二十五、笑顔
さばききれない仕事はモリグループに協力してもらうことになった。こうなると分かっていたし、前にもそうしたことがあるとはいえ、仲介業務には皆いい顔はしない。自分たちの手でやりたい仕事がすり抜けていく。
しかも、東西区は近郊の都市のベッドタウンとして注目を集め始め、宅地開発が盛んになりつつある。遺物が発見され、有害遺物として認定されれば、浄化を、それも急ぎでと依頼されるケースが増えてきていた。
「モリさんとこはうまくやってるみたいだね」
「また始まった。うちはマニュアルなんか作らないの」
健一と香織のやり取りを母は黙って聞いている。
「でもさ、もっと効率化できるはずだし、経費だって抑えなきゃ」
浄化一件あたりの利益はわずかずつだが減ってきている。モリグループは価格については話し合いに乗ってくれない。その姿勢は正しいのだが、浄化会社は持ちつ持たれつでやってきていたので困惑させられる。
そして、最近は不動産会社を中心に、一地区一社原則を骨抜きにしようとする動きもあった。現場のある地区、そこを担当する支社のある地区、本社のある地区それぞれで見積りを取り、安いところに発注したり、商道徳上は問題だが、他社の見積もりをさり気なく示して圧力をかけたりする会社まで現れた。
「なぜか協会は積極的に関わろうとしないし、こっちの連合会より不動産会社の方が強いし」
健一はそう言い、わざとらしいため息をついて続ける
「経費節減には、仕事の手順やいろんな基準をきちんと文書化して無駄を減らさないと。自分の身は自分で守るしかない」
「意味ないって。遺物は全部違うんだから。あたしが嫌なのは、文書作ったっていう自己満足だけで結局使わなくなるのが目に見えてるからだし」
「モリさんところはそうじゃないでしょ。うまくやってる」
「やってないよ。あんな仕事、健一はいいと思う?」
「そりゃ、いろいろと雑なところはあるけどさ、料金相応って感じかな」
「残骸が残ってて、それで浄化完了?」
「無害化はできてる」
「あのね、分かってて言ってるんだろうけど、残骸が残ってるのに無害なんてありえないから」
「大げさ。それは理屈の上ではって話でしょ。実際は力を蓄積できないほど小さくすれば無害でいいと思うよ」
「修行先でなに見てきたのよ。あの人たちの仕事の仕方学んでないの?」
「学んだよ。だから手順とか、決められる範囲で決めとかなきゃだめ」
香織は腕を組んだ。
「どうしたの、母さん。画面じっと見て」
これ以上続けても無駄だと思ったのだろう。姉が話を変えた。
「ちょっと気になることが流れてきた。送るから読んで」
そう言って同業者からの情報を二人に転送した。
「丙が減ってきてるね」
健一は画面をつつく。香織も首を傾げた。
「保護対象にされてる。でも、このくらいの遺物を保護するってなんか腑に落ちない」
保護し、調査対象になった理由は様々だったが、健一がひとりで処理できる程度の遺物としか思えなかった。そこで、さらに詳細な情報を要求した。とりあえず最近保護対象になった十件を呼び出し、皆が見られる大画面の方に送った。
「やっぱりただの丙だね」
画像を見、詳細情報に目を走らせて香織が言った。母も頷く。健一は画像のみ全画面でスライドにした。彫り込まれた模様がはっきりわかるようにしたかった。なにか共通点はないだろうか。
「全部動物霊が関わってるね」
「あ、ほんとだ、他もそうかな」
さらに遡って十件、もう遡って十件と見たが、すべてなんらかの形で動物霊を用いている遺物だった。
「聞いてみる? こんなことされてたらただでさえ少ない利益がもっと減っちゃうし」
そう言いながら香織はもうメールを作り始めている。
「そうね、確認してみて」
翌日返ってきた協会からの回答はそっけないものだった。保護対象にした理由については公表された以上のものは得られなかったし、共通して動物霊が見られることについては無視された。利益の減少については、丁寧な言葉ではあったが、協会の考えることではないと突き放された。
「気づいてるのはうちだけじゃないはず。他はどう思ってるのかな」
健一は修行先に連絡して聞いてみた。
「ああ、それな、うちも変だなって思ってる。動物霊ばっかりだし」
「霊が関わってると嫌な感じですね」
「もっと嫌なことに気づいたか」
わからない、と首を振った。
「文書の署名な、ほとんど全員が兵器開発に関わって遺伝子改変を進めてた連中だ。な、嫌な気持ちになっただろ?」
「なりました」
「魔法使いの数は確実に不足する。それを補うために、あいつら色々考えてるんだよ。中には嫌な計画もあると思う。ところでひとつアドバイスいいか?」
健一は頷く。
「今度はおとなしくしてた方がいいんじゃないかな。この前は大活躍だったし、事の収め方もあれで良いと思う。波風立たなかったし。でも、何度もそれが通じるとは限らない。見ないふりをするのが必要なときもある」
社長は真面目な表情だった。少し考えて返事をした。
「ありがとうございます。覚えておきます」
「お父さんそっくりだ」
真面目な顔が笑顔になった。どういう笑いかまではわからなかった。
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