66 ダーたちは逃亡中

 ベールアシュの特色としては、まっさきに思い浮かぶのが魔法使いの塔と呼ばれる尖塔であり、他の印象は希薄だと言わざるをえない。

 だが忘れられがちだがこの町もジェルポートと同じく、北に海を抱えこんだ港町なのである。港を中心に、町はほぼ円形を成して発展していき、市壁はそれをとりかこんだ形となっている。

 この市壁を超えるには、南門、西門、東門の3つのうち、どれかを通過しなければならない。

 ダーたちが脱出した、冒険者ギルドから一番近いのは南門だった。

 しかし一行はそちらへ向かうのには躊躇した。そこにミキモト、あるいは国王の手の者が待ち伏せをしている可能性があるからだ。


「――このまま迂回して、西の門から出ましょう」

 

 エクセが息を切らしながら提案する。


「こうなれば、船で逃げるのはどうかな?」


 とコニンが提案したが、エクセは即座に首を振った。


「船の出航時間が決まっている以上、これほど待ち伏せには最適の場所はありません。第一、船のなかで敵に包囲されたら、逃げ場がないですよ」

 

「では、馬を借りるというのはどうです?」


 ルカが息を切らせながら提案する。

 これに対し「馬!?」と絶句したのはダーである。


「冗談ではないぞ。よく考えてみるがいい。馬の飲み水を確保するとなると、川沿いの道に限定されるじゃろ。これまた待ち伏せの危険性が高いわい。それにワシは、根本的にあの生き物が嫌いなんじゃ」


 急に饒舌になったダーを見やり、エクセはハア、と溜息をついた。

 ドワーフと馬は、昔から相性が悪いといわれる。というのも身長の低いドワーフは、他人の手助けがないと、馬の背中に乗れないからだ。

 ダーに言わせれば、乗り心地は最悪だし、すぐに機嫌を損ねるし、とにかくあんなものに乗る意味などまったくないという結論になる。

 馬の利便性について、ダーと議論している場合ではないので、他のメンバーは彼のひたすら続く繰言を無視して西門へ駆ける。


 息を切らせて西門前へ到達したが、さて、ここから無事に出られるかどうかは賭けでしかない。

 一行はどきどき高鳴る心臓の鼓動を噛み殺しつつ、笑顔で門衛に冒険者パスを見せた。手続きが異常に遅く感じたが、それは緊張による錯覚だったようだ。特に制止されることもなく、無事に市壁の外へ出ることができた。どうやらここまではミキモトの手は回っていないようだった。

 

「なんとか市壁の外へ出たはいいが、これからどうする?」


 あまり逡巡している間はない。すぐに追っ手が来るだろう。

 徒歩で移動できる距離は限られている。そのなかで最適な手段は何か。

 一行が沈思黙考しているときである。ベールアシュの市壁の外周から土煙をあげつつ、すさまじい勢いで一輛の馬車がこちらに突進してきた。


「いかん、逃げるぞ!」


 ダーが叫ぶが、ドワーフの足と馬の脚、どちらが速いかは自明の理である。

 馬車はたちどころに彼らの背後に肉薄してきた。

 

「ムウ、これはいかん」


 ダーも全力で走るが、まるで勝負にならない。

 あっという間に距離を詰められたが、馬車はおもむろに急停車した。

 背後から、御者台に座った口髭の老紳士が叫んだ。

 

「ダーさん、すぐにこちらへ乗ってください!!」


 呼びかけられ、ダーは息を切らしながら怪訝そうに背後をふりかえった。


「おぬし、ベクモンドか?」


「そうです。久しぶりに顔を見たくなり、ダーさんが泊まっていた宿に寄ったところ、なにやら国王の手の者がダーさんたちの聞き込みをしていた場面に出くわしたのです」


 これはただごとではないと察したベクモンドの行動は迅速だった。すぐさま馬車を手配して、顔見知りにも声をかけ、ダーたちの動向を探っていたのだ。

 

 全員が慌てて馬車に乗り込むのを確認したあと、ベクモンドは馬に鞭を入れた。ガタガタと左右に揺れながら、街道の上を一行を乗せた馬車が走る。 

 座席は硬く、コニンはしきりと尻が痛いとこぼしている。

 ひと息ついた後、ダーは御者台に座ったベクモンドに声をかける。


「いや、おぬしには助けられたわい。それにしても、手回しがよかったのう」


「ははは、ベールアシュには長いですからね。よそ者よりは知己は多いし、こうした不測の事態には強いですよ。ところで、どちらへ向かえばいいですか?」


 そういわれても、このヴァルシパル王国で国王に追われて、逃げる場所などあるはずもない。

 ジェルポートの公爵ならば、あるいはこの窮地を救ってくれる可能性もある。しかしジェルポートは位置的にベールアシュよりも首都に近く、戻るには危険性リスクが高い。


「いっそのこと、ナハンデルへ向かうのはどうでしょう」


「ナハンデル?」


 まったくダーの脳裏には浮かばなかった地名である。

 詳しい説明を求めると、


「ナハンデルは、もともとこの地域を支配していたレネロス家が治める領地です。その兵は剽悍であり、ヴァルシパル国王は武力討伐をよしとせず、侯爵の地位を与えて懐柔する手段を採りました。それ以来、ナハンデルはヴァルシパル王国内において、独立した気風を保ったまま存在しています」


「なるほど、王国内において唯一、国王の命が徹底せぬ可能性があるというわけか」


「一種の賭けのようなものです。ひょっとすると、侯爵は国王との諍いを恐れ、あっさり身柄を引き渡す可能性もあります」

 

「なあに、わしらはいつだって危険な橋を渡ってきた。命を削ってここまで来たのだ。助かる可能性があるなら、いくらでもダイスを振ろう」


「ですね」くすりとルカが笑った。

 コニンもクロノも、顔を見合わせて微笑を浮かべている。

 そんな瞬間だった。切迫した声がエクセの口から漏れた。


「なにかが接近してきています!」


 馬車の背後に砂煙が舞っている。見ると騎馬の一団が、いっさんにこちらへと駆けてくる。それは速度を増し、豆粒ほどの大きさから急激にその姿を明瞭にしてゆく。

 先頭に立つ白馬にまたがるのは、誰がどう見てもミキモトである。

 その背後にも彼の仲間とおぼしき、人馬一体となった6つの影がある。


「背後を警戒してください!」


 御者台からベクモンドの切迫した声が飛ぶ。

 コニンは銀色の弓を構えたが、射るのを躊躇している。


「ねえ、国王の使者を射殺していいものかな?」


 急所を避けるにしても、追っ手はかなりの速度で駆けているのである。落馬して無事にすむとは思えない。


「いいものとは思えんが、捕まるわけにはいかんのう」


 そのわずかな逡巡が命取りとなった。

 ミキモトの白馬ともう一騎が馬車の前方に廻りこんだ。

 逃げ道を遮断するかのように、左右にもそれぞれ2騎ずつ。彼らは完全に騎馬の群れに囲まれるかたちとなった。すこしずつミキモトの馬が速度を落としはじめる。

 追突を避けるために、馬車も合わせて速度を落とさざるを得ない。


 ゆっくりと馬車の速度は緩慢なものとなり、やがて完全に停車した。

 こうなれば、対峙するしか道はない。

 5人は順番に、後方から馬車を降りた。ベクモンドには御者台に待機するよう指示を出す。ダーとしては、彼は巻きこまれた被害者の立場にしておきたかったのだ。


「ようやく追いつきましたよ、このムカつく反逆者どもにね!」


 馬上から弾むような声で、ミキモトが吠えた。

 気障ったらしい仕草で片脚を後方へ伸ばし、ゆっくりと馬から下りる。

 地に降りた彼の眼は血走り、尋常ならざる光を放っている。

 こうなればもはや、一戦は避けられまい。

 さてどうしたものかと、さすがのダーも途方に暮れていたときであった。


「――ようてめえら、今日はパーティーかい?」


 聞き覚えのある声が飛んできた。

 短く刈り込んだ髪型。真紅のいかつい甲冑。琥珀色の光を放つガントレット。

 それらすべてを合計すると、タケシ・ゴウリキという男になる。

 休憩中だったのだろう。ゴウリキの部下も、そろって街道わきの岩の上に腰掛けている。

 兜は傍らの木に掛けてあった。

 それを頭に装着すると、ゆっくりとゴウリキは歩み寄ってきた。


「――楽しそうだな、俺も混ぜてくれよ」

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