【web版】大魔法師の息子~名家を追放された少年はいずれ世界に名を轟かせる英雄となる~
大菩薩
一章
第1話 プロローグ
この世界に魔法が登場したのはおよそ三世紀前のことだ。
当時、世界では第三次世界大戦が勃発していた。
多数の国による核の保持。世界でも数か国しか保有していないと言われていた核を多数の国が持っていると判明したのは、ある一つの国の影響が大きい。その国は、国際条約である核兵器禁止条約を破り、ひそかに核兵器を開発、量産を行っていた。それを恵まれない小国などに横流しし、多数の核保持国家を創り上げたのだ。その愚行は当時、世界最大であった大国も気づけなかったほど。
『我らは大国の蛮行を許すわけにはいかない。富と資源を占める豊かな大国を許しはしない』
そして、杜撰な大義名分片手にその国は発展途上国だった多数の小国をまとめ上げて、世界に宣戦布告した。
戦いは熾烈にして苛烈を極めた。技術の進んだ世界は、人同士の戦い、核兵器による殲滅、より多くの犠牲が出る手段が増えた。各地に広がる被害。死滅していく大地。減る人口。
戦争が続けば、このまま人類は滅ぶ。それでも国々は止まらなかった。破滅する未来があると知っていても……。
そんな混沌と化した戦争の中に、その者は突如として現れた。それは戦争によって暗く閉ざされたこの世界に一筋の希望を齎す救世主のように。はたまた、下界の人々を憂いて、神が遣わした天使のように。超常的な存在となって降臨した。
『大戦によって暗く濁ったこの空の彼方から、燦爛と輝く光を纏って、彼の者はこの世界に降り立った』
現代に伝わる世界を救ったその人物に関する書記にある一文だ。
その者は不思議な力を持っていた。いや、不思議などという陳腐な言葉では言い表せないほど強大で危険な力だった。
戦争を
突如として現れ、戦争をめちゃくちゃに破壊したその者の力に各国は戦慄し、そして、世界に弓引いた国々はなす術もなしに、呆気なく降伏を宣言した。神の御業のような現実離れした力が戦争を止め、世界を救ったのだ。
こうして、一人の人間が持つ超常の力によって第三次世界大戦は終結を迎える。ただ圧倒的な力を見せ、屈服させるという行為一つで。
その後、大魔法師、始まりの魔法師、大賢者、様々な呼ばれ方はあるが、そう呼ばれるようになったその者は各国に自分の力を伝授する。
全世界で明らかになったその力に人々は興奮し、各国は躍起になって研究に取り組んだ。後にその力は魔法と呼ばれるようになり、それから魔法革命と呼ばれる一つの始まりが起こった。それが魔法が世界に浸透しだした最初にして原初。
そう、すべてはそこから始まった。
♦
魔法歴322年。3月3日。
そこは閑静な山奥に建てられた小さな木造の一軒家。
その家の前で一人の少年が木刀片手に、女性と対峙していた。
「……いくぞッ!」
駆けだした少年は一瞬のうちに女性との距離を詰める。それはまるで瞬間移動したかの様。多分、人が見ていたら少年がいきなり女性の前に出現したように映っただろう。その速さは人間の出せる速度を遥かに超越しており、それは、人間が一回まばたきするほんの数秒で達成されたこと。
人間のまばたきは一回で百から百五十ミリ秒掛かると言われているが、少年はそのわずかな時間で女性との距離十メートルほどを走破してしまったのだ。
一瞬で女性の眼前に現れた少年は持っていた木刀を上段から女性目がけて、振り下ろす。だが、女性はまるですべて見えているかのようにその振り下ろしに合わせて、自分が持つ木刀を翳して受け止めた。
カァンと木刀同士がぶつかる音が辺りに響き渡る。
初撃が受け止められることなど百も承知。少年は止められたことを気にすることなく、木刀を振り続ける。
流れる様に横薙ぎ、袈裟斬り、逆袈裟、と怒涛の連撃。だが、女性は全ての攻撃を涼しい顔で防ぎ、逸らし、はじき返す。まるで水の様に掴みどころのない、実態が捉えられない様な刀捌き。しばらく森には木刀のぶつかり合う音だけが響いた。
それから数分間。ずっと続いていた二人の剣舞は、しかし、
「あれ……?」
バキッという両者の木刀が折れる音とともに唐突に終わりを迎える。
木刀が折れたその瞬間。女性はほんの僅か、それもたったの数十ミリ秒ほどの時間だが、少年から視線を逸らした。普通だったらその程度は隙とは言えない。だが、少年はその一瞬をチャンスだと思った。
(いける!ここしかない!)
木刀が折れたことなど気にすることなく、瞬時に全力の身体強化を自身にかける。
少年の体から迸る
ドゴンッ!!!
音速を容易く超えた加速の衝撃波と放たれた掌底の威力の余波で舞い上がる土煙。打撃音からもその威力が窺いしれる掌底は、けれども……。
「……まじかよ……今回ばかりはもらったと思ったのに……」
晴れた土煙から現れたのは、無情にも無傷の女性。
少年の掌底は女性に当たるほんの数センチ手前で何かに阻まれるようにして止められていた。
「あはは!!さすが
それを成したであろう当の本人は快活に笑いながら、袮音と呼ばれた少年の一撃を褒める。
女性がしたことは単純。掌底が当たるより速く、自身を中心とした防御結界の魔法を展開したのだ。それも周囲の空間を完全に遮断した絶対不変にして最強の盾を。
言うは易し、行うは難し。
袮音の攻撃はまだ14歳の少年とは思えないくらい、判断や速度、それに威力ともに全てが申し分ないほどの完璧なものだった。
だが、対面する女性が強すぎた。
(ああ……そうだった。なんで決まるなんて浮かれたんだ俺のバカ!この人はあの程度の攻撃でどうにかなる人じゃないだろ……)
満面の笑顔を浮かべ、褒めてくる目の前の女性に、袮音は失念していたことを思い出す。目の前にいる見た目20代前半のスタイル抜群な美女は自分が全ての力を振り絞って、ようやく傷一つつけられるかもしれない……そんな化け物だということを。
「まだだ!」
悔しそうな顔を全面に押し出して、袮音はまた女性に向かっていく。
その日、二人の修行は日が沈みはじめる時間帯まで行われた。
燦燦と地上を照らしていた太陽が地平線の彼方へと沈んでいく。赤く燃え上がったような大地が、黒に染まり始めた。
夜の帳が落ち、山では夜型の生き物が活発化する時間帯。そんな時間帯に先ほどまで戦っていた袮音はというと――顔や体中を傷だらけにして料理をしていた。
「くそっ!また一発も入れられなかった!今日こそはいけると思ったのに!」
いつも通りコテンパンに負けたため、ぶつくさと不満を垂らしながらも、袮音の料理をする手はスムーズに動いていく。その手捌きは見事で、淀みなく手元の肉をさばき、野菜をいため、料理を完成させていった。完全に主婦の手並みだ。
瞬く間に完成した料理をテーブルに並べている途中、玄関口の扉を開けてこの家の主人が帰ってきた。
「ただいまー、袮音。いい子にしてた?」
「ガキ扱いすんな!アリア!俺はもう子供って年じゃない!」
「ふふ……そうだね。ずいぶんと大きくなったよ」
「……くそっ」
アリアと呼ばれた女性の反応を見て、袮音は自分の対応が逆に子供っぽいことに気づき不貞腐れる。そんな袮音を見てアリアはニコニコと笑顔を零した。ずっと向けられる、微笑ましい子供を見るような笑み。そんな視線に耐えられなくなった袮音は話題を変えるように、
「そ、そういえばどこ行ってたんだよ!俺との修行が終わってから急に出かけて」
そんな袮音のわかりやすい話題転換にアリアは笑って、
「ふふ……それはこの後のお楽しみだよ。とりあえず食事にしよう!もうお腹ペコペコだよ!」
「……はいはい」
いつもなら自分の恥ずかしがる姿をからかいにくるアリアだが、今日はどうやらお腹の方が先に根を上げたようで、少し拍子抜けしたような気分になった袮音だった。
テーブルには綺麗に皿に盛り付けられたビーフシチューと付け合わせのサラダ。アリアはその並べられた食事を眺め、「いただきます」と手をそろえ挨拶すると、料理を一口、口に運んだ。
「うん!相変わらず、袮音の料理はおいしいね!どんなとこにお婿で出しても恥ずかしくないよ」
「ありがとな。でも、今はそうなる気はないよ」
「ええ!?なんで!?……ハッ!?もしかしてそっちの気が……」
「なわけないだろ!?どういう思考回路だよ!
「な、なんだぁ~。驚かさないでよ。息子が実はゲイだったて思ってしまったじゃないか。やっぱり袮音も健全な男の子なんだね」
「当たり前だろ。俺だって男よりかは女の方が好きに決まってる。だけど、今はそんなことよりもっと強くなりたいんだよ……アリア、あんたのように」
「ふふ……だったらまずは私から一本でもとれるようならないとね?」
「フン!明日には取ってやるさ!」
挑発されて、息巻く袮音を見ながら、アリアは過去に思いを馳せる。
(あれからもう10年くらいか……最初は驚いたなぁ~。まさかこんな辺鄙な山奥であんな小さな子供が一人でいるなんて思わないもんね……ふふ、それが今じゃあここまで大きくなるなんて。子育てなんてしたことなかった私がよくここまで育てられたもんだよ)
慈愛の篭った瞳で料理を食べている袮音を見つめる。まだまだ子供ぽいところもあるけど、すでに大人の一歩手前だ。だから……
(でも、過保護もここまでかな……今日で袮音も15歳。そろそろいろいろ経験させないとダメだよね……)
そうどこか決意した顔で、アリアは少し前とは打って変わって悲しそうな様子で袮音を見つめながら、食事を進めていくのだった。
夕食を食べ終わり、皿も片付け終えた袮音は座ってお茶を飲みながら人心地ついていた。
そんな休憩中の袮音にアリアは声をかける。
「食べ終わったことだし、今日の本題に入ろう!」
「……本題?何かあったか今日?」
言われたことに全く心当たり無い袮音は首を傾げて問い返す。その様子に少し呆れたように苦笑いを浮かべるとアリアは元気よく発表した。
「もう!この忘れんぼめ!今日は袮音の誕生日でしょ!」
「へ?……誕生日。ああ…………そうだった。今日は俺の誕生日か……」
一瞬何を言われたかわからず、呆然としていた袮音だが、我に返ると、そういえば今日が自分の誕生日だったな、と思い出した。アリアはそんな自分に無頓着な袮音にまた呆れるも、嬉しそうに外に行ってまで買ってきたケーキを取り出す。
「じゃーん!!せっかくのお祝い事だから誕生日ケーキを買いに行っていたのでした!!」
「……そうか……ありがとな、アリア」
「あはは!!照れちゃって!かわいいな!もう!」
「う、うるせ!」
袮音はからかわれたことに顔を赤くすると、アリアから顔を逸らすようにそっぽを向く。その様子をアリアは楽しそうに笑った。
「実はこれだけじゃないんだよ!まだプレゼントもあるんだから!」
「プレゼント?」
「ちょっと待っててね!」
そう言ってアリアは何かを取りに行くように席を立つ。しばらくして戻ってきたアリアが持ってきたものは横長の木箱だった。
「それが、プレゼント?」
「うん、開けてみて?」
木箱を手渡された袮音はアリアの言葉に従い、慎重に蓋を外す。そうして中から出てきたのは一本の刀だった。
「これは……まさか
袮音が刀のような形をしたそれに感じた違和感。それは魔法補助武器、通称
「正解!袮音の戦闘スタイルだとやっぱり刀が一番いいでしょ?だから、一人で頑張って、この日のために作ったんだ!」
「一人で……作った!?」
買ったならまだ理解できたが、作ったは予想外だった。それも当然かもしれない。この魔法補助武器は多くの研究者や技術者が探求し、模索して完成したそんな人類の叡智が詰まったような兵器なのだ。複数の魔法有識者達が寄り集まって作る代物を一人で制作したというのだから、驚かないはずがなかった。
「ふふ、袮音はまた忘れてるでしょ?私を誰だと思ってるの?」
「あ……」
本日二度目。袮音はまた忘却していた目の前の女性の正体を言われて改めて認識する。
一緒に暮らし始めてから、一体何回彼女の規格外さを目の当たりにしてきたか。
目の前に座り、穏やかにニコニコと笑っている女性にとって魔法とは息をすることと同じくらい当たり前にあるものなのだ。
何故なら――目の前の人物、アリア・バルタザールこそがこの世界に魔法を広めた大魔法師張本人なんだから……
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