八、魔法使い
魔法使いだからといって、普段から目立つ格好はしていない。健一が仕事以外では作業服やマントを着ないのと同じだ。しかし、普通のスーツでいても、かれらには独特の雰囲気があり、健一のような業界の人間には一般人ではないと分かる。どことなく漂う空気が違う。
だから、コンビニエンスストアで缶コーヒーと菓子パンを買っている様子は不思議に思われた。さらに、店内のイートインコーナーに座り、健一が学校帰りにするようにコーヒーを飲み、パンを食べ始めるともっと奇妙に感じられた。
用もないのに見ているというのは不躾ではあるが、健一は立ち読みするふりをしながらそちらに注意を向けた。
その魔法使いはごみを捨てるとスマートフォンを操作し、しばらくすると出ていった。健一も少ししてからガムを買うと帰宅した。
着替えて会社の方に行くと、父と母が紙の地図をテーブルクロスのように広げて頭を寄せ合っていた。香織は重しのように置いたスマートフォンを操作している。
「どうしたの。何かあった?」
姉が重しを健一に突き出した。画面には不動産会社からのメールが表示されている。
大川の上流の方の工事現場で見つかった危険度甲の有害遺物処理についての不満とそれに伴う依頼だった。キジマ浄化システムズが作業を行ったが、満足いく結果ではなかったようだった。
『……有害な影響は軽微に抑えられましたが、弊社としては完全な浄化でなければならないと考えております。そこで、経験豊富な御社に依頼を行いたくご連絡差し上げました……』
紙の地図には印がつけられていた。かなり山深く入ったところだったが、バーベキューやキャンプのできる施設を作る予定とのことだった。
「キジマさんが処理しきれないって、ほんと?」
健一の言葉にみんな首を振った。危険度甲は確かに簡単に処理できるようなものではないが、キジマ浄化システムズも昨日今日できた会社ではない。不動産会社からのメールにある『経験豊富な御社』という言葉は不満をほのめかした表現だろう。
「ちょっと分からない。それに、再依頼を受けていいものかも分からない。依頼主は協会に検査を頼んでいて、危険は無視できる程度に浄化されてるって言われてる」
父が言い、母が続いて補足する。
「でも、影響範囲に入ると頭が痛くなる人がいるんだって。工事はずっと止まってる」
「再依頼とか、それを他の会社に頼むっていうのは珍しくはないけど、担当区域を決めたばっかりで、その上協会の検査済みのところに乗り出して行ってもいいものかってのが、ね」
香織が腕を組んで言った。
「あっちに連絡したの?」
健一が聞くと、母が肩をすくめた。
「また返事なし?」
今度は頷いた。
「協会は?」
「浄化は適切に行われ、危険は無視できる程度であると保証するって。ただ、依頼主が再浄化を希望するなら別にそれは止めないし、他社への依頼もご自由にって。ま、信じないならご勝手にってとこでしょうね」
父が軽くテーブルを叩く。皆が注目したところで口を開いた。
「この仕事、受けようと思う。キジマさんには期限を切った書留を送る。返事なかったら作業に入るって内容の」
「それ、まずくない?」
香織が言うが、言葉ほど反対している様子ではなかった。
「依頼主が困ってる。なのに対処しないあっちの方がまずい。それに作業区域の分担は法律じゃない。協会もご自由にってことだし、誰も動かなかったら業界が信用なくすからね」
揉め事をあまり好まないはずの父の目が変わったのに健一は気づいた。母は社長として同意し、早速通信文を口述し始めた。香織は真面目な表情だが愉快そうなのを抑えきれていない。
健一は不安だった。自分から火を起こして突っ込んでいく。ただの自傷行為か、火傷をしても栗を拾えるか。まったく、自分は家族の誰に似たのだろう。
中四日置いた五日目、返事はなく、母が仕事を受ける旨の連絡を行った。まずは状況確認に健一と香織が行くことになった。車でも結構かかる。ちょっとした旅行だ。
現場は樹木を切り払い、更地にしただけの段階だった。完成予想図の看板だけが周囲の緑から浮いていた。
「今日は作業しないから。偵察だけね」
「威力偵察?」
「馬鹿。真面目な話。甲をなめるな」
ゲームで覚えた言葉を言った健一は叱られた。
「どうも状況が見えない。キジマさんは浄化完了とし、協会はほとんど無害化されてると確認した。でも、依頼主は処理しきれてないって言う。これからは先入観無しで事実だけ確認すること。分かった?」
「了解」
有害遺物は予定地の中央付近で発見された。300から250B.A.くらいの年代のもので、戦争時に敗北濃厚な側が一発逆転を賭けて作った石の供犠台だったが、お粗末な作りのため殺害できる程の効果は得られず、接近した者に激しい頭痛と吐き気、魔法に敏感な者には麻痺症状が現れる程度の物だった。しかし、戦争時に作られ、明らかに殺人を目的としており、影響範囲も広いので甲に分類された。
シングルベッドほどの形と大きさのそれは、浄化作業によりほぼ崩れ去っていた。ほぼ、だった。
「何、これ、形が残ってるじゃない」
香織が驚きと呆れ、それに怒りを混ぜて言った。
マントが熱い。これで浄化完了とはキジマさんはどんな仕事の仕方をしたのだろう。健一は汗を拭いながらコンパスの数値を記録して首を傾げた。それに、この値で危険は無視できるなんて魔法使いはどんな確認をしたのか。幸い、この魔法はGPSには影響を与えていない。記録に信頼性が増す。
「一周回って細かく記録して」
香織が指示を飛ばしながら自分も撮影や口述メモを取った。
一時間後、汗だくになって車まで戻った二人は作業服を腰まで脱ぎ、水を飲みながらお互いの記録を突き合わせて報告した。
「浄化は終わってない。呪いは軽減されてるけど、丙くらいの危険性は残ってる。とにかく、これはまともな仕事じゃない」
香織は健一に塩の錠剤を渡し、自分も口に入れた。山の風が心地良い。
「どうする。一旦帰る?」
「うん。丙って言ったけど、元からじゃないし、中途半端に浄化されてるから下手な作業したらどうなるか分からない。ちゃんと計画作らなきゃね。父さん母さんにも見てもらわなきゃ」
「でも、どういうことかな。協会が安全を保証するなんて。キジマさんの方は作業ミスか何かあったとしても、辻褄が合わない。嫌な感じがする」
「嫌な感じ?」
健一は水を顔にかけた。
「うん。不快。キジマさんより協会が気持ち悪い。何もかも分からない」
「帰ろう。皆で相談しなきゃ」
車に乗り、エンジンをかける寸前、香織は思いついたように言う。
「健ちゃん、さっきの不快感、忘れないでいてほしいけど、あまりあちこちで言うんじゃないよ。大人として忠告しとく」
「分かった。子供としてその忠告、ありがたく受け取っておく」
冗談めかして返事すると、香織はやっと安心したように微笑んだ。
もう少しで家というところで香織は車を止めた。前を指差す。健一がそちらを見ると、会社から男女二人が両親に見送られて出てくるところだった。二人ともスーツだが顔はよく分からない。しかし、協会のマントと杖がなくても魔法使いであるのは確かだった。
二人が待たせておいたらしい車に乗って去っていってから会社に帰ると、母は気づいていたようで、説明は後、そっちの報告を受けてから、と言った。
「驚いた? こっちの説明聞きたい?」
香織の話が終わると母がおどけて言った。わざとらしい感じだった。
「二人も、どういうこと?」
香織はふざける余裕はないとでも言いたそうだった。健一は、自分はまたなだめ役か、と父と目を合わせた。
今見てきたばかりの有害遺物の浄化は中止。協会は認定時に誤りがあったとし、保護すべき遺物として再認定した。二人は通知とを兼ねてやってきたとのことだった。
「今日の事前調査にかかった費用は協会から支払われるから、請求書よろしく」
母は様々な感情が絡み合った顔の香織に頼んだ。
「後、今日の調査結果も含めて、この遺物の資料は協会に引き渡すから。その分も請求に含めて」
「意味分かんない」
「言ったでしょ。保護調査対象になったって。つまり、こっちの調査も形の上では協会の依頼で行ったってことにして情報持っていきたいって。あちらさんだって基礎調査の手間が浮くでしょ」
母が珍しく二つ目の菓子に手を出しながら言った。健一が口を出す。
「さっきの二人、どんな顔してそんなこと言ったの?」
「どんな顔って、魔法使いの顔さ。自分たちの要求は正当だから通るって信じ込んでる人たちだからね」
父は疲れた声をしていた。気を張るのにも限界があるようだ。
「で、それは正しい。いや、この商売してる以上、協会は正しいって思わなきゃな」
「じゃ、資料の送付先はいつも通りでいい?」
香織が事務的に言った。
「頼むね。ほんと、いつも通りに。それが一番」
母が悟ったような変な口調で返事をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます