いざ、真剣勝負の世界へ
大人達に守られながらジーゴが臨む界王杯
ジーゴにとっては、いつの間にか碁の大会に参加させられることになった。
プロ棋士も手にしたい栄誉ある賞の一つ。そして一般参加可能の大会である。
「プロが途中から参加する大会ってこともあるから腕試しや興味本位で参加する奴らも多いが、お前みたいな複雑な事情抱えてるやつもいれば、背水の陣の覚悟で参加する奴もいる。まぁ目の前にいる奴がお前の予想をとんでもない方向に突き抜けてて、動揺してるってのは分かる。だがそう簡単に動揺して大崩れされても困る」
少し気持ちを落ち着かせ、気を引き締めたかのように見えたジーゴが再び慌てだす。
偉い人が目の前にいて、どんな言葉を使えばいいのか判断が出来ない。
そんなときの立ち居振る舞いが出来る者達が身内にいたと言っても、それを教わる機会もなければ身に付ける必要を感じるような年でもなかった。
「て、テンシュ! あ、あんたが、い、いきなり前の国王何てこというからだろ!」
店主は膝を組み替えて、まるで他人事のようにのんびりとした口調で言い返す。
「ほう、じゃあどう言えばよかったんだ? これから前法王と合流するとでも言えばよかったか?どのみち慌てふためく姿しか見えてこねぇ。内面の成長がまだ足りねぇな。それはお前が悪いってことじゃねぇ。子供を守る責任がある大人が悪い。だがだからといって周りにあーしろこーしろとねだる場合でもねぇよな。俺に道具を見せてくれって、自分から動くことができたんだから、この後も自分から動いて現状から抜け出すしかねぇだろ? 俺だって世話ができるのは皇居の入り口、大会の受付前までだからな。受付には一人で行くんだぜ?」
「失礼がなければ多少変な態度であったとしても気にすることはない。この男の不作法は目にすること自体避けるべきと思うがな」
前法王と知られてからは、それが素であり地と思われる言動が現れ始めたが、ジーゴを見る目には優しさが感じられる。
それを聞いていくらかは気持ちが落ち着くジーゴ。
そのせいか、店主からの言葉を噛みしめる余裕は生まれた。
「テンシュ、受付してもらったあとはどうなるの? 対戦相手は受付が決めるのか?」
「店にな、碁打ちに来る奴らがいるんだが、そいつらから聞いた話だと……」
受付を断られる条件は、期限のみ。締め切りの間であと十日ほどあるが、一日の参加者数がゼロになった時点で締め切りが早められることもある。
参加者数に上限はない。
主催側は制限をつけるべきと考えるが、それは人数を整理しやすくするためではなく、敗退決定した参加者が再挑戦しにくる場合があるためだ。
「そんなことできるの? やっていいの?」
「本人の良識に任せる他はない。が、締め切り期日が過ぎた後も予選は続く。期日をもう少し狭める方が効率はいいのだがな」
前法王としての釈明はこうである。
受け付けは皇居の一般立ち入り許可されているエリアの一室のみ。
片道数日も掛かる地方から参加する者もいる。参加を思い立って会場に向かって出発しても、到着したときには締め切り寸前という事態は避けたい。
参加募集の期間は一か月。プロとして生活している者であれば、どんな長さでも期間は厳守。その大会開催のスケジュールを中心とした生活だから当然である。しかし本職を持っている一般は、本職のスケジュールを無理やり変える強制になりかねない。
参加不可能の者が続出する事態より、参加出来る回数の多少の問題の方がまだ軽いという判断である。
「それはいいんだけど、参加受け付け済ませたらどうなるの?」
「控室に行って人数揃うまで待機だそうだ。その人数は四人ないし三人。四人の場合はランダムの組み合わせの勝ち抜き戦。三人の場合は総当たりのリーグ戦」
控室には常時八人以上になるまで待機させられる。
そこに一人現れた時、四人ずつのグループに分けると一人余り、対局相手もいないということになる。
九人ならば、三人ずつのグループになる。
そこにさらに一人現れれば、四人一組、三人二組に分けられる。
「大会参加の締め切りは……あと十日くらいで終わるんだな。で、一日の中での参加締め切りは昼まで。まだ二時間以上あるから間に合うだろ」
一般参加者はその人数でのグループで、全勝無敗の者ただ一人だけが二次予選に進むことが出来る。
予選がいくつあるのかは参加人数次第。
二次予選も同じ形式で、全勝で勝ち進み続けた者が二人あるいは一人になるまで進められていく。
勝ち残った一般参加者のそこから先は、プロが参加する予選に編入。まずは参加プロ初段リーグ。
人数によっていくつかのグループに分けられ、そこで全勝した者と一敗の準優勝が二段のリーグに勝ち進んでいく。
優勝者が全勝ではなく、一敗の者が複数いた場合次のリーグ進出の該当者なしとされる厳しい基準であり、どの段でもそれは当てはまる。
「ま、とりあえずは一般参加の説明だけで事足りるだろ。勝ち進んでいけばむしろ参加者の誰かとかスタッフの方が丁寧に教えてくれるさ。さ、着いたぜ。まずは受付への一言の念押し、頼むわ。それまではお前はここで待機」
「え? 付き添ってくれるんじゃないの?」
ジーゴの視線は店主と女性の間を行ったり来たりで落ち着かない。
「バカだな。お前と一緒に降りたら、お前を勝たせるために元主催者が現れたって誤解されるだろ。痛くもない腹探られるのは嫌なもんだぜ?」
謂われもなく何かを疑われるという経験はないが、理由もなく避けられたり嫌われたことは数えきれない。
公平さを求める者は多い。
しかし公平さを求める行為とそれによる結果が、不公平さを周囲に感じさせることも多い。
その者が最初から不利な立場であることを想像することは意外と難しいものである。
「それに、いつまでも俺らにおんぶに抱っこってわけにはいかねぇだろ。このおばちゃんがここに戻ってきたら、そこから先はこの道はお前一人で進んで行け。途中で引き返したって、元の生活に戻るだけだ。何も恐れるこたぁねぇさ」
馬車を降りかけた女性が振り向いてこの世のものとは思えないほどの恐ろしい形相を店主に向ける。
しかし店主にはどこ吹く風である。
店主に何か言いたげだが、受付時間が過ぎてしまっては口添えも何もない。
受付に念押しするために皇居内に入っていった。
「……護衛の人とか、いないの?」
「法王辞めても別の公的立場に立ってるからな。俺と会うときはお忍びだよ。つくづく義理堅ぇ奴だよな」
店主から同意を求められるが、事情を一切知らないジーゴには何のことやらさっぱり分からない。
「ま、気にすんな。とりあえず必要な情報は一通り聞いただろ? あとは……」
「ふん。特に問題はなかったが、何に使うか分からんが番号札はもらってきた。特にこの札を持ってきた者には普通に受付をすますようにとは伝えてきたがな」
行ったと思ったらすぐに戻ってきたその女性は、人差し指と中指で何やら番号が書かれた小さな板を挟んでいる。
「さ、これで妾はお役御免だろう? だがそれでも参加させてもらえるかどうかを疑っとるかの?」
「グループ分けが決まったら報告に来な。それで俺の用も済む。勝ち抜いて明日も参加することになるなら、この中で宿泊させてもらえるはずだ。受付でもらえるパンフか何かにそんな注意事項も書かれてると思う。さ、行ってきな」
馬車は入り口前の広場の馬車待合に駐車されている。
他にも五台くらい馬車が停まっているが乗客待ちのようで、客席は無人である。
「まぁ気持ちも周りに振り回される年頃のようだし、忘れられても対局一つ終わった後くらいには思い出すだろ。だが俺もこいつも、最後まで付き添う気はない。なるべく早めに報告に来いよ。だが勝敗の報告はいらねぇ。勝ちの喜びも負けの悔しさも、全部お前だけのものだ。じゃ、行ってこい」
その言葉を店主からの最後の激励として受け止め、ジーゴは一人馬車から降り、皇居の中に入っていった。
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