#3 軍港のメリークリスマス - コンサート前の横須賀観光の話

1.わたしは彼とデートしてた

 横須賀中央駅はJRの駅舎よりも立派で、地元を思い起こして勝手にシンパシーを感じた。午前11時の東口に人影はまばらで、吹く風もいつになくそっけなくて冷たい。

 本当は横須賀には9月末に来るはずだった。だけどその目的の吹奏楽のコンサートは台風に吹き飛ばされてしまって、予定はあえなくキャンセル。飛ばされたコンサートの開催日程は3ヶ月ほど先に着地して、それが今日、12月24日。世間様がクリスマス・イブに浮かれる日だ。

 コンサートは18時開演。それに合わせて集合してもよかったんだけど、せっかくのイブなんだからデート……もとい、お互いの孤独を埋め合うために横須賀を観光しようという算段。


「イブに延期してなかったら、いまごろ私は死にそうな顔で原稿してたね……」


 早めの昼食を済ませようと立ち寄った駅前のモスバーガーで、苦笑いしながらそんなことを言ってみる。昨日どうにか脱稿できたのは、今日に予定があったおかげだ。誇るほどではないにしても、人に話して恥ずかしくないイブが過ごせるのは幸運かもしれない。


「わたしは彼とデートしてた」


 えるがお茶会にお菓子を持ってくるくらい当たり前のことみたいにとんでもないことを言うものだから、私は一拍遅れて「エ゜ッ」と変な声を上げてしまう。アイスコーヒーのカップは哀れに潰れたけど、幸いにしてほとんど飲み干したあとだった。現実から目を逸らそうと、えるの着ているかわいいポンチョコートはどこで買ったのか訊こうとしたら、先んじて「写真見る?」と言われた。見たい、けど見たくない。


「えっ、待って。うそ。待って、えー……」

「ほらほら、かわいいでしょ」


 私の逡巡なんかえるには知ったことではなくて、iPhoneの画面を押しつけられる。その液晶が映し出していたのは、


「わあ、かわいい。ほっぺが赤くてふにふにしてそうだし、目はまんまるできらきらだし、耳がとんがっててしっぽはぎざぎざで大谷育江さんの声しそうだしピカチュウだね、彼は」


 このピカチュウ、えるから送りつけられてきたシナリオを私がどう漫画に落とし込もうか四苦八苦していた最中に、ポケモンの新作を思う存分堪能しているえるが喜々として送りつけてきたスクリーンショットの数々に必ず映っていた子だ。私はその一連の行いでえるに私以外の友達がいないことを確信したし、その理由も察した。


「要するにひとりでゲームしてる予定だったんだ」

「クリップスタジオとの蜜月よりはすてきでしょ?」

「言ってくれるなあ……」


 たわいのないやりとりは置いといて、今日の最初の目的地は三笠公園。日本海海戦で連合艦隊の旗艦をつとめた戦艦三笠が鎮座する公園だ。

 どちらが先導するわけでもなく立ち上がって、店を出る。

 トンビがピーヒョロと鳴く声や、英字が併記された看板や標識。それらがこの横須賀がどんな街なのかを物語っていた。

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