〜蝉〜
毎年この時期になると思い出す。
梅雨が明けてアスファルトからの熱気に視界が揺らぐ夏の日。
祖父と縁側で過ごしているとき祖父が幼い私に語った話。
いや、始まりは私からだっただろうか。たしか私のこんな問いかけから祖父の話は始まった。
ミーンミーンミーン
「ねえ、おじいちゃん。セミってね一週間しか生きられないんだよ。知ってた?」
小学生に入りたてのころの私は知り得たばかりの知識を誰かに聞いてもらいたくて同じ話を繰り返していた。
「そうだな、あいつらは一夏しか生きられんな。」
私の頭を撫でるおじいちゃんの手はもうその頃には細くなっていた。
「うん!毎日うるさいけどすぐ死んじゃうの!可哀想!」
そう言う私の表情は言葉とは裏腹に明るい。
「可哀想か...。そうだな、可哀想だな。」
「そうだよ、可哀想なの!私知ってるんだ、セミって何年も土の中にいるの!」
「それなのに、お外に出たらすぐ死んじゃうの可哀想だよねー」
ミーンミーンミーン
おじいちゃんはどこか遠い目をしていた。
「沙羅、おめぇいくつになった?」
「うん?6才!」
「そうか、6になったか。」
「オレもこの話きいたのはそれぐれぇだったかな...。沙羅、うばすてって知ってるか?」
「うばすて?知らない。」
「そう、姥捨。そうだよなぁ、知らねぇよなぁ。」
ミーンミーンミーン
「昔はな、じいちゃんみてぇなのは山に捨てられちまってたんだ。」
おじいちゃんの発言は衝撃だった。
「!なんで?なんでおじいちゃん捨てられちゃうの?」
「昔はよ、みんなそんな食べものがなくてなぁ」
「?」
当時の私にはそれが何故捨てられる理由になるかわからなかったがおじいちゃんはそれ以上言わなかった。
「沙羅はセミがやっと外に出られたって言ってたな。」
「うん、大人になって飛べるようになったって先生が言ってた。」
「そうか。でもなぁ、本当はちがうんだ。」
ミーンミーンミーンミーン
鳴き声が大きくなった気がした。
「ほんとは土の中から捨てられちまったんだよ。」
「え、」
「みんながいる場所から年老いたやつらが追い出されて、だから泣いてるんだよ。」
私にはおじいちゃんが言っていることがわからなかった。ただセミの鳴き声はさっきにも増してよく聴こえてる。聴こえるというよりは頭に響くように感じた。
「外に出た先には死しか待ってねぇ。そんなもん地獄だよなぁ。でもしょうがなかったんだ」
「泣いて泣いて死ぬまで泣いて死ぬんだ。捨てられたもんはわかっててもやっぱ泣いてしまう、それが山から聴こえてくるんだ。」
ミーンミーンミーンミーン
「そんで周りからも聴こえてくるようになってよ、いつか山か側からかわかんなくなって、それで静かになるんだ。」
おじいちゃんがこのときどっちの話をしているのか幼い私に区別などつく訳もなかった。
だがまるでどこかが痛むかのように顔をひしゃげて
「可哀想だよなぁ」
そう言ったあと、おじいちゃんは目をつぶってもう何も言わなかった。
私はこの話の大半の意味を理解していたわけじゃなかったがおじいちゃんの雰囲気と鳴り響くセミの声に身の毛がよだつ感覚を覚えていた。
それから夏を超す前におじいちゃんは死んだ。
老衰だったが死んでしまう一週間ほど前から何も食べなくなり最後には水さえとらなかった。
死ぬ直前おじいちゃんはやっと迎えにいけると言っていたと父から聞いた。
夏も終わりに近づくというのに暑い日だった。
その日もセミの声は五月蝿く響いていた。
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