四、まとめ
健一は机に向かい、今日調べたことをまとめていた。博物館は今年いっぱい続く二千年祭関連展示で資料は充実し、説明も豊富だった。むしろ削る箇所を探すのに苦労していた。専門家がきちんとまとめたものを更に短くするなど無理に決まっていると言いたかったが、展示ひとつ分の資料がポスター程度に収まるはずはない。その上、発表は夏休み明けと言っても、都合のつく日を寄せ集めてみると、実際に動ける日は数えるほどだった。とにかく、木島と二人で頑張るしかなかった。
魔法が発生した原因は未だに不明で諸説あれど、推定された時期は大体4000B.A.で揃っていた。それが爆発的に世界を満たし、何もかもが一晩と言っていいくらいの短期間で変わってしまった。
魔法は極言すれば変換だ。光エネルギーを運動エネルギーに変えて山一つずらしたり、質量を熱エネルギーにして森を焼き払ったり、逆に様々なエネルギーから物質を生み出したりもする。
そういった変換を物理的な機構を用いずに人の心から生み出される呪文で行うのであって、無から有を生み出すことはできないし、有を無に帰すこともできない。
また、呪文を唱えたり記したりする負担に耐えうる強い精神と肉体、それと特殊な訓練が必要だ。だから、魔法で何もかもまかなうことはできないし、できても現実的ではない。魔法の研究が進んだ現代でも、コーヒーを淹れる湯を沸かすのならガスの方が便利だ。
古代の人々が経験的にこれだけの事実を学ぶのにかなりの時間を要し、その間に行き当たりばったりで作られた無数の遺物が世界中に遺された。単純で、底が浅く、幼稚で、安定しない。今では有害遺物と呼ばれる代物だ。特に敵対勢力を呪おうとしたものは傍迷惑としか言いようがない。
ついでに言えば、あまりに数が多く、調べ尽くされているので価値すら無いものがほとんどだ。協会に対応するまでもないと判断された遺物の浄化は民間会社が請け負っている。
しかし、多くの失敗を重ねながら、人々、特に魔法研究を行う者たちは徐々に集結し、知識を交換し、謎を解き明かし、魔法を洗練させていった。その交流の道は、国家など様々な政治勢力が増え、影響力を大きくするに従って狭く険しくなっていった。どんな勢力も魔法の知識を秘密にしたがり、魔法使いの交流は厳しい刑罰を持って禁止された。それが200B.A.の頃だ。この時代の記録は目を覆うばかりだが、削るならここだなと健一は考えていた。どこでどんな事件があったかはさらりと流せばいいだろう。大粛清を省略するのは気がとがめるがやむを得ない。
一方、政治勢力によるこうした厳しい態度が、現代の魔法使い協会が徹底した政治不干渉を貫く理由となっているのは無視できない。触らぬ『上』に祟りなし、だ。
それでも、長い夜は明け、魔法使い協会が設立された。この年をA.A.1とする。魔法という強大な力を扱う中立的組織。政治不干渉であっても世界は協会の重要性を意識せざるを得なかった。そこで、後に協会が公認された時、世界共通で使われる暦は協会が内部的に使っていたものである、B.A.(協会以前)とA.A.(協会以後)となった。
今はA.A.2001。魔法使い協会二千年記念祭の一年だ。健一の暮らす田舎でも都会の浮かれた雰囲気は伝わってきている。現に今、こうして苦労させられている。
ぬるくなったコーヒーを飲み、小中学生が習うような魔法の歴史をおさらいしながら、どう現代の東西区に結びつけるか悩んだ。画面には意味なく押したキーの文字が並ぶ。不思議な魔法でこれが文章に変わってくれればいいのにと思った。
そんなことを頭の一部で考えつつ、資料をまとめていく。展示物の画像をざっとスライドにして流し見すると、彫り込まれた呪文の模様が洗練されていく様子がよく分かった。特に動物霊が使い始められた頃の遺物は参考になった。
改めてまとめると自分の勉強にもなる。先生に言われた時は逃げたかったが、これは案外悪くないかもしれない。
後はどう郷土と絡めるかだが、それは博物館の展示を真似することにした。そうするしか無い。学芸員に取りこぼしはなかった。
郷土出身の魔法使いで、それなりの功績を残した者を数名紹介すればいいだろう。
有害遺物の甲、乙、丙などの区分を研究した者や、魔法使いでなくても扱える浄化棒の開発に貢献した者がいる。このあたりをまとめよう。
そういう案を木島さんにメールした。何度も読み返し、くだけた馴れ馴れしい表現がないかチェックした。
その間にもスライドが流れていく。樹脂で密封された木札の画像の隅に木島さんが写っていた。柔らかそうな頬だな、と健一は思い、同級生をそんなふうに見た自分に嫌悪感を抱いた。少し考え、顔が写っている部分を処理して削除した。
それからまた少しして、復元した。
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