青天 〜株式会社早乙女有害遺物浄化サービス〜
@ns_ky_20151225
一、お仕事
郊外の道はなめらかで、街のようにつぎはぎになっていなかった。多分舗装されてから一度も掘り返されていないのだろう。
「寝てもいい?」
健一は運転席の姉に聞く。
「いいよ。そのかわり現場でこき使うから」
香織は冗談と本気を混ぜて答えた。
健一は頷いて目を閉じる。昨夜遅くまで勉強していたので眠い。こういう時にちょっとでも睡眠を稼いでおきたかった。伝わってくる振動が心地良い。
「着いたよ。先に昼にしよう」
寝たと思ったら肩をつつかれた。目をこすり、依頼主の不動産会社の看板が立っているのを見た。ドアを開けると土と緑の香りが入ってくる。新緑が目に鮮やかなここも、健一たちの仕事が終わったら住宅地になる。
「飯の時くらい仕事やめなよ」
「何言ってんの、時間の無駄。現場に着いたらちゃっちゃと進めなきゃ」
香織は片手でおにぎりをつまみながら業務用の大画面タブレット端末を二人の間に置き、作業計画を表示させた。
予定地の中心部近くの三区画で作業する。危険度は丙。想定される被害は軽い頭痛と悪臭。道具は標準でいいだろう。
そう言うと、香織は微笑んだ。
「健ちゃんもできるようになってきたね」
「まあね。いつまでも尻叩かれてちゃたまんないし。で、何年だったの?」
「2500から2000B.A.だって」
「結構古いんだ。ほんとに価値ないの?」
「協会はそう言ってる。いつものように浄化していいって」
健一と香織は茶を飲んでしまうと準備にかかった。『株式会社早乙女有害遺物浄化サービス』の会社ロゴが入った白い作業服に、協会特製の抗魔法繊維で編まれた短いマントを着ける。香織は会社の両親と依頼主に作業開始の連絡を送り、浄化棒をそろえて持つとすたすたと歩いて行く。健一は予備を持って着いて行った。
住宅建設予定地は地ならしが済んでいたが、立入禁止の柵が巡らせてあった。有害遺物が出たという警告看板がくくりつけてある。その柵を越えるとマントがわずかに暖かくなった。邪な魔法を熱に変えて逃している。危険度丙だが、健一は緊張し始めていた。呪いは呪いだ。
一区画目の有害遺物は少し掘り下げられた地面から突き出た腰ほどの高さの角柱だった。複雑な模様が刻まれている。健一の見たところ、今までのと同じような形式だった。敵を呪おうとしたのだろう。
そして、いつものように幼稚だった。協会の魔法を見慣れていると、線の引き方一つとってもまともに動作しそうにないと分かる。これに呪われても軽い頭痛程度で済むのはそのせいだ。
「やってみな」
香織が先を譲るように手を振る。健一は内心と違い、なんでもないという表情を作って前に出た。協会認定印が目立つ魔法検知コンパスをじっとにらみながら、有害遺物を囲むように正しい方角、距離、深さに浄化棒を突き立てる。マントがさらに暖かくなった。幼稚とはいえ、四千年以上経っているのにこいつの邪な魔法は生きている。
何か間違いを仕出かしてないだろうか? 健一は心の中で作業手順を再確認した。いや、これでいいはずだ。本数もあっている。多すぎず、少なすぎない。経費の無駄はない。
それから手で合図を送った。香織が近い浄化棒から点火していく。棒が、黒い輝き、としか言いようのない光を放って燃えた。
同時に、柱状の有害遺物が崩れていった。上部から細かい埃になってあたりに散る。マントの暖かみが感じられなくなった。
十分ほどで棒はすべて燃え尽き、中心の柱もひとすくいの埃を残すだけになった。それも晩春の風に吹かれてすぐになくなってしまった。
「次もやってみな。ていうか、今日は三区画ともやりな」
「給料はずんでよ」
「何言ってんの。身内だからバイト代出して修行させてやってるのに。ほんとだったら授業料取るところだよ」
次の区画は深めに掘り下げてあり、さっきと違って円柱が立っていた。大きさは同じくらいだが、健一は用心深く観察した。前に父と姉から教えられたことを思い出す。『円』の扱いはちょっとむずかしい。力が発せられる正面方向を見分けるのに苦労する。
「時給で働いてるんじゃないよ。早くやりな」
健一は香織を無視した。口が悪いのは修行先で仕込まれたのだろう。一度はよその飯を食え、というのが父の主義だ。
マントが暖かい。時々熱く感じる。しかし、姉の言うことももっともだ。民間の浄化会社が扱える程度の危険性だが、時間をかけていると有害な影響を受けすぎてしまう。自分の体から悪臭がするようになってしまうのはごめんだ。
最善を狙って遅すぎるよりも、次善でも素早く、という方針に従って浄化棒を立てていく。経費の不安が胸をよぎったが、考えているより一本余分に立てた。安全優先だ。
手を振ると香織が点火し、最初の区画と同じく有害遺物は跡形なく崩れ去った。
「最後の一本は何のため?」
三区画目に移動している途中で香織が聞いた。
「念のため」
姉が振り返ってにらむ。健一はあわてて付け加えた。
「正面の特定に自信がなかった。扇型にまで絞り込んだけど。それで余分に立てた」
「そう。柱の下三分の一のところの彫刻に気づいた? 狼の」
健一は自分を小突きたくなった。
「ごめん。気づかなかった」
簡単に説明してくれるが、もう知っていることだった。呪いの強化のために動物霊の力を借りるが、動物を彫り込んであるのだから、正面がはっきりするのは初歩の初歩だ。
「経費の無駄遣い。バイト代ぱぁ、ね」
三区画目は二本立っていた。健一は姉が言った修行と言うのは冗談ではなかったと気づいた。一区画目から順に魔法の歴史をたどるように技術が進歩している。最初のは人々が世界に溢れ出した魔法の力を制御するようになった初期のもの。次は多少進歩してきたが、まだ未熟さや幼稚さを残しているもの。
そして、目の前のこれは魔法使い同士が横のつながりを持ち、自分たちの研究成果を交換しながら進歩させて作ったものだった。
二本の柱が一メートルほどの間隔を開けて立てられている。彫刻は二本とも自分の尻尾を喰らう蛇。
つまり、この二本はお互いに補完し合い、妨害や破壊に抵抗する。
これだって今の魔法からすれば単純で底の浅いものだった。そもそも協会が記録を取っただけで保存もせず民間に浄化を行わせているのだから、考古学的、魔法学的価値としては無いに等しい。厄介だが処理しなければならないと言う程度だった。ここに住む人が頭痛や悪臭で困らないように。
健一は浄化棒を立てていった。お互いに補完し合う複数の柱を浄化する場合、全部いっぺんに同じくらいずつ崩壊させなければならない。
一方で、方向を決めるのは楽だった。二本の柱、すなわち二点が存在するので、それらを結ぶように引いた直線が基準になるからだ。
「ためらい刺しするな」
香織は健一が一度立てた棒を少しずらして立て直したのに文句をつけた。
「別にいいでしょ。効力が変わるわけじゃなし」
「みっともない。一度で決めるのが玄人。お試しは素人のすること」
これまでよりずっと時間を掛け、やっと浄化棒を立て終わった。合図とともに姉が点火する。二本の柱がそろって埃となって消えていく。
マントの熱がすっかり冷め、浄化の完了を示した。
「お疲れ。報告しといて」
香織が後も振り返らずに車に戻りながら言った。健一は口述で報告をまとめながら追いかける。三区画目はきちんとできたと思うが、姉に確かめようにもあの態度では聞きにくかった。何も言われないのは及第なのだろうと考えておく。
「ご苦労様。今日はそれでおしまいだから、帰ってきたら来週の打ち合わせね。それと、例の件、方針だけでも決めるから」
電話は母からだった。健一が取ってスピーカーに切り替えた。
「テスト近いんだけど」
「仕事休まなきゃいけないんなら、そんな勉強意味ないよ」
いつもの調子だった。香織が笑う。
「香織は修行しながらちゃんと短大出たでしょ。健ちゃんもできるうちにやっとかなきゃ外に出た時困るよ」
「俺も家継ぐことになってんの?」
思ったより険しい口調になった。香織は笑みを引っ込め、前をじっと見た。母の返事まで少し間が空いた。
「その話は後。打ち合わせの時に。じゃ」
電話は切れた。それから帰り着くまで会話はなかった。ただ外を眺めていた。
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