくす笑った。
「ほ、ほら、帰るよ。風邪ひく」
並んで歩きだす。
「あ、うちでお鍋しよう? 影ちゃんの好きな生姜たっぷり鶏団子鍋」
「いいわね。――あ、さっきの、そのポン酢か」
隣を歩く鏡の横顔を見あげる。
――ほんと、きれいな顔。
「ん?」
視線に気づいた鏡はわたしを見て首を傾げた。わたしは顔を逸らし、メガネのブリッジに手をやった。
「な、なんでもない」
「手、つなぐ?」
「いい! 自制が利かなくなる」
「え~? 自制? 自制ってなんの?」
「うるさい!」
わたしは早足で鏡を追い抜いた。いまのわたしの顔は決して彼女に見せられない。
鏡はこうやっていつもわたしを振り回すのだ。
――ほんとに、まったく、ほんとにもう……!
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