144 神々の争い
「――よいかダーよ、人間と対峙した場合どうするか、ということだが。ドワーフは人間と比較すると、身長がはるかに低い。これはリーチ差を考えるとデメリットではあるが、メリットでもある」
ダーは、まじめくさった顔で、その人物の教えを聞いている。
その人物の容貌はダーにそっくりだが、皺が深く、髭が長い。
「足許を攻撃するというのが、最も理にかなっている」
かつて父、ニーダがダーへと与えた教えであった。片腕を斬りとばしたとしても、闘志さえあれば、敵は戦闘力を失わない。もう片腕で剣を振るえばいいことだ。だが、足を失えばどうか。武器を振るうことはおろか、立つことさえままならない。敵は逃走手段さえ失ってしまうのだ。
まさしく今のヒエン・ササキがその状態にあった。
「ぐううっ、おのれダー……亜人風情が……この余に向かって……」
ササキは呆然とした顔で、切断されて林立しているおのれの両脚を見つめている。まだおのれの身に起こったできごとが、理性で把握できないようであった。
やがて彼はおもむろに手をのばすと、両脚を手にとった。
切断した部分を接着しようとしているのだ。
「ムダよ、ヒエン・ササキさん。あなたにそんな力は備わってない」
ゆっくりとした歩調で近づいてきたのは、ラートーニであった。
彼女と闘っていたはずのケイコMAXは、虚空を見つめたまま微動だにしない。その眼の焦点が合っていないように見える。おそらく
「ラートーニ、ちょうどよい。この脚を治せ。まだ勝負はついておらぬ」
「いいえ、もう終わりなのよ」
ラートーニの声は超然としていた。そこにはほんのわずかなあわれみもなく、また侮蔑もなかった。あらゆる感情が消え去っていた。
「ラートーニ……余はすべて、おぬしの指示どおり……」
「もう終りなのよ」
彼女はくりかえし同じ言を吐き、ひた、とササキの頭へと手をやった。
ササキは彼女の――その虚無しか映っていない瞳を見た。
次の瞬間であった。ササキの表情が変わった。顔がみるみるやせ衰え、皮膚がぼろぼろになり、全身のあらゆる養分がラートーニに吸い込まれているようだった。彼は悲鳴をあげようとしたのかもしれない。わずかに咽喉の奥で何事かをつぶやいた。それが彼の最後の抵抗であった。
その醜悪なる瞬間が過ぎ去ると、あとには単なるミイラのように干からびた死体だけが大地に横たわっていた。
こうして国王であり魔王であった男――ヒエン・ササキ2世は死んだ。
「姉上……あなたは本当に姉上か……」
闘いをやめていたのは、ケイコMAXだけではない。ことの意外な顛末をみて、ラートドナもゴウリキとの戦闘を中断していた。現在かれが眼にしている女は、確かに表面上は彼女の姉のカタチをしている。しかしそれは器が同じでも、中身まで同じとは限らない。
彼女はいつもにも増して、妖艶な笑みを形作った。
それを見たラートドナはどっと冷や汗をかいた。まるで、この世のものとも思われぬ、人間離れしたなにかを見たような――
「おぬし、ラートーニではないな……?」
その声は、ダーから発せられたはずである。だがその声色もまた、ダーのものではなかった。古井戸の奥からこだまするような、神秘的な響きを帯びている。
ダーの声帯をかりて、青龍がしゃべっているのだ。
「おぬしは、暗黒神ハーデラじゃな」
「ご明察のとおりよ、久しぶりね、青龍――」
「いつ、彼女の身体をのっとった?」
「のっとったという発言は適切ではないわね。彼女はドワーフに敗れ、新たな力を欲していた。そして私は二百年にわたる封印により退屈しきっていた。このヒエン・ササキに憧れる愚かな男を利用し、もっとこの地上をぐつぐつ沸騰する鍋の中身のように攪拌し、騒乱の渦に巻きこんでしまいたかった」
「すべては、おぬしの筋書き通りかよ。それで何が得られた?」
「得られる? 神である我らがモノに執着する必要はないでしょう? ただ愉しめばいい。そして私は愉しかった。愚かな男を裏で操作し、権力に溺れていくさまを見るのは滑稽だった」
「そのために、大勢の命が犠牲になった――」
「すべてのことには犠牲はつきものよ。ああ、おもしろかった。この地上の誰が死のうと生きようと、私の無聊さえ慰めてくれればそれでいいの。それ以上の感想はないわ」
「やはり、おぬしとは相容れぬ。我らがいま一度封印する。いま一度、眠りにつけ」
「お断りだわあ――」
「ならば、この四獣神を相手に戦うか?」
「私は構わないけど、この地上はどうなるかしら。私たちが真の力を解放したら、こんな城なんて、おもちゃのように吹っ飛んでいっちゃうわよ――?」
「それも、おぬしの愉しみのうちか、ハーデラ?」
「そうよ、何もかも消え去って、私をもっと愉しませて頂戴」
ふたりは睨みあった。吸い寄せられるように、白虎がのりうつったクロノトールがダーの――青龍のとなりに並んだ。同じように、朱雀がのりうつったヒュベルガーが、その隣に並んだ。
ただひとり、妙な動きをしたのがルカである。
彼女は、緑の珠を深緑の魔女、ヴィアンカに託した。
ヴィアンカはゆっくりと、意志を欠いた人形のように立ち上がると、ふらふらとダーたちのいる前列に並んで、ハーデラの乗り移ったラートーニと対峙した。
四獣神と、ハーデラが睨みあった。
神々同士の闘いはどのような熾烈なものとなるのか。エクセやコニン、スカーテミスは静かにそれを眺めている。下手をすれば――彼らが本気でその力を解放すれば――まちがいなく、この周囲の人類も魔族も、そのことごとくが死滅するであろう。
エクセはその手に握った小さな杖が汗で濡れているのを感じていた。不謹慎ながら、その力のすべてを目撃したい願望が、彼にはあった。
そんな彼の眼に、意外な人物が映りこんだ。
ルカである。緑の珠をヴィアンカに委ねた彼女は、意外な行動に出ていた。
四獣神の居並ぶ背後に立っていたと思いきや、一瞬でその姿が消えた。
エクセが瞬きした、須臾の間だった。
ルカはハーデラ神の背後へと、その身を移していた。
「なに――?」
さすがのハーデラも、驚きの表情を隠せない。
神である自分の意表を突く動きを、人間ができるはずがない。
この娘には、なにかが憑依している。そう、人ならざるものが。
神――。
「お前――おまえはセンテスだな――?」
「そう、光あるところに陰がある。あなたは私の影。表裏一体のもの。暗黒神よ、ふたたび長き眠りにつくがいい――」
「またしても、お前か――センテス――ッ!!」
ふたりの身体は光輝につつまれた。
烈しい閃光が中央広場を灼いた。誰もが眼を覆い、顔を伏せた。
それは永遠にも似た時間だったかもしれないし、ほんの一瞬の出来事だったかもしれない。
光は急速に収束し、暗闇にも似た静謐が周囲に漂った。
人々が眼を開くと、意外な光景がとびこんできた。
ルカはぐったりと大地に倒れ伏し、眠ったように動かない。
そしてハーデラが憑依したラートーニは、氷の塊のような透明な石の中に封印されており、美しき彫像と化していた――。
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