115 国王の謎
第二次ザラマの戦いは膠着状態に陥った。
とはいっても、ただ両者とも呑気に手をつかねて傍観していたわけではない。
むしろ両者は高い市壁をへだてて、幾度となく攻防をくりひろげていた。
数を恃む魔王軍は、ほぼ人海戦術である。堀を越え、壁にとりついて梯子をたてかけ、その高い壁の向こう側めがけて遮二無二駆けあがろうとする。破城槌が門を破壊しようと接近し、投石機がうなりを生じる。
市壁の上からは、文字どおりの矢の雨がふりそそぎ、下にいる者どもを片っ端からなぎ倒した。熱湯が浴びせられ、あるいは焼けた大きな岩石が降りそそぐ。それは壁へとりつこうとしたオークやゴブリンどもの兜を、頭蓋骨ごと叩きつぶしていく。
毎日のように、こうした攻防が飽きることなく繰り返され、両軍はひたすら消耗を積み重ねていく。特に数が圧倒的とはいえ、魔王軍の疲弊は甚だしい。
彼らはガイアザを陥落させたあと、ろくな休息も与えられることなくこの戦へと突入しているのだ。疲労の極にあるといっていい。
一方のザラマ側はこの日がくるを予期し、壁の増強、糧食の蓄積、兵の鍛錬など、かなりの準備を整えている。こうなると大軍を率いてやってきた魔王軍は、布陣が長引くにつれ、食糧事情が深刻になってくる。
彼らにとって幸いなのは、補給線がいかに長大なものになろうと、それを遮断するものが現れないことであった。
ガイアザ、フシャスークはとうに滅び、敵対する国は眼前にいるヴァルシパル、その後方に位置するプロメ=ティウのみであった。
ヴァルシパル方面の総大将であるラートドナとしては、ただひたすら眼前の敵を粉砕するだけでいいのだ。
(しかし俺には、武人としての矜持がある)
ラートドナは馬上でひとりつぶやいた。
なんとしても異世界勇者を自分の力のみで倒し、その武名を歴史に刻みつけたい。
そういう野心もある。
だからこそ、しきりに一騎打ちを呼びかけてはいるのだが、最初の激闘以降、敵はいっこうに応じようとはしなかった。
「くそ、いまいましい限りよ」
ラートドナは大きな舌打ちをして、ザラマの町を睨む。
ガイアザの堅城、ブルーサンシャインを攻略した余勢を駆って、ザラマもたちまちのうちに攻略する。その目論見はすでに潰えた。あとはひたすら彼の苦手な攻城戦がひたすら続くだけである。派手な野戦を好む彼としては、忍耐力が試されるだけの戦いといえた。
「ラートドナ様、なにとぞご辛抱くだされ」
「いまにザラマの町を崩壊させ、連中を穴から引きずり出してみせましょうぞ」
「うむ、頼もしいかぎりだ」
ラートドナはにやりと鷹揚な笑みを浮かべてみせた。
彼としては精一杯の演技である。本当は大声で怒鳴り散らしたい気分なのだが、総大将という立場上、そういうわけにもいかぬ。
異世界勇者との闘いは、愉しかった。もう一度、あれを味わいたいものよ。
その思いを封印したまま、彼は陰鬱な双眸を前方へと向けた。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
ところかわって、ナハンデルの町である。
深緑の魔女の館で、ある重要な会議が開かれていた。
参加者は全部で8人。館の主である深緑の魔女、ヴィアンカをはじめ、ダー、エクセ、クロノ、ルカ、コニンといういつもの顔ぶれに、ソルンダと異世界勇者ミキモトが加わっている。
ミキモトは特に呼んでいないのだが、最近、彼は三日とおかずにこの館へ足を運んでいるらしい。というのも彼はダーたちの紹介でヴィアンカに逢って以降、その美貌にぞっこん参ってしまったようなのだ。
あまりのしつこさに、ヴィアンカからはすっかり嫌われ、たびたび門前払いを食っているのだが、当人はまったく意に介していない。
もともと面倒な性格の男である。そのためダーたちも「さっさと帰れ」というわけにもいかず、この会議に参加させているのである。
「――さて、ワシらはどうやって、ザラマまで赴こうかのう」
ダーが周囲を見渡しつつ尋ねる。国王軍とナハンデル軍との不毛な戦いは、魔王軍の襲来によって消化不良のまま終了となった。
ナハンデルの町は歓喜の声につつまれたが、これで万々歳とはいかないのが彼らの立場である。ザラマの町が陥落すれば、魔王軍はたちまち雪崩をうって王都まで侵攻してくるだろう。
それにザラマには、彼らがかつて共に戦った戦友たちがいる。
このまま放棄してはおけないし、何とか救援に駆けつけたい。
「――それは簡単なことではありません。我々はこの前の戦で、またも王の憎悪を買ってしまいました。下手にナハンデルから出ようものなら、たちまち捕縛されてしまうでしょう」
「でも、あれは国王が悪いよ。どう控えめに言っても頭のおかしな人だもの」
ここが王都であれば、たちまち不敬罪で叩きのめされそうな言葉を、平気でコニンは使った。
それほどまでに、あのときの国王は異常であったといっていい。
「そうね、私はここの結界を維持するので大忙しだったけど、話は聞いているわ。あなた達がむやみに外へ出かけるのは、飢えた狼に肉を投げ与えるようなものね」
「まったく困ったもんじゃわい。ミキモトよ、おぬしは何か識らぬのか?」
「識らぬって、何をですかね?」
「国王があれほどまでにわれらを敵対視する理由よ」
「あなた方が、国の宝というべき珠を盗んだ。それを奪還するためだということ以外は聞かされてはいませんね」
「そう、そこよ」
「そことは、どこですかね?」
「四獣神の珠を、国王があれほどまでに欲する理由じゃ。今回のナハンデルへの攻撃も、すべてはこの珠を獲得するための戦であったといってもよいじゃろう」
「それは間違いないでしょう。国王の異常な執着ぶりはどこから発しているのか。おそらくジェルポートの公爵殿はご存知なのでしょうが……」
ダーたちは頭を並べて考えたが、なにしろ情報がすくない。思い当たるのは、彼が一面雲につつまれた空間で、四獣神から聞かされた話しである。
二百年前、異世界勇者は魔王軍に敗北を喫した。
それを救ったのは添え物であるはずの亜人である、ということだ。
「そこにヒントがある気がしますね。二百年前、異世界勇者は世界を救えなかった。ただし、添え物である亜人が世界を救った。その亜人の力はどこから来たものなのか」
「普通じゃ無理だよね。何かの加護がなければ」
「……それが、四獣神の珠、かも……」
「フム、つまり四獣神の珠を揃えれば、異世界勇者よりも強い力が得られるということかのう」
「それが事実かどうかはわかりませんが、国王がそう考えているのは間違いないでしょうね」
「とすると、国王の異常な行動の源泉は、自分の手で魔王を倒したいという英雄願望によるものかもしれぬということか」
この推論が正しければ、はた迷惑なこと極まりないが、辻褄は合う。
そこに不満げな顔で割り込んだのがミキモトである。
「それはちょっとおかしくないですか。国王は私たちを召還した張本人ですね。そういう野心を裡に秘めていたならば、私たちを召還する意味がありませんね」
「それは違います。あくまであなた方、異世界勇者を召還したのは、我ら大地母神センテスの大司祭です。ヴァルシパル国王は古代からつづく慣わしに従っただけに過ぎません」
ルカがきっぱりとした口調で答え、一同は意外そうな顔を見合わせた。
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