113 異世界勇者の連敗

 ゴウリキは熱せられたザラマの大地に、ねばりつくような黒煙をあげて倒れ伏していた。ラートドナは獅子のごとく咆哮した。これで姉上もお喜びになるであろう。

 彼は満足げな笑みをもてゴウリキを見下ろした。その身体が陸に打ち上げられた魚のようにいくどか痙攣しているのは、彼がまだ死していない証拠であった。


「さすが異世界勇者、無駄にしぶといな」


 ラートドナは巨大なグレートソードをゆっくりと天へ突きたてた。

 そのそっ首を斬り落とし、穂先に掲げてザラマの住人に降伏を迫る。残忍だが、その効果は絶大である。異世界勇者ですらこうなるのだ、という精神的な痛撃を住人たちにあたえるであろう。

 しかし、そこへ駆けてきたひとりの少女がいた。

 彼女は地表に横たわるゴウリキに身を寄せると、涙を流しながら、


「ゴウリキさま、しっかりしてください!」


 と声をかけた。ゴウリキのサポートメンバーのひとり、バニー族のリーニュであった。

 ゴウリキは返事をしない。できないのだろう。そこに他の仲間たちも駆けてきた。

 ラートドナはぎろりと迫力のある眼をむけると、

 

「カッカッカ、いずれも俺の敵にもならぬ雑魚ばかり。邪魔だてせずにそこを退け。さもなくば、貴様らから先にあの世へ旅立ってもらうことになるぞ」


「退きません!」


 決然とリーニュは宣言した。その小さな身で、ゴウリキの巨体をかばう。

 苛立ったラートドナは、足を大きく踏み出した。


「脅しではないぞ、ゴウリキともども、その身を刻んでやろうか」


 その言に対しても、リーニュは動じなかった。

 ゴウリキの上に身を投げ出して、梃子でも動こうとはしない。

 ラートドナは、ぎりりと歯軋りして吼えた。


「むう、ならば異世界勇者ともども死ね!」


 リーニュはぎゅっと眼をつぶった。その大剣が振り下ろされようとしたまさにその一瞬、なにかがラートドナの顔面に飛来した。

 あわててそれを大剣で迎撃したラートドナ。その両眼がおどろきに見開かれている。

 ザラマの城門から、ゆっくりと小さな人影が歩いてくる。

 それは次第に大きくなり、ひとりの人物の姿が明確になっていく。それは身体の線がくっきりと浮き出た、独特の衣装を着た男であった。


「くだらないことしてんじゃないわよオ、腹立たしい。無抵抗のメスをいたぶって、何が楽しいのかしら」

 

 それは、もうひとりの異世界勇者、ケイコMAXであった。

 カッカッカとラートドナは笑い、


「これは僥倖。もう一匹異世界勇者が釣れるとは。ふたつの異世界勇者の首を持ち帰れば、さぞかし姉上もお喜びなされるであろう」


「アラ、お姉さん思いなのね。でもアナタ、ムカつくから死刑ねエ」


 その言葉がこぼれるが先か、それとも駆けるのが先か。

 ケイコMAXの身体はすでに宙にあった。

 

真空跳び膝蹴りティー・カウ・ロイ


 膝小僧がまるで雷光のごとくラートドナの顔面を襲った。

 かろうじてディフェンスが間に合い、その一撃は大剣によって防がれた。

 ちっと舌打ちをして着地するケイコMAX。すかさず反撃の突きを放つラートドナだが、それはケイコに見切られていた。横に旋回しつつ身をかわし、回転を利用して、バックスピンキックを放つ。

 突きの体勢から、ラートドナはあわてて大剣をひきもどす。

 間一髪で防御が間に合った。剣の根元で蹴りを受ける。

 だが、蹴りの勢いは殺しきれなかった。強烈な一撃に、ラートドナは大きくバランスを崩して後方へとはじかれる。


「なかなかやるではないか、そうこなくてはな」


「アタクシ、アナタが嫌いだからねエ。ちょっと手加減できないかもしれないわア」


 ふたりは殺気を大気にふりまきながら、一定の距離を保ちつつ対峙している。ラートドナは微動だにしない。一方のケイコは、アップライトに構え、重心を後ろに置いている。ムエタイ独自の構え、タンガード・ムエイである。

 先に動いたのは、ラートドナだった。重量感あるその大剣をふりかぶろうとした矢先である。ぐらりと体勢を崩し、あわてて後方へ跳びすさる。

 何が起こったのか。身に受けたラートドナと、打ったケイコのみが理解していた。


「どうかしら、アタクシのテッ・ラーンの味は」


「踏み込んだ脚に合わせて足払いか。味をやるな」


 言いつつもラートドナは痛みに顔をしかめていた。ただの足払いではない。そのケイコの両脚には、琥珀色に輝くブーツが装着されている。

 異世界勇者の武器の威力をその身に受けたのだ。足払いを受けた足の装甲はひび割れていた。もう一度受けたら完全に砕け散ってしまうだろう。

 

「我が大剣よ、漆黒の気をその身に纏え」


 彼の大剣はふたたび黒い靄をその身に宿し、長さを増した。

 ケイコMAXは増大したリーチの長さを警戒し、距離を広げた。じりじりとラートドナは間合いを詰め、ケイコMAXは下がる。先ほどのゴウリキとの闘いを見ていたケイコは、この剣の理不尽さを識っている。

 この剣は伸縮自在であり、さらに自由なカーブを描く。

 もはや迂闊に足払いにはいけそうにない。圧倒的なリーチ差、そして一撃でゴウリキを倒した破壊力。ケイコMAXは押されるばかりだった。


「どうした、逃げてばかりでは勝てんぞ、さっさとその首を差し出して楽になれ」


「そして、お姉さまにアタクシの首を捧げるというワケかしら」


「そうだ。貴様らは我が姉に捧げる供物にすぎん」


「姉弟愛ね、美しいけど、くだらないわねエ」


「なにい、貴様、俺を侮辱するか!」


 ラートドナは怒りに身を震わせた。ケイコはそれを冷然と見やる。


「アタクシの家族にはね、愛はなかった。アタクシ、親に泣かれたわ。お前なんか、生まなければよかったってね」


「フン、何の話だ?」


「別にホモセクシャルになりたくてこの世に生を受けたわけじゃないわ。でも、男しか好きになれないんだから、どうしようもないじゃない。だけど、そんな言葉さえ、冷たい世間様は許してくれないのよねエ」


 にわかに、ケイコMAXの様子が変わっていった。いつもどこか漂然としている彼の顔つきが、どことなく怒りの色に染まって見える。


「ネエ、どうすればいいと思う? このやり場のない気持ち、どうしたらいいと思う?」


「俺が知るか!」


「なら、その身をもって知るがいいわ!」


 半ば八つ当たりに近い言葉を吐き捨てて、彼は宙へ舞った。

 合わせるように、ラートドナも猛然と剣を振りかぶって突進する。

 ケイコMAXは、空中で回転した。なにもかも巻き込む竜巻のように。


「空中旋風斬脚チャラケー・ファード・ハーン!!」


「我が大剣よ、漆黒の掌にて敵を掴め」


 ふたつの必殺技が噛みあった。

 互いの喉首めがけて跳びかかる獅子のごとく。

 先に攻撃が炸裂したのは、ケイコMAXの大技の方であった。

 数発の蹴りが空中で炸裂し、被弾したラートドナは大地に叩きつけられた。

 勝利の笑みを浮かべ、ケイコMAXが着地すると同時だった。


「我が大剣よ、漆黒の掌にて敵を掴め」


 大地に崩れ落ちた状態のまま、ラートドナの剣から黒い魔手が伸びた。

 それはケイコMAXの全身を覆いつくし、暗黒につつまれた空間から絶叫が漏れた。

 やがて、全身を黒煙にまみれさせたケイコが呪縛から解き放たれ、どさりと大地に倒れた。

 

「カッカッカ。カッカッカッカ!! 勇者ふたり、討ち取ったり!」


 ラートドナがふらふらと立ち上がり、勝利宣言をしたその瞬間である。

 その背後に、ひとりの男が立っている。

 

「……時間稼ぎしてあげたんだから、とっとと決めなさいよねエ……」


 大ダメージを負って、倒れ伏したままのケイコがつぶやく。


「応! すまねえな、いかしてるぜオカマ!」


「な、なに、貴様はいつの間に復活した!?」


 おどろきつつも、すぐに防御態勢に入ろうとするラートドナだったが、ケイコMAXの必殺技を身に受けた直後である。すぐにその衝撃から立ち直ることはできなかった。

 一方のゴウリキは、すでに身体をひねり、拳を大地スレスレにまで引き絞っている。体勢充分である。


「真・超昇旋破シン・ちょうこうせんぱッッ!!!」 


 ゴウリキのすさまじい一撃が、大地を震撼させた。

 ラートドナを強烈なアッパーカットで、下から突き上げた。

 ふたりの身体は、さながら光の龍が天空へと駆けのぼるかのごとく舞い上がった。

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