二十二、明日の用意
年が明けたが、三が日すらのんびりできなかった。すぐ処理してほしいという有害遺物が現れた。住宅街で工事中に発見され、すでに周囲に迷惑をかけている。協会は例外的に素早く危険度丙と認定し、浄化を許可した。
現場の庭は進入禁止のテープが簡易に貼られ、あわてたような手書きの注意文があった。ぶうんという低い音が絶え間なく響き、ずっと聞いているといらいらするが、人間には無害だ。
「ああ、獣避けだけど、誤動作してる。工事でやらかしたんでしょう。健ちゃん、やりな」
簡易作業服とマントを身に着け、浄化棒を持って接近した。住人と近所の人達はどこかへ行ってしまっていた。この音にさらされ続けるのは苦痛でしか無い。
遺物は直径一メートルほどの平たい皿状の石で、引っ掻いたたような模様が彫り込まれていた。それを読みながらコンパスで測定し、浄化棒を立てていく。三本か四本か迷ったが、かすれている部分が気になったので四本にした。
「四本?」
肩越しに怪訝そうに言ってきたので、かすれかけの部分を指差した。
「なるほど。不安?」
「獣避けプラス侵入者対策も兼ねてそう。人間も相手だったら四本ほしい」
「わかった。任せたしね。じゃ、浄化行くよ」
点火されると浄化棒は予想より早く燃え、遺物も見る間に消滅した。それを見届けると香織はもう帰り支度を始めた。
「待って、精密コンパス持ってきて」
「え?」
「変。勘だけど。早すぎなかった?」
香織の顔が変わった。精密コンパスを取り出し、測定しながら背後に立った。
「その勘、当たり。これ偽装兼囮だ。作動してないけど、この下にまだなにかありそう。協会への報告はあたしがやるから、健ちゃんは探り入れてて。この件、あんたの手柄だよ」
そう言ってまた車に戻り、キーを打ち出した。健一は遺物のあったあたりから測定を始め、螺旋状に範囲を広げていった。
「地下十メートルに直径十五センチ、長さ三メートルほどの柱状の物が六本、格子になるように等間隔に組み合わされてます。三本ずつ東西、南北方向に向いてますね。方位はかなり正確」
報告を受けた魔法使いはすぐに駆けつけ、再度測定してそう告げた。当初の調査に誤りがあったというのに説明はなく、申し訳なさそうな様子もなかった。
戻ってきた住人が不安そうに立ち会い、近所の人々がそれを覗き込んでいる。
「どんな呪いですか。危険度は?」
住人の考えていることはよく分かる。調査・保存の必要な遺物となれば面倒事でしか無い。
「呪いとか、攻撃のためのものではないでしょう。形からして測定装置です。天体観測でしょう。魔法の力と天文を結びつけようとした遺物です。貴重ですよ」
貴重、という言葉を聞いて表情がこわばった。少しかわいそうだなと健一は思う。発掘し、測定し、また埋め戻すか研究所へ運ぶか決まるまでの間、この庭は使えなくなり、ずっと他人が出入りすることになるというのに補償はない。遺物は国民の財産という建前だからだった。
魔法使いはそんな思いなどわからないのか、わかっていて知らぬふりをしているのか、対応は無神経なものだった。
「調査が必要です。最低三か月から半年はかかるでしょう。この庭は現在より魔法文化財保護法に基づいて与えられた権限により、協会が管理します。正式な文書は後ほど届きますので署名をお願いします」
魔法使いは杖を振り、地面に封印を押した。この時点からこの庭は協会の管理下におかれる。それを見届けるとさっさと引き上げた。
住人は健一と香織を睨んでいる。いい雰囲気ではない。
「なぜ先にわたしに教えてくれなかったんですか。土地の所有者ですよ」
香織の方に向いて言った。姉は黙ったままだった。
「そりゃ、法的には連絡しなくていいでしょうけど、人情ってものがあるでしょう。新年早々こんなことになって……」
二人ともなにも言えず、あれこれとごまかしてその場を去った。
「そりゃ困っただろう。でもできることはなにもないよ。俺だって同じだったろうな」
今日は少し調子のいい父が入力の手を休めて慰めを言ってくれた。健一より香織が落ち込んでいる。人の役に立つと思ってしている仕事で迷惑をかけてしまったのがよほどこたえているらしい。父がなぐさめるように言う。
「大きな目で見ればこの発見は役に立ってるよ。その遺物の調査でほんの少しでも研究が進むんだから。観測器だって言うじゃないか。最近はあまり見ないタイプだな」
「だけど、観測器を隠した理由がわからない。あんな囮おいてまでして」
健一は香織の気をそらせようと、父の話に乗った。母が察して反応する。
「聞かなかったの」
「聞けなかった。さっさと仕事終わらせたいって雰囲気だったから。あの魔法使い」
「そいつは今で言う精密機器で値打ちものだから奪われたくなかったんだろうな。なにかあってその土地を去る時に埋めて隠し、上に偽装をおいたってことじゃないのかな」
「かもね。そのあたりは発掘調査でわかるか」
香織は顔を上げ、話を聞いている。母が口を挟んだ。
「発見者は香織? 健一? 記録はどうする?」
「健ちゃんよ。浄化速度のわずかな違いに気づいたんだから」
その口調はもう落ち込みを感じさせなかった。母は健一の名前を打ち込み、書類を仕上げて協会に送信した。
「健ちゃん、あんたよくやったよ。ああいう勘ができてるとは思わなかった」
風呂上がり、香織がビールを飲みながら言った。
「誉めてくれるんだ。珍しい」
「いくらあたしでもいい仕事は誉めるよ。でも、これで仕事のマニュアル化は間違いってわかっただろ。少なくともあたしらみたいな仕事じゃだめなんだ。遺物は規格品じゃないからね」
前にしたモリグループの仕事の進め方の話を持ち出して批判した。
「それは手順書に不足があるんであって、マニュアル化そのものが間違ってるんじゃないよ」
そう反論した。ビールを飲み、するめをかじっている姉に絡んでみたい気分だった。
「真面目に言ってる? それ」
「大真面目。ああいうことがあったのにこう言うと矛盾してるように聞こえるだろうけど、勘に頼る仕事は良くない。誰がやっても同じ結果にならなきゃ」
「それは科学者の論文でしょ。健ちゃんはそういう考え方が染み付いてるのよ。鳥の論文読みすぎ」
「浄化は科学だよ。一種の」
「いや、わたしたちは職人。仕事は技芸に近いくらい」
「それは昔の話。今は違う。もっと均質化して人による差をなくさなきゃ、いつまでたっても信用されない。ああいう観測器みたいなのが全国でどのくらい見逃されちゃってるか見当もつかない」
姉は残ったするめにマヨネーズと七味をふって食べてしまうと、ビールを飲み干し、缶を握ってへこませた。怒ったのではない。空になったと分かりやすいようにしているだけだ。
「修行先、モリグループにする?」
冗談のように言った。
「いや。でもあそこが出版した本は読んだよ。浄化のマニュアル化と技術継承について書いてあって、だいぶ参考になった」
「ふうん。あたしも読んでみようかな。貸してよ」
しかし、その後読み終わっても姉の考え方は変わらなかった。浄化は職人の仕事。で、勘のいい健ちゃんはちゃんと仕事してれば優れた職人になる。
松が取れ、仕事ばかりの冬休みが終わった。学校が始まるとかえって楽になるのはいつものことだった。
父の体調は少しづつ良くなってきていたが、まだ復帰には程遠かった。母は、思い切ってしばらく仕事から完全に離れて療養したほうがいいんじゃないかと言うが首を縦に振らない。
「医者も軽い仕事についてはOKくれてるし、俺は寝たきりになる気はないよ」
それでも父の負担をさらに軽くし、仕事を回すため、健一の修行は通いで行うことになった。朝早く出かけて二時頃には帰宅し、それから会社の業務を片付ける。
「そんな修行意味あんの?」
「あるよ。ちょっとでもよその飯食うと違う」
「朝はうちで食べるし、昼は弁当持っていくし」
くだらない冗談に母は苦笑する。
魔法市民会は選挙で勝ち続けていた。報道も最初に比べればそれほど大きく取り上げなくなった。
しかし、また注目を集める選挙が始まった。魔法制限地区に候補を立てたのだった。今までは政策など争点がぼやけていることが多かったが、今度ははっきりしていた。魔法市民会は制限の撤廃をはっきりと掲げ、これは一種の住民投票であるとまで言い切った。
そして、圧勝した。
魔法市民会はその事実を背景に議会に揺さぶりをかけ、市民団体を取り込んで再度の住民投票を行わせようと動いている。
「どうなると思う?」
報道を見ながら母が言った。茶を飲みながら健一が返事する。
「なくなるんじゃない。制限地区も短かったね」
「ある程度は予想してたけど、こんなに支持されるなんて思わなかった」
香織が驚き、父も同意する。
「そうだな。魔法を制限したところで住民には具体的な利益はない。制限派はそこのところのフォローが弱かったし、なんといっても与党を味方につけたしな。これは国政も連立あるんじゃないか」
報道中の評論家も同じことを述べた。また、魔法使いは災害時などの活動が目に入りやすい点が有利なのではないかとも述べたが、これには父も母も首を傾げた。それなら国防軍出身の議員だってもっと支持されているだろう。
さらに、魔法市民会は記者会見を開き、与党と協議の上で、魔法文化財保護法につき、金銭面や土地の等価交換といった補償を行うよう改正する計画があることを公表した。
「勝ってるのに、さらに飴くれるつもりなんだ」
母が感心したように言った。
健一が見つけた遺物の調査は非常に早く終わり、春休み前には埋め戻すことになった。支持を失いたくないからじゃないかと思ってしまうほどの早さだったが、協会は調査効率化の研究が実ったのだと説明した。
終業式が終わって帰宅後、修行先に挨拶を済ませた健一は部屋で伸びをした。高校二年生は色々あったが、三年生もまた何かとあるのだろう。
思い出、という言葉でくくってしまえるほど遠くはないし、いいことばかりではない上、問題は現在進行形で続いている。
でも、もう止まれないし、飛びこんだ川から上がることもできない。
覚悟を決めよう。
健一はまた伸びをすると、明日持っていくものを再度確かめた。
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