三本勝負、一本目、ジーゴ、無残 そして

 その勝負は、ジーゴとドワーフ族の冒険者に交互に訪れる手番によって進行された。


「互いに実力が分からないままで一回きりの勝負っつんなら悔いも残るだろうよ。三回勝負で勝ち越した方が勝利ってのはどうだ? 一回負けても挽回できるってことでな」


 勝負前に店主から挙げられた提案をドワーフ族の男とジーゴが受け入れ、まずは一回目の勝負に挑む。


 ドワーフ族の男の年齢は四百くらいは超える。片やジーゴは十二歳。

 しかしどれだけ生きてきたか、どれだけ年齢差があるか、そこから生まれる気遣いは、ドワーフの男はまったくしない。

 同じ勝負事の舞台に真剣に上がってきた相手である。全力を尽くすのが礼儀というものだ。


 しかしジーゴは、その勝負が進むごとに心が乱れていく。

 それは、その勝負の行方を見守るドワーフの男の仲間達四人、シエラ、そして彼らをも視界に入れてその勝負を見届けようとしている店主にもありありと分かる。

 ジーゴの目から涙が溢れ、流れ始めた。


「未練断ち切るんじゃねぇのかよ! 未練タラタラじゃねぇか! 真剣に相手をしてくれるその男にも失礼極まりねぇってんだ! 勝負を願う奴のとる態度じゃねぇ!」


 店主はいきなりジーゴに怒鳴る。

 ジーゴの体はその声に反応し、弾ける様に背筋が伸びる。

 しかし彼の目は、相手と共に自分によって進められる勝負から離れない。


 その勝負事は既に中盤に入っている。

 ドワーフの男の有利が、中盤に差し掛かるころから目に見え、一手進むごとにその色が濃くなっていく。

 そして現状、誰がどう見てもジーゴが逆転しようがない。


「思い出に浸るんなら、別に未練断ち切るなんて大仰なこと言う必要もねぇよ。この道具なんざあちこちで売られてるし、こんなもんで作らなくてももっと手軽に作れるもんだ。けどお前はそれを口にした。だったらてめぇの昔話の感傷に、周りを巻き込んでんじゃねぇよ! そのドワーフはお前が口にした言葉の心意気に感銘を受けて勝負に乗ったんだぜ?! 真剣勝負に余計なもん持ち出すんじゃねぇよ! それとも何が何でも勝ちてぇから、同情誘って相手の心を乱しに来たか? んな勝ち方は邪道なんだよ! 真剣勝負を汚すんじゃねぇ!」


 店主の怒鳴り声は、ジーゴの心を見抜いていた。

 店主の叫びは、ジーゴの心を言い当てていた。


 何が何でも勝負に勝ちたいというところではない。

 未練を断ち切るはずが、すぐに切り捨てられるはずの懐かしい楽しい頃の思い出が、ジーゴの思っていた以上に大切なものの一つだった。


 今になって、家族や一族から追放された理由は分かる。しかし納得がいかない。

 魔力を持っていないのは自分のせいではないから。

 それを身に付けたなら、また楽しい毎日がやってくるのではないだろうか。

 そんな期待も持てたから。

 しかし魔力がない者が一から身に付けるのは至難の業である。

 つまり、そんな期待は、ジーゴのこれからの毎日にはやってこないということである。


 そんな絶望と悲しみ、憎しみ。

 その思いが強いため、ジーゴは簡単に過去を切り捨てられると思っていた。

 そんな仕打ちを受けたにもかかわらず、心のどこかでそれでも一族や家族を愛し続けていた気持ちもあったことに今更気付く。


 少年の気持ちが分かるドワーフの仲間四人は、分かるからこそ何も声をかけられない。

 手を伸ばしたくても伸ばせない。

 本人の気持ち次第で乗り越えるものであることも知っていたから。

 しかしドワーフの男は違った。


「……少年。一度、こうすべきだと決めてその舞台に立ったら、まずその目的を果たさなきゃならない。私も冒険者になって、仲間たちと一緒にいろんな仕事をした。たとえば魔物退治なんだが、時には生い立ちが可哀そうって思われる魔物と出くわすこともある。仲間として受け入れることも出来た魔物もいた。でも、いつ、どこで命を落とすか分からない仕事なんだ。だからこそ仕事の前に打ち合わせを細かくする必要があるんだ」


 彼らに限らず、冒険者達でグループやチームを作りその単位で活動するには、活動前に綿密な計画を立てる必要がある。

 計画を立てるには、まず方針を決める。そうでないと足並みが乱れる。

 チームでなくても個々で活動するときもそう。

 そしてその方針から外れた行動を起こし、それでも無事に事を済ませることが出来たとしても、それが必ずしも良しということにはならない。


「周りに迷惑をかけることがあるからね。仲間の足を引っ張ることもある。依頼人が望む結果に繋がらないことも多い。私達はこれでも社会の一員になってる。だからその方針を現場で変更して、それを押し通すとなると大勢に迷惑をかけることになる。でも今の君は違う。まだ修正できるんだ。未練を断ち切る、なんてことは君にはまだ早すぎる。だって、そんなに泣いてるじゃないか」


 しゃくりあげたり声を上げてはないが、とめどなく流れる涙は自分の太ももの上に落ちる。

 出来ることなら故郷に戻りたい。

 でもそれは叶わないこと。

 我儘を押し通したい年代ではあるが、その我儘が通るか通ることが出来ないかくらいは判断がつく年代でもある。

 そして、あの頃にはもう戻れないことは、随分前から分かっていたこと。


 甘えさせてくれる相手はいない。自分の力で生きていかなければならない。

 後はその理解を感情に納得させるだけ。


 ジーゴの心の一部に生じた怒りの感情は自分を追い出した者達にではなく、自分の心全体に向けられる。


 ジーゴはドワーフの男を見据える。

 流れる涙はそのままに、しかし新たに涙が流れることはなく、その目に力を宿している。


「三回勝負の、二回目を、お願いしますっ!」


「……あ」


「二回目、始め!」


 ドワーフの男がその目を見て承諾の返事を出す前に、店主からの二回目の勝負開始が声高々に宣言された。

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