第28話 動き出す闇Ⅱ
巨大な火の弾丸が迫る中、冥が発動した
着弾とともに激しい轟音が闘技場全体に響く。それだけで、いかに火弾を放った術者の技量が高いかわかる。小さい岩程度のサイズの火弾を瞬時に四つも作り、さらにはそれをうまくコントロールして残りの四人を的確に狙った。精度だけでなく、威力もあり、熟練度が高いことをうかがわせる一撃だ。
黙々と立ち昇る土煙が観客達から、出場者たちの姿を覆い隠す。
祢音達が固唾を飲んで見守る中(炎理もなんだかんだでドキドキしながら)、晴れた決闘広場には未だ立っている四人の姿が観客達の目に映る。
あの火弾で倒れたのはどうやら一人だけのようだ。冥も見事防ぎ切ったようで、しっかりと地面に立っていた。
一人だけしか倒せなかったことに、火弾を発動した生徒は舌打ちをするも、すぐに行動を開始する。一人に狙いを定め、MAWを構え、地面を蹴った。
狙いを定めたのは冥以外の一人の生徒。交差するするように両者のMAWがぶつかり合う。
その間、冥ともう一人残された生徒は静かに睨み合っていた。
数瞬――二人は動き出す。
黒睡蓮を構えた冥が先に仕掛けるように地面を蹴った。対する相手は迎え撃つ形で篭手型MAWを構えている。
冥の初撃は上段からの振り下ろし。それを相手の生徒は横にステップすることで避ける。だが、冥の連撃はそこで終わらない。
相手が避けた方向に下から上へ黒睡蓮を薙ぎ払う。相手の生徒は何とかギリギリに篭手型MAWでガードするが、衝撃で少し後ろに後退する。
追いかけるように一歩を踏み出し、逃さないとばかりに篭手型MAWの上から連続で刺突を放つ。
怒涛で速さのあるその刺突は相手に反撃の隙を与えない。ただ、的のように冥の繰り出す一撃一撃を相手は防ぐことしかできていなかった。
だが、連続刺突中に一瞬だが冥は顔を顰め、その動きを止める。相手の生徒はそれを見逃さなかった。
その一瞬で相手の生徒は冥の連続刺突から抜け出すため、大きく後退するように後ろに跳んで下がる。しかし、一瞬硬直した冥だが、すぐさま次の行動に移っていた。
「闇よ、纏え!
冥が二節詠唱でもって発動したのは、第三位階の『
黒睡蓮の切っ先に纏うように闇が収束し、冥はそれを薙ぐようにして、自分から大きく離れた相手の生徒に放つ。下がって態勢を立て直そうとした相手の生徒は波のように迫る闇に反応が遅れるも、何とか篭手型MAWで防ぐことに成功する。
衝撃でさらに吹き飛ばされるも、ダメージがあまりなかったことに安堵した相手の生徒は、けれども、立ち上がった瞬間、すぐさま膝をついた。
「な、なんで……?」
がくがくと震える自分の足と、さらにはなぜかものすごい疲労感を感じて、相手の生徒は無意識に疑問を零した。それに、近づいてきた冥は黒睡蓮を相手の首元に添えながら、答える。
「闇の特性は吸収。闇の波動は物理的なダメージは少ないけど、当たった相手の体力や気力、それに少ないけど心想因子なども、相手から吸い取るのよ。このバトルロイヤルでここまで残っている私達はすでにかなり疲労が溜まっているはず。だから、この魔法で決め切れると思っていたわ」
「……なるほどね。負けたよ」
冥の説明に相手の生徒は清々しそうに負けを認めた。
その瞬間。
『決まったぁ!この予選D組の勝者が決まったようです!見事勝ち上がったのは、高等部二年Ⅱ組、
司会が盛り上げるように勝利者の宣言をした。
どうやら、戦っていた時は集中していて気が付いていなかったが、もう一組はすでに終わっていたようだ。冥がそちらに視線を向けると、余裕綽々と言った様子でこちらを見つめている一人の男子生徒。
その横では一番最初に四人に火弾を放った生徒が倒れ伏していた。
火弾を見ただけでも、かなりの実力者だと思っていた冥はそれをいとも容易く破ったように見える上級生の男を要注意の相手だと定めた。本選で当たるかもしれないのだ。警戒しておくに越したことはない。
そんな中、司会の声を聞いた観客達のボルテージは最高潮にまで上がっていた。
普段は見られない迫力のある戦いや衝撃的な魔法を見せてくれた勝利者の二人に大きな拍手が送られる。それをバックに、神宮翔也と暗条冥は決闘広場を降りていくのだった。
冥は見事、祢音達の前で本選に駒を進めた。
炎理は面白くなさそうな顔で憮然としていたが、祢音と命はそれを見て、素直に周り同様、拍手を送っていた。
命が冥の戦いぶりを見て、感想を零す。
「……すごかった」
「ああ、最後はほぼ一方的に暗条が勝ってたな」
「……ん。闇属性の特性、なかなかえげつない」
命の言う闇属性の特性。それは魔法を使った時に主な特徴となって現実に現れるもののことを指している。
それぞれが、火属性なら破壊、水属性なら再生、風属性なら感知、地属性なら堅牢、雷属性なら速度、氷属性なら停止、光属性なら守護、闇属性なら吸収といったように使う魔法に特徴となって現れやすい。稀に属性を強く持って生まれた者はその属性が持つ特性が身体機能にまで影響するという者もいるらしいが、それは本当に極稀だ。
「確かに吸収っていう特性はずるい気もするな。ただ、あの魔法を使うまでの流れを作ったのは暗条だ。魔法だけがすごくても、当たらなければそれは意味がないからな」
「……ん。祢音のクラスメイトちゃんがえげつよかった」
「なんだよその造語は……」
不機嫌そうな炎理を他所に、二人は素直に冥を褒める。若干命は、それ褒めてるの?と思わなくもない言葉を言っているが、本心では冥を素直に賞賛しているのだろう。
♦
その日の夜。
役員試験一日目は無事に終わりを迎え、祢音達も帰路についた。
あの後、最後の組のバトルロイヤルが始まる頃には炎理の機嫌も戻り、周りの熱に当てられたように盛り上がった。若干盛り上がりすぎて、祢音と命にはいい迷惑になっていたが……。
明日は風紀委員会の役員試験の本選を今日のメンバーで見に行くことになっている。
炎理の生徒会の役員試験はどうしたのかと言うと、実は先ほど第一次合格者が申込時に登録した携帯情報端末のアドレスに届いたらしく、炎理は見事に落ちた。
今回生徒会の役員試験に申し込んだ人数は八十名ほど。その中で見事一次の筆記に通ったのは八名だけだった。
自分の理想とする相手に近づけなくなったことや、さらには今日の昼に目の前で(勝手にライバル視している)冥が勝ち上がったのを見たからこそ、炎理は自分が落ちたとあって、余計悔しさが込み上がったのだろう。
バトルロイヤルで盛り上がっていたのが嘘かのように落ち込む炎理に祢音は何て言葉をかければいいのかわからなかった。
そして現在。
一時間ほどかけて炎理を慰めた祢音は部屋で一人テレビを見ていた。
ただ、その視線はテレビに向いているようで、向いていない。
テレビから流れる音をBGMに祢音は考え事に耽っていたのだ。考えていることはもちろん炎理の不合格……ではなく、風紀委員会の役員試験の予選。今日のバトルロイヤルだった。
戦う冥の姿を遠目に見ていたが、動きが昨日戦った時よりぎこちなく見えた。悪鬼羅刹のごとき活躍を見せていたが、反面、祢音の目には精彩を欠いているようにも見えたのだ。
(あれは、鍛錬のし過ぎで体のどこかを痛めたって感じかな……)
動きを見た時、武器を交えた時、不意に手のひらを見た時。通じるものがあるからこそ、冥が自分を顧みずに鍛錬しているということはわかっていた。彼女が何を目指して、あそこまで自分を痛めつけるのかはわからないが、出来れば最悪の状況にはならないでほしいと思う。
冥がどう思っているかはわからないが、祢音にとって彼女はクラスメイトであり、何より少なからず友情を感じているのだから。
いつも炎理に絡まれては、彼を罵倒し、言い合いになって、最後には自分が苦笑して、二人の仲介をする。たまに流れ弾が飛んでくるように自分にも矛先が向かう時もあるが、それでもそれはそれで楽しかった(断じてドMではない)。
(俺みたいに
そんな風に祢音が冥の安全を願った時だった。それまで見ているようで見ていなかったテレビから流れてきたニュースに祢音は視線を鋭くした。
『今日の午後未明、人工島【武蔵】にある志摩拘置所が何者かの襲撃を受けました。その襲撃で重軽傷者は多数に上り、さらには捕まっていた凶悪犯罪組織のメンバーの一人が脱走しました。犯人達は未だ捕まっておらず、警察は現在も捜索中だということです。周辺にお住まいの方達は十分にご注意してお過ごし下さい』
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