82 狩りの時間

 ダーとエクセは深刻な顔を見合わせた。

 領主の奥方が危機的状況にあるのはわかった。ユニコーンの一本角が必要な理由は、その角を溶かすかどうにかすれば、薬となるのであろう。

 しかし、ダーたちは追われる身とはいえ、天地身命に誓って悪事に手を染めたことはない。玄武の珠ほしさに禁忌を犯してしまうのは、さて正しいことなのかどうか。

 

「やれやれ、綺麗な薔薇には棘があるといいますが、ヴィアンカ様も同様のようですね」


 ソルンダは微苦笑というべき表情を浮かべて深緑の魔女を見やる。すると、ヴィアンカは急にくすくす笑い出し、魅力的なウィンクをひとつ。


「本当のことを言うと、ユニコーンなんてこの森にいないわ。希少すぎてね。代わりに獲ってきて欲しいのは、ユニゴンという生物の角なの」


「何じゃい、そのユニゴンというのは」


「見た目は確かに白馬に一本角だけど……ユニコーンより格好悪いのよね。角はトゲトゲで気持ち悪いし……あと、平気で人間を襲うわ。ちゃんと害獣認定されてるから、獲っても苦情は出ないわよ」 


「ふうむ、なんというバッタモン臭い生物なのじゃ」


「いいから、それの角を7本ほど収穫してきて頂戴。なら自分でやれとか言わないでね、わたしは魔女ですから単身で狩りなんてできないわ」


「もちろん、ギブアンドテイクというなら、それに従いましょう。しかし、ちゃんと約束は果たしてもらえるんでしょうね?」


「当然よ。魔女に二言はないわ」


 ヴィアンカはもいちどウィンクした。


「仕方ない。言質をとったからには、行かずばならぬか。しかし、ソルンダはそれでよいのか?」


「――なにがでしょう?」


「ワシらは料金所の一件で、取調べか何かを受ける必要があるのではないか?」


「いえ、今回はなにしろ事情が事情ですからね。ナハンデルの兵のひとりとして、奥方様の具合が快方に向かえば、これに越したことはありません。そのあたりの事情は、私から隊長に説明しておきます」


「がんばって頂戴。角だけしか要らないから、後はポイしちゃってね」


「……ナハンデルに到着した当日に狩りか。なかなかドワーフ使いの荒いおなごじゃのう」


 ダーは芝居がかった大袈裟な仕草で、みずからの肩をトントンと叩いた。長い馬車旅で疲れているのは事実である。

 むろん、そんなことはヴィアンカには関係ない。

 深緑の魔女は冷酷に、人差し指を扉に向けるだけだった。



―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 

 ダーたちが、約束していた町の中心の巨大な大木へと向かうと、すでに別働隊3人組は役目を終えて待機していた。やはり長旅がこたえたらしく、3人は並んだ椅子代わりの切り株に腰をおろし、こっくりこっくりと船をこいでいる。

 ダーとエクセは顔を見合わせた。


「これじゃ狩りは難しいのではないか? 明日にした方がよいわい」


「しかし、こちらはお願いした身。相手の要求を叶えるのが最優先かと思いますよ」


 ふうむ、とダーが顎鬚を撫で、思案しているとき―― 

 一瞬の隙が生まれた。

「あたたたたたたた」という苦痛の悲鳴がダーの口から漏れた。

 クロノトールが得意のベアハッグの体勢に、ダーを捕らえている。


「……さみしかった……」


「そ、そこまで長い間離れていたわけじゃなかろう。痛いから離さんか!」


 ダーの大きな悲鳴で、他のふたりも目を覚ました。

 どこかで見たような光景を見て、むにゃむにゃとコニンがつぶやく。


「うーん、なにこれ、デジャブ?」




 さて、ようようベアハッグから解放されたダーから、深緑の魔女からのクエストの説明を受けた3人は、それならば仕方ないと、あっさりユニゴン狩りを了承してくれた。

 疲れていても、優先すべきことはわかっている。

 ならばやるしかありません。それだけのこと。彼女らの意思は簡潔だった。

 

「これはワシが悪かった。みんなを甘く見ていたようじゃの」


「そうそう。フェニックスは一蓮托生」

 

 一行は途中の店で武器と食料を買い込むと、指示を受けた森へと向かった。



 町を隔てる市壁を越えても、さほどの違いはないのではないかと一行は思った。

 魔女の指定した森は、町からそれほどの距離もない。

 というか、ほぼ街道沿いから外れれば、あたり一帯は森といってもいい。

 緑の天蓋から木漏れ日が差している。うららかな光の線が、彼らの行く先を点々と照らし出している。

 

「町との差は何かと問われれば、ただ緑の量が違うだけのようにも見えるのう」


「そろそろ出るはずですから、気を引き締めていきましょう」


「狩りといえば、オレの出番だよね。ああ、気が逸る」


 待ち遠しいといわんばかりに、コニンはうきうきと銀の弓をとりだした。


「まだ敵影も見えておらぬのに、気が早すぎるのではないか」


 というダーの言葉も何のその。コニンはひたすら入念に弦の張り具合や、押付、手下、グリップ等をしつようなほどに微調整している。

 

「そんなに焦らなくとも、目的地はもう……」


「……来た……!」


 木陰から唐突に、白き砲弾さながらにこちらへ突進してくるものがいる。

 あっという間の出来事で、いきなり隊列に切り込まれてしまった。

 静かな森に、烈しい衝撃音がこだまする。

 驚いた鳥が、ばさばさと羽音をひびかせて木々から飛び立つ。

 クロノトールがすかさずタートルシールドで受け、流してくれなかったら、ユニゴンの一本角で死傷者が出ていたかもしれない。

 不意を衝かれたとはいえ、それほどまでの突進力だった。

 白馬に似た生物は、突進の勢いのまま直進し、ぐるりと方向転換してこちらを見た。

 まともに眼が合ったダーは、

 

「こやつがユニゴンか」とつぶやいた。


「えー、これが?」


 確かにユニゴンは、一見して小型のユニコーンに見えないこともない。

 しかし体つきがずんぐりむっくりで、あまりに本家とは似つかない。

 白馬の聖獣というより、白いロバに角が生えているといった方が近い。

 しかも歯をむき出しにしてブルルルと威嚇する姿は、かなり獰猛そうであり、知性はあまり感じられない。血走った眼をこちらへ向け、一本角を剣のようにふりまわして牽制している。

 その角も、すらりと一直線に伸びたユニコーンの角とは比較にならないほどに奇怪だった。角に不気味なぶつぶつが生えていて、微妙にねじくれている。


「き、きもい……」


 コニンは弓を射掛けるのも忘れ、素でドン引きしている。

 好機とみたか、ユニゴンは再突進を仕掛けてきた。

 ダーは低い身体をさらに低くして、敵の突撃を待ち構えた。


「ほりゃっ!!」


 ダーは掛け声とともに、身を沈めて直撃を避けた。

 虚空を突いた一本角めがけ、低い姿勢から腕を巻きつける。


「……ここっ……!!」


 すかさずクロノが黒いバスタードソードを振るった。

 首筋に重い斬撃をもらい、断末魔の悲鳴をあげて、ユニゴンは動かなくなった。


「やれやれ、まずは一匹じゃのう」


 ダーは掴んでいた角ごと、ごろりとユニゴンの死体を大地に転がし、ふうっと天を仰いだ。傍らではクロノは懐からナイフをとりだし、角を切断しようとしていた。

 ガキンと硬質の音がした。何度かナイフをふりおろすが、やがて苦い表情でダーを見た。


「……刃が欠けた……」


「相当硬いようじゃのう。ワシがやろう」


 クロノに角の先端を掴んでもらい、すこし浮かせた状態で、ダーは気合とともに戦斧を降りおろした。火花とともに、角が根元から宙に舞った。

 

「これをあと6回か。なかなか大変じゃのう」


「ああもう、次はオレがしとめるからね」


 コニンは役に立てなかったことに悔しげだ。


「ああ、頼りにしとるぞ。これは想像よりかなり獰猛じゃ。矢で射殺した方が、安全に始末できる」


「まっかせて!」


 コニンはどんっと胸を叩いた。

 しかし、なかなか次のユニゴンは現れない。

 今の戦闘で、警戒されたかと一行が不安に思いだしたときだった。

 かさっと葉音がしたと思った瞬間――


「――出た!」


 とコニンが叫ぶ。

 ダーがどこじゃと問う前に、コニンは構えから矢をリリースしていた。

 眼窩から入った矢は、確実にユニゴンの脳を破壊した。

 突進してきた勢いのまま、地をすべるようにユニゴンの死体が転がってきた。

 依頼された角、残りは5本。

 

「いいペースじゃな」


 ダーがコニンと拳をぶつけ合っているとき、

 

「助けて――ッ!!」


 静かな森に絹を裂くような悲鳴が響いた。

 女性のものだ。一同はおどろき、顔を見合わせた。


「一刻を争う事態のようですね」


「とりあえず、悲鳴の方向へ向かうか!」

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