十三、霹靂
夏休みと言っても休みじゃない。健一は家業を継ぐと決めた。進学は諦め、鳥は趣味に留める。
鳥の研究、いや、生物の研究者では暮らしていけないだろうし、家族に頼るようになる将来は御免だ。そうならないように努力すればいいと言っても、ものになるまでの時間をどう過ごすのか。手に職もつけずアルバイトなどで学費や生活費を稼ぐつもりなのか。それはあまりに非現実的だろう。また、無償の奨学金を得られるほどの成績ではないし、借金は無理だ。
一方で家業を継げばなにもかも良い方向に回りだす。収入、身につく技能、誰かに頼り切っているという負い目が無くなる。
やりたいことをやり、それによって自分の暮らしが立てば言うことはないのだが、自分のしたいことはそうではないし、周りに迷惑をかけられる立場ではない。
でも、と、何度『でも』を繰り返しただろう。けれど、もう断ち切ろう。
そして、両親に話した。母はどういう理由でどんな決心をしたのか聞きたがったが、父が制した。なんでもかんでも明らかにはできないよ、と真面目に言った。
少し遅いが、修行先に話を通してもらった。再来年の卒業と同時にお世話になる。夏休みの間に一回は挨拶に行き、手伝いくらいはしてこい、と父に言われた。
また、母の助言で、姉と同じく修行と同時に短大か専門学校に通い、帳簿程度はつけられるように勉強する予定も決めた。姉の弱点である税金の学習を主にする。
そうなると、毎日かなり忙しくなった。両親や姉に聞きながらあちこちに連絡し、時には頭を下げに出かける。その間に浄化の手伝いで現場に行く。
木島とは顔を合わせなくなった。連絡は取り合っているが、細かい修正ばかりなので作業は自宅で済ませてしまう。
うちを出ると決めると、仕事の手伝いへの感覚が変わってきた。現場で姉の動きを目を皿のようにして観察し、帰宅してからも動画を見直した。ちょっとでも盗みたい。浄化に成功するのは当たり前であって、それを経費と時間を掛けずに行わなければならない。
特に甲遺物の作業は健一にとって険しい山のようだった。それぞれに異なっており、呪符と棒の組み合わせは、教科書があるとはいえ理解し難い。
「こればっかりはね。口では教えにくいけど、ひとつコツを言うなら、よく観察して作った者の気持ちになることかな。どんな状況で、どんな魔法を使いたかったのか。それは想定通り実現したのか、それとも力足らずで意図と違う方に発現したのか。それをずっと考えること」
姉の言葉通り、見て考えてみたが、迷うばかりだった。どうしても解釈の異なる複数の浄化案ができてしまう。そのどれもがもっともらしい正解に思えるのだった。
八月に入ったばかりの暑い日、そんな感じで浄化作業の復習をしていたが、どうしてもだるさがあり、目も疲れてきたので一旦休憩するつもりでニュースを見た。
そこで信じられないような発表があり、あわてて家族全員を呼んだ。皆やってきて報道を見ると、画面の前で固まった。
協会は一時おとなしくなっていたが、徐々に元の体制に戻り、報道への対応も以前のようになった。
今、臨時の記者会見が速報で伝えられている。会場には日本だけではなく、世界の主要な報道機関が集まり、代表がなにか一言言うたびにざわついていた。
協会は秋に予定されている東西区区議会議員選挙に候補を立てる。同時に魔法使いと協会、および魔法の恩恵を受けるすべての市民の利益のために結党する。以後、地方選挙があり次第重要度に応じて出馬し、次回の国政選挙も視野に入れる。
なお、これは日本の協会が独自に決定したことであり、世界的には政治不干渉は維持される。
「あっ、先生」
香織が画面の隅を指差した。
「ほんとだ。先生だ。知ってた?」
母が画面から父に目を移し、父は首を振った。
それに合わせたかのように浄化サービス業者の連合会からの中継に切り替わった。会長が、知っていたか、と聞かれていたが、情報をまとめている、と逃げていた。
「本当に知らなかったのかな」
健一が音量を上げながら言った。父が答える。
「多分だけど、協会は完璧に隠し通したんだと思う。それにしても日本だけって、無茶じゃないかな」
協会の発表は続く。政策として魔法使い適性者の掘り起こしに力を入れる。さらに魔法使いも市民であるという意識を広めたいとしていた。協会と一般社会が乖離せず、共通の幸福を目指すために政治参加を行いたい。そういうことを滔々と述べた。
しかし、そのために魔法制限地区の段階的撤廃を行いたいと示した時の会場の騒ぎは尋常ではなかった。司会者が落ち着くよう求めてもなかなか収まらなかった。
「できるの、そんなこと」
いつの間にかお茶の用意をした香織がつぶやいた。父が返事する。
「確かに遺物をただ浄化するのは惜しすぎる。残すべきものは残したいだろうな」
海外の協会の反応は様々だったが、明確に反対を打ち出すところはなかった。ほとんどが慎重派であり、様子見をしようという印象だった。
だが、その裏には自分たちも日本のように政治参加を行いたいという意識が透けて見えていた。そのため、一部の国では政府や軍が先回りをして弾圧を行いかねない危険な雰囲気も現れていた。
「まさか、現代版大粛清、とかならないよね」
心配そうに言う健一を、誰も否定できなかった。
それでも日常が急に変わるわけではなく、健一たちにはいつもの仕事が待っていた。仕事を請け負い、事前調査し、現場に出かけて浄化し、後始末する。今はキジマさんの分も回ってくるのでそこそこ忙しかった。着実にこなしていかないと詰まってしまいそうだった。
そんな毎日のせいか、父の顔色が良くないのが健一には気になった。外に出かける交渉は母が行っていたが、どうしても父が出なければならないときなど、帰宅してしばらくはぐったりしていた。
母や香織が健康診断を受けるようすすめても暇がないと言って断った。そして、それは事実だった。誰が抜けても困る。
「仕事の一部を他へ回します。これは社長としての決定です」
八月半ば過ぎの暑い朝、母がそう言った。すでに回す仕事と依頼先がリストにしてあった。これならたしかに余裕が生まれる。
「だけど、儲けも減るね。他所に行くのは甲とか乙ばっかり」
「香織の言うとおりだけど、仕方ない。遠くのややこしい現場をなんとかしないと時間ばかりかかるから、手近な丙の数をこなしたほうが効率がいいし。皆、今日中に寝られる生活に戻りましょう」
香織も本気で反対したのではなく、母の提案は通った。とにかく父が心配だった。
協会は政党を結成した。『魔法使いと市民の会』と政党名が発表された。報道を見ていると、『魔法市民会』と略されるようだった。支持母体は日本魔法使い協会と、有害遺物浄化会社連合会だった。
かれらは結党と同時に現与党にせまる勢力となるが、それでも慎重だった。秋の選挙は与党と協力するとのことで、魔法市民会の候補の当選はすでに確実視されていた。
健一は会社側の入り口に魔法市民会と候補の演説会のポスターを貼りながら、ただ流れに巻き込まれるだけの状況を実感していた。周囲の世界が激しく変わっていくというのに、自分は何をしているのだろう。あれこれ考えてもわずかながらも影響を与えられない。
自分なんかいてもいなくても、世界という大きなゲーム盤に塵が乗っているかどうか位の違いしか無いのだろう。
自分は駒にすらなれていない。健一はため息を付き、少し斜めになったポスターを貼り直した。
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