98 寒村での攻防 その3
闘いは一進一退ではなく、ジリ貧の一語につきた。
破壊的な攻撃力で突き進んでくるキングゴズマの猛攻に、ダーたちは追い立てられる獣のように、じょじょに村の中央側へと押されつづけている。
なにしろ敵の方が圧倒的にリーチがある。巨体のクロノですら、キングゴズマと比較すれば、まるで小人のように見えてしまうほどだ。
下がれば当然、敵はのしのしと前進してくる。
(どうします?)
(どうしよう?)
(……どうする……)
一同の視線がダーに注がれる。このままでは村は崩壊する。
当然、彼としては何らかの対抗策を講じなければならない。
「よし、エクセとコニンは敵の牽制。キングゴズマの注意を引きつけておいてくれ。ルカはその援護へ回るんじゃ」
「――わかりました」
「クロノ、敵の注意が逸れたところで、例のやつじゃ」
例のやつ。そういわれて一瞬きょとんとしたクロノだったが、すぐに諒解の笑みを返してきた。
コニンとエクセは、キングゴズマの瞳を狙って遠距離攻撃の集中砲火を浴びせている。
まともに攻撃しても痛痒を感じない相手なら、弱い箇所を狙うしかない。コニンの放った矢が、眼の周辺に刺さり、ファイア・バードも顔面めがけて飛んでくる。
致命傷にはなりえない攻撃だが、相手を苛立たせるには充分な攻撃であった。
地鳴りのような咆哮をあげて、顔をのけぞらせるキングゴズマ。
この闘いで最大の隙が生じた瞬間であった。
「今じゃ、いくぞクロノ!」
「……いいよ……」
ダーは思いきり後方へ下がって助走をつけると、片膝を立てた姿勢でこちらを向いているクロノへと、一気に突進した。
彼女は身をかがめ、ダーの飛翔を待っている。
ダーは跳んだ。
クロノの眼前へと。
それを待っていたクロノトールは、ダーの足を下から両の掌でつつみ、一気に上へと投げ飛ばした。抜群のタイミングだった。ダーの身体は前方回転しつつ、すさまじい勢いでキングゴズマの顔面へと突進した。
キングゴズマの脳天に、鋭角に斧が突き刺さった。
悲鳴に似た咆哮があがり、ダーは横からの殴打ではじきとばされた。巨大な熊手がもろに直撃し、ダーの身体はまるで砲弾のようないきおいで村の柵に直撃した。
「――ダー!?」
一同が驚きに声をあわせた。ばきばきという音とともに柵はなぎ倒され、ダーはぴくりともしない。衝撃音のすさまじさから、全身の骨が粉砕されているはずであった。
だが、そうではなかった。ダーはゆらりと立ち上がった。
「ダー、無事なのですか?」
「こいつのおかげで、傷ひとつないわい」
ダーがにやりと笑って掲げてみせたのは、玄武の珠である。それはダーの手中にあって、美しい緑の光を四方へ放っている。
「どうもこいつには、もちぬしを守護する力が働いてるようじゃ」
ダーがそう言い放つのと同時だった。怒りに全身を震わせたキングゴズマが、ダーの元へと猛進してくる。斧はまだ、頭頂部に突き刺さったままであり、ダーは完全に無防備な状態である。
巨大な熊手が頭上からふりおろされた。ダーはそれを防ごうと、玄武の珠を頭上へと構える。緑の光がいっそう強くなった。
不思議な光景が一同の目前で現出した。
キングゴズマの一撃は、ダーの頭上で止まっている。
ダーの身体をドーム状の緑の球体がすっぽりと覆っている。
「むう、これが玄武の結界の力じゃろうか?」
そうとしか思えなかった。玄武の力は攻撃だけではない。守備の方面でも加護を発揮することがわかった。再度キングゴズマは熊手をふりおろすが、無意味な行動だった。またしても緑の結界の力により防がれ、ダーに攻撃が届くことはない。
エクセはダーへの攻撃に固執しているキングゴズマへと、攻撃呪文を唱えた。
「サンダー・リザード!!」
雷を身にまとったトカゲが空を走った。
それは一目散にキングゴズマの頭上へ――すなわち脳天の斧に炸裂した。
「ウゴオオオォォォォン!!」
絶叫がほとばしった。キングゴズマが苦痛に耐え切れずに発した吼え声であった。はじめて呪文が通った。エクセは無言で拳をにぎったが、まだ致命傷には至らない。
「ダー、とどめを刺すのです!」
「何、ワシがか? どうすればいいんじゃ」
「詠唱方法は教えたでしょう。青龍の珠をとりだすのです」
玄武の珠を頭上に掲げたまま、背嚢にある青龍の珠をとりだす。なかなか難易度Aの命令をくだすものじゃ。ダーがぶつくさと抗議のつぶやきを漏らしつつ、背嚢を下ろそうとしたときである。
すかさず背後に回りこんだのは、クロノトールであった。
背嚢を地に下ろして中をかきまわすと、すっとダーの手に青龍の珠をにぎらせる。
ダーはにっと笑って言った。
「おぬし、いい女じゃのう」
「……知ってる……」
顔を朱に染めつつ、クロノは応じた。
ダーは立ち上がり、詠唱する。
『大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――』
実際、ダーは青龍大神殿に足を踏み入れたことはない。
そして呪文を発動させた経験はない。
だが、いちかばちか。彼は何事もいちかばちかなのだ。
「――サンダー・ドラゴン!!」
青き雷鳴がとどろき、周囲を圧した。
杖ではなく、青き珠から巨大な龍が躍り出て、キングゴズマの頭頂部に刺さったままの斧に炸裂した。キングゴズマの全身が、青色の閃光につつまれた。
まばゆい光輝は夜闇を切り裂き、けたたましい咆哮が空気を鳴動させる。
全身が烈しく痙攣したかと思うと、巨大な熊の怪物はスローモーションのように、ゆるやかに後方へと倒れこんだ。
足元を揺るがす地響きが、戦いの終焉を告げた。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
ローゾン村の住人たちが、手に手に松明をかかげ、門の周辺にあつまってきた。
にわかに門の周辺は、夜というのに昼が現出したかのように明るくなった。
ダーはひとつ、ふうと盛大な溜息をつくと、仲間たちと勝利の握手をかわした。
そして歩みはじめる。
呆然として、戦いの輪に一度も加わらなかったハイローのもとに。
ダーは恨み節をぶつけるでもなく、静かに尋ねた。
「答えを聞いておらなんだな。おぬし、何ゆえあのような嘘をついたのじゃ。あやうくワシらは全滅するところだったのじゃ。もうだんまりは通じぬぞ」
「…………詐欺で逮捕されてもかまわねえ、おいらそう思ったからよ」
ハイローはぽつりぽつりと語りはじめた。
「愛する者のために戦いは捨てた――その言葉に偽りはねえ。おいらは愛する女の手紙で故郷に帰る決心をした、それがこの寒村よ。――以来、おいらはずっとこの村で過ごしてきた」
「ふむ、それで今回の事件と、どうつながるのじゃ」
「ゴズマが出没するようになったのは、最近よ。被害は軽微だったが、やがて段々やつらは徒党を組んで出没するようになった。おいらたち元戦士組と、若者が合同でゴズマ退治にのりだしたが、結果は見ての通り。3人もの犠牲者を出す散々たるもんよ」
「なぜそのとき、領主に陳情するなりしなかったのじゃ」
「元々この村は僻地にあるうえ、何の特産品もないゴミのようなモンよ。領主様はここを捨て、ナハンデルの町近郊へ越してくるよう、ずっと我々に訴えかけていた。その上、あんな化け物が出没するとなれば、廃村になるのは決まったようなもンよ」
「確かにあんな化け物退治、誰も受けたらんじゃろう。それでゴブリン退治などと偽りの依頼をしたのじゃな。後でおぬしがひとりで罪をかぶるつもりだったわけか。何故じゃ。そこまでして、なにゆえこの村にこだわる?」
「この村はな、俺たちの土地だ。おいらはこの村で生まれ、この村で育った。愛する妻も、この村の大地に眠っている。そして息子もな――」
「何――?」
「死んだ3人のうち、ひとりはおいらのせがれよ」
「そうじゃったか」
「どんな罪を背負ってもいいんだ。ここはおいらたちの土地だよ。この土地で生を受け、この土地で幕を閉じる。そんな思いで、ここにいる連中は必死でこの地にしがみついているのよ」
そういって言葉を切った後、しばしの間をおいて、ハイローは頭をさげた。
あんたたちには危険な目に遭わせて、すまなかったと。
ダーたちはその後、この村に一泊した。疲労のあまり、泥のように眠った。
早朝に村を出立し、夕暮れにナハンデルの冒険者ギルドに帰還した。
「どうでしたか、特になにか、問題はありませんでしたか」
受付嬢は疲労困憊のダーたちを、不審そうなまなざしで見つめている。
たかだかゴブリン退治に、ナハンデルの英雄といってもいい冒険者たちがここまでボロボロになるものか。そういった顔つきである。
ダーは背後をかえりみた。4人の仲間は静かに頷いている。
「――いや、何も問題はない。簡単なゴブリン退治だったな」
ダーはニッと笑みを浮かべると、少ない依頼料を受け取り、ギルドを後にした。
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