第10話 クリスマスケーキ
年の瀬が迫り、粉雪が舞うようになった。年内最後の海掃除を終えた俺が、日の出湯に立ち寄ると、茉奈はその日も、来ていてカウンターにいる文乃の隣に座っていた。今日は黒いセーターに、温かそうなひざ下までの赤いタータンチェックのスカートを履いている。
備え付けられたテレビが、クリスマス特集でにぎわっているのを見て、初めてクリスマスイブが明日だということに気付く。
そんなことにも気づかないほど、年内で終わらせなくてはいけない仕事に忙殺されていたな、と思って苦笑いした。
文乃が茉奈をつつく。茉奈が首を振り、文乃がまた何か耳打ちした。なんだよ、と思っていると、茉奈が仏頂面で、こちらに紙包みを手渡してきた。
「茉奈ちゃんから、クリスマスプレゼントだって。近所のお菓子屋さんのクッキーだって。あたしももらったんだよ」
高校生らしい、かわいらしいプレゼントには意表をつかれ、俺は「おお」と一瞬固まってしまったが、手を出して受けとった。
「ありがとう。食べるわ。――しまった、俺なんも持ってきてないわ。なんか、いいお返しないかな」
俺の言葉を聞いた茉奈が、言葉を継いだ。
「私、お兄さんと一緒に、あの海の清掃をしてみたいです」
「え?」
「それがお返しでいい」
光希が死んだ海は、ある意味俺の聖域ではある、と思ったが、茉奈と海掃除をしている自分を想像すると、そう悪くもなかった。しかし、俺と二人では少し気まずいかな、そう思っていると、文乃が横から口を出す。
「あたしも行くよ。三人で掃除をしよう。何、日曜日の朝だけなら、孝太郎に銭湯をまかせて、いくらでも外出できるからね」
文乃の助け舟に、ほっとしながら、俺は言った。
「じゃあ、そうしよう。だけどあいにく、冬の間の海掃除は、今日でおしまいなんだ。雪が解けたら、また春になって始めるから、そうしたら言うよ。春も、ここにきっと来てるだろ?」
「春か……」
茉奈の表情が曇ったので、俺も文乃も、どうしたの、と聞く。
「春から私、高校三年生になる。受験生なの」
「ああ」
親の勝手な期待で、いいところへの受験を望まれている茉奈にとっては、受験そのものが、重いプレッシャーなのだろう。
「まあ、息抜きがてら、たまに来たらいいじゃない。それより、クリスマスケーキを茉奈ちゃんと食べようと買ってあるの。順とあたしと三人で、二階で食べよう。カウンターは孝太郎にお願いして」
文乃の言葉に、茉奈が目を輝かせた。やっぱり女子高生、甘いものには目がないらしい。誰かとクリスマスケーキを食べるなんて、俺も相当久しぶりだ。光希と過ごした恋人時代のクリスマスを、ほんのり思い出しながら、俺も、二人の後について文乃宅の二階へ上る。
冷蔵庫から、文乃がチョコレートでコーティングされたクリスマスケーキを取り出してきて、四等分する。残り一つは、文乃の夫の孝太郎の分だ。
ケーキの上に載った「Merry Christmas」と書かれたプレートや、サンタやトナカイの砂糖人形を、文乃はぜんぶ茉奈のケーキの上に取り分けてやる。
茉奈は「こんなに楽しいクリスマス久しぶり」と、笑顔を見せて、その笑顔に俺はほっとする。文乃は、やっぱりすごい。
茉奈にとって、今日がいい日なのなら良かった、そう思いながら、俺もチョコレートケーキをフォークで割り、そのひとかけらを頬張った。チョコの甘さとほろ苦さが、口の中に広がり、あっという間に溶けていった。
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