55 カッスターダンジョン その1
ベールアシュから馬車で一刻ほど。さらに徒歩で半刻ほどで、一行は目的地に到達した。山の斜面が間抜けな口を、ぽっかり開いたかのようなその洞穴は、長身のクロノトールでも身をかがめずとも良いほどに広闊だった。
――通称、カッスター・ダンジョン。
最初にここを発見した、冒険者の名にちなんで名付けられた。
少し内部へと歩を進めると、行く先を完璧な漆黒が遮断している。
頭上からぽたりと、ときおり滴りおちる雫は、彼らの兜に弾かれ、透明な水音の響きだけを残した。
光が暗闇を打破した。ダーが松明に火をともしたのだ。
ここから慎重に、彼らは隊列を組んで歩く。
前衛はダーとクロノ、中央にルカとエクセが並び、しんがりをコニンが務める。
壁面はごつごつした自然な形から、徐々に直線的になっていく。
誰かの手が加えられた証しであろう。
「ダンジョンって独特の雰囲気があるよね、どきどきする」
コニンが自らの緊張をほぐすように、ぼそっとつぶやく。
「うむ、どきどきするわい。見てみるがいい、この壁面の掘り具合、これは相当古い時代のものと見える。しかし彫ったのはドワーフではなさそうじゃ。そこは残念じゃが、やはり地下というものはいいのう」
「……コニンのどきどきと、あなたのどきどきは、おそらく質が違うものだと思いますよ」
エクセが冷静に指摘する。
松明の光は内部で不思議な反射をし、洞窟の奥まで届きそうなほど、光が浸透していく。
壁面に特殊な塗料が塗られているのだろうか、それともこの洞窟の鉱物の作用によるものか。ダーのいう古い時代の技術によるものかもしれなかった。
おかげでこの階では、敵からの奇襲の心配はなさそうだ。
二層へ降りる階段は、大きな円形の広間にあった。
ぽつんと灯りが見える。
誰かを待っていると思しき、2人の冒険者が片隅に座っていた。
彼らがにこやかに会釈したので、こちらも会釈を返す。
お先に失礼とダーたちが階段を下ると、これまた円形の部屋に出た。
前方と左右にそれぞれ穴が続いている。
「さて、何もかもが初めてじゃ。適当に進むしかないのう」
「じゃ、まっすぐ行こうよ」
特に反対することもない。前方の通路を選択し、まっすぐに進む。
路は、長方形の広い部屋に直通していた。ぞわりと暗闇が蠢く。
「――なにか、いますね」
さすがに闘いになれた『フェニックス』メンバーは、すぐにその気配を察した。
独特のうなり声で、コニンが正体を見破る。
「気をつけて、ダンジョンウルフだ!」
地下で異常な進化を遂げた狼に似た魔物、それがダンジョンウルフだ。
目は退化して存在せず、代わりに聴覚が異様に発達している。
異常に大きいその口は、人間の頭部など一口で齧りとることができる。
ダーとクロノが前進すると、4体の異形の狼はすぐに臨戦態勢に入った。
「グェア」という奇怪な咆哮とともに、2体が飛びかかってってきた。
クロノはタートルシールドで、ダーはバックラーで、その牙を防ぐ。
他の2匹は、左右の側面から回り込もうとしている。
敏捷なだけに、厄介な戦法である。
「大いなる天の四神が一、玄武との盟により顕現せよ――」
――そのとき、すでにエクセの詠唱は完成していた。
「ウォーター・ドルフィン!」
空中に描かれた魔法陣から、水の塊のドルフィンが飛び出した。
ドルフィンはエコーロケーションと呼ばれる、高密度の周波音を発し、周囲の状況を把握する。
通常の人間には可聴域外であるが、発動した術者のみ、おのれの目で確認できない周囲の位置情報が手に取るように把握できるという、どちらかといえば戦闘向きではない呪文である。
だがそれを恣意的に、特定の相手へ向けて音波を照射してみたら、どうなるか。
動物――特に耳の良い怪物にはたまらない。
音の爆発のようなダメージを受け、ダンジョンウルフはたちまち大混乱に陥った。
あとは造作もない。
ダーたちは、まるで草を刈るように容易く、4つの化け物の首を刎ねた。
「まずは、こんなものじゃの」
ダーはふう、と額の汗をぬぐった。
部屋を探索してみたが、ろくなものは落ちていない。
左右に路がつづいている。
一向は2つのうちの左側の道を選択した。
しかし、すぐに袋小路につきあたり、次は右の路を選択した。
右の道はゆったりとしたカーブを描き、先程よりも小さな正方形の部屋に続いていた。
警戒しつつ中を覗くと、そこにもダンジョンウルフが3体いた。
ダーは指先で合図をおくり、エクセが頷く。互いに無言のまま。
機先を制し、エクセがウォーター・ドルフィンを唱えた。
「よし、今じゃ!」
悲鳴をあげるダンジョンウルフを、前衛のふたりが先ほどと同じ要領で退治する。3つの血だまりが戦闘の終わりを告げた。
この部屋にはいろいろな物が部屋隅に落ちている。がらくた。空の木箱。剣。人間。
――――人間?
「だ……誰かが、死んでるよ……」
コニンがかすれ声でささやいた。
あわててルカが倒れている人間に近寄り、生きているか確認する。
「―――生きています……」
安堵の吐息とともに、ルカが言った。
続けざまに他のメンバーからも吐息が漏れる。
ルカが回復呪文を唱える。倒れていた人物は、もぞもぞと動き出した。
粗末な革鎧に数打ちの剣。見るからに駆け出しの若者のようだ。
「………ううん……僕は一体?」
「気がついたかのう」
ダーが話しかけると、若者はひどく怯えて後じさる。
「おいおい、せっかく助けたのに、その塩対応はなかろう」
「ああ、すいません。そんなつもりはなかったのです」
若者はイエカイと名乗った。
8級冒険者で、同じ階級の仲間5人と共に探索に来たが、敵があまりに強くて5人は逃走。彼だけがここに取り残されたという事情らしかった。
「よいかな、地下の敵は地上の敵よりも強いのが常道じゃ。――魔は、闇にひそむものであるからな」
「は、はい。肝に命じます」
「だが、もう敵も退治したことじゃし、さいわいなことに、向こうにある階段を昇ればすぐに一層じゃ。次からは気をつけるんじゃぞ」
「――そんな、一人で帰れと?」
「そんなもどんなもマドンナもないわい。ワシらはこれから下の階層へ降りるところじゃ。ワシらが通った路を歩けば敵も出まいし、一人でも大丈夫じゃろう」
「嫌です、私も連れて行ってください! 一人にならないためなら。どの階層でもついて行きますよ」
「む……そうは言ってものう」
一行は顔を見合わせた。
言いにくいが、はっきり言って足手まといだ。
しかし見捨てていくのも後味がわるい。
何ができるのかイエカイに聞いてみたが、彼は前衛職だったそうで、魔法はさっぱりだった。武器はいかにも質の悪い数打ちの剣で、二、三体ほど敵を倒せば、すぐに使い物にならなくなるだろう。
いよいよ本格的に足手まといである。
「仕方ないのう、怪我をせぬようついてきなさい」
しかし、ダーはOKを出した。
苦虫を噛み潰したような顔ながら。
「あ、ありがとうございます!」
「――ダーさん、いいの?」
「……ひとりぼっちは、つらいじゃろう」
こうして一行は、急遽隊列の変更を余儀なくされた。
話し合いの結果、ダーとクロノが前衛は変わらず。
イエカイとルカが中央に、エクセとコニンがしんがりとなった。
さて、この部屋には、まだちょっとしたものが残っていた。
「ダーさん! ちょっとこっち来て!」
「……へんなのがいる……」
ダーたちは、ふたりの方へと近寄る。
隅のほうできらきらとうごめくものがある。
「驚いた。これは宝石蟲ですよ!」
思わぬ発見に、エクセの声も弾んでいる。本物の宝石のように美しいきらめきを発するので、生死を問わず人気がある生物だ。
これはお金になるので、採取してエクセが持参した木造りの小さな収納箱へ収める。
部屋には北と右に、道が続いている。
ダーたちは右の道を選択した、あまり代わり映えのしない路を注意深く歩く。やがて、かろうじて6人が入れる程度の小さな部屋につきあたる。
部屋には、下へとつづく階段があった。
「よし、降りるぞ」
「……うん……」
――さて、地下3層だ。
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